第28話 思いの涙
「きょおもっいっい天気〜♪」
キツネは頭に思いついたフレーズをハミング調で口ずさみ晴れた青空の下、ぴょこぴょこと大動脈を横断していく。
向かう先はもちろんカリンのいる小屋だ。
「カリンおねいちゃんは元気かなー♪」
道はすぐ覚えられるのだ。一回通った道は暫く通らない限りは覚えていられる。キツネはその道を蛇行してみたりくるくる回ってみたりと、まさに踊るように歩を進めているのだ。
「キツネ、カリンおねいちゃんのさぽーと頑張るんだからね!!」
カリンと話をして仲良くなる事がさぽーとだと思い込んでしまっているキツネは今日もカリンの居る小屋へと足を運んでいく。
「うっひゃぁ!やっぱりオンボロだなー!カリンおねいちゃんも外に出ればいいのになぁ…」
キツネは正直、あの小屋は好きではない。理由は単純明快、臭いし狭いし暗いからだ。それでもキツネがカリンの元へ行くのはもちろん、死んだ自分を飼ってくれたレオンのお願いという事もあるが、純粋にキツネらカリンの事が好きだからだ。
「カリンおねいちゃんのさぽーとのために今日も頑張りまーす♪」
そういいキツネは朽ちた扉の取っ手を握り扉を開く。扉はギギギ…と耳には不快な音を立てて開く。金具が一つ損傷してるその扉は傾いていて隙間風が酷そうな域だった。
「カリンおねいちゃん!!キツネとおはよー!って……え!?!?」
キツネは小屋の中を見た途端、驚愕の声をあげた。
「あ、あら、おやすみなさい。来たのね」
カリンは別段、何時ものように話す。
「わっ!!わぁ!!カリンおねいちゃん!すごくキレーになってるよ!!」
そう、今キツネの言った言葉のまま。
扉を開けた向こうの部屋は、昨日とは打って変わって綺麗になっていたのだ。
部屋に落ちていた腐敗した食べ物や匂いもない。
ましてや排泄物のようなものを催した匂いはなくなっていたのだ。床を覆っていた固まった謎の赤黒い固形物は消え、ボロボロながらも木の板で出来た床が顔を出していた。
不快感などそこにはない、昨日より綺麗になった部屋はどことなく日が射し、明るくなっているようにも思えた。
「どぉしたの!?キツネのために綺麗にしてくれたの!?」
キツネがそう言うとカリンの頬は赤く染まり、一際目つきが鋭くなっていく。
「は、はぁ!?私の気分よ!ユウヒがいなくて暇じゃなかったから汚いの嫌いだしー!」
「そうなの!?キツネもね!あんまり汚いの好きじゃないんだー!カリンおねいちゃんありがとー!キツネうれしー!」
キツネはカリンが部屋の掃除をした理由まではわからないが、頑張ってくれたのはわかった。
カリンの伸びるに伸びた爪が欠けていたりボロボロになっていたりしたからだ。
ゴーストは霊飼い術師以外には見えない。だが、物や人に触れることもできるし動かすこともできる。だから隠しているつもりなのかも知れないがボロボロの窓淵にかかっている破れ汚れた雑巾を目にした時は嬉しくなって仕方が無かったのだ。
だからキツネはそのままカリンに突進するかのように飛びつく。これがキツネにとっての最高の愛情表現なのだ。
「きゃ!?いきなり飛びつかないでもー!鬱陶しい!暑い!重い!」
キャッキャとキツネは無邪気に笑う。
「今日もキツネがさぽーとしに来ましたよ!!」
◇
「今日もキツネがさぽーとしに来ましたよ!!」
キツネちゃんが無邪気に笑い私に飛びついてくる。
「別にさぽーとなんていらないわよ!」
カリンは声を挙げて強く言う。罵詈雑言のような言い方でキツネに言葉をぶつけてしまうが、内心は嬉しかった。嬉しくて仕方がないのだ。
誰かが自分目当てに会いに来てくれるなんて、いつぶりかもわからないから…。
部屋の掃除をしたのも本当はキツネが来た時に心地よく居てもらうためだ。
今までこの場所には自分かユウヒしかいなかった。ユウヒはいつも特定の場所に居て基本はあまり動こうとしない。無抵抗でいるユウヒをいつもトンカチで殴り、木の杭で裂き、腐りかけのような食物を食べさせていた。自分の気持ちが張り裂けそうでも、天邪鬼は私の行動を蝕む。
本当は、いつも寒そうにしているユウヒを抱きしめて温めたい、腐ってなんかいなくて綺麗に熟した食べ物を食べさせてあげたい、一緒に…色んな所へ言ってユウヒと笑いあいたい。
それなのに体はそれを許さない。
嘘つきの身体はユウヒを殺したくて疼いている。心の内を表現しようとすると暴力に変わってしまう。
もしかしたら、キツネにだって暴力を振るってしまうかもしれないのだ。何よりも、それが一番怖かった。
「今日はどんなお話をするの!?」
それなのに、この子は……毎日私の元に来てくれる。その姿がどことなくユウヒと被っていて悲しくも嬉しい気持ちになってしまう。
「何でもいいわよ、べつに」
私の言葉にキツネは「んー。」と考えるように声を出し、「あっ!」と言ってまた笑顔になる。
「じゃあ!じゃあ!キツネの大事な人のこと話すね!!」
大事な人……?あの緑色の髪の毛の子かしら。
「キツネには!大事な大事な弟がいます!!」
えっ…?弟……私と同じ…。
「名前はキツナと言います!」
キツナ……どんな子なのだろうか。
「キツナはね、お姉ちゃんの私なんかよりね、頭が良くて駆けっことかもいつも一番だったの!だからね、周りからはキツナがお兄ちゃんでキツネは妹みたいって言われてたの!」
………可哀想。
「でもね、キツネはね、頑張っても上手くできなくて、お勉強もあまりできないし駆けっこだってすぐ転んじゃうの。だからいつもいじめっ子からは笑われて、いじめられてたの。」
キツネはニコニコとしながら自分の過去の事を話していく。だけど、私には到底笑顔になれるような内容などではなかった。
「いい気味ね。仕方ないわね、何もできないんならやられるしかないもの。」
違う。こんな事が言いたいんじゃない。
間違ってる……周りの人も私も。
「でもね」
キツネは私の悪態も気にせずに天井に視線を投げて話していく。その瞳には、少しばかりの悲しみの色が浮かび上がっている気がした。
「キツネ、嫌じゃなかったの。いじめっ子にどれだけ虐められても、髪の毛を引っ張られたり切られたり石を投げられてもね。」
キツネの瞳が揺らぎ、目尻に涙を溜めていく。
やめて…これ以上悲しいこと言っちゃダメ…。自分を傷つけちゃダメ…私と同じ気持ちになってはダメ……。
「キツナがいつも、いっつも、いっっつも、いっっっつも!!助けてくれたの!!」
ポロリと、キツネの目尻に溜まった宝石のような涙が一筋キツネの頬を伝う。
「キツネが痛くて泣いていた時はそばにいてくれて、キツネが笑った時は一緒に笑ってくれてたの!!」
……ユウヒと…同じだ。
私はいじめられた事なんてないけど。私が寂しくて泣いていた時は一緒に居てくれたっけ。私が笑った時は一緒に笑ってくれてたっけ。
私が天邪鬼になっても、毎日隣に居てくれてたっけ……。
「弟でも、お兄ちゃんでも、キツナはキツネをさぽーとしてくれてたの!」
ユウ……ヒ……。
「だからね!キツネはキツナが大好き!だいっ好き!!大事な大事な人なのです!だからね!!」
キツネの言葉は段々と強みを帯びていく。強くなる言葉は少しずつ…私の心を変えていく…。
「いつかキツネがキツナを守りたいと思います!!」
なんでだろう……。
こんな小さい子の言葉なのに、ただ自分の思ってる事をつらつらと並べて、私にぶつけているだけなのに……。
こんなに響く言葉を聞いたことがない…。
「ぁ……」
なぜか、自分の中の天邪鬼が消えた気がした。今なら何でもこの子と話せそうな気がする…。素直に、心の内を…話せそうな気がする。
「ぁ…あのね……」
中で響く自分の声が、どこか透き通っている気がする…言える…今なら……
「私もね……大好き、だよ。」
………言えた…。
「えっ!?キツナ!?会ったことあるの!?」
「ちっ…違うわよ!ないわよ!ユウヒよ!」
「ユウヒ……あのツンツンの鬼さん?」
「そう、私の弟なのよ…」
「ほんと!?すごいすごい!私と同じだー!」
「そ、そうよ!……でも」
今ならなんだって言ってやる。天邪鬼になんか…もう囚われない。
「酷いこと…一杯しちゃったけどね…痛い事したり……たべれないもの食べさせたりしてるから…ホントはもう此処にも戻って来たくないし、私の事嫌いなんだと思う。」
そうだ…きっと私の事なんて嫌いに決まって
「そんなことないよ!!」
……え?
「そんなことない!ユウヒおにいちゃんはカリンおねえちゃんの事、嫌いなんかじゃないよ!!!」
「な…なんでそんなこと…」
「ユウヒおにいちゃん言ってたもん!カリンおねえちゃんに会いたいって!ちゃんと謝りたいって!!言ってたもん!!」
キツネは目尻にまた涙を浮かべて話す。
反論しようと思えばいくらでもできるのに……できない。どこかで嬉しがっている。どこかで信じたいと思っている自分がいる。
「そんなこと…あるわけないじゃない……」
泣きそうになる。声が詰まる。でも、泣いたらダメだ……泣いたら…認める事になってしまう、信じることになってしまう。期待してしまう。
だから……
「カリンおねえちゃん!!」
泣いたらダメだ……。
「泣きたい時はね!泣いていいんだよ!!」
泣いたら……
「うぐ…ッ…ぅ…う」
ダメなのに……
「うぁ……ぁあぁ……」
溜めすぎた涙は一気にこぼれ落ちる。服の裾に顔を当てても、流した涙で濡れてしまう。
天邪鬼って……使えないな…
◇
「キツネちゃんには泣かされてばっかりだわ。」
「えっ!?キツネ、カリンおねえちゃんの事いじめてた!?」
「いい意味でよ。」
ホッと胸をなでおろすキツネ。そうだ。泣いたなら信じたい。例え嫌われていようとも、自分の気持ちを伝えたい。
「もう、負けないからね。」
「え?」
負けない。
「私はもう天邪鬼なんかに負けない、この気持ちをちゃんとユウヒにつたえたい。謝りたい。」
「うんっ!カリンおねえちゃんなら勝てるよ!」
「まかせて!」
スッとキツネは小指を立てた手を私の方に向けてくる。どういう事かわからず頭にハテナを浮かべているとキツネちゃんは一度強く笑って言葉を結んだ。
「ゆびきりげんまん!」
キツネちゃんの言葉に私も笑う。今、心の底から、笑う。
「はいはい。」
「「ゆーびきーりげーんまん、うーそついたーらはーりせんぼんのーます!」」
キツネちゃんは笑顔で、私も笑顔で、絡めた小指を上下に振り強く約束を交わす。
「「ゆーびきった!」」
澄んだ心がこんなに心地良かったなんて……知らなかった。
「あっ、キツネちゃん!時間!もう帰らなきゃ!」
「ほゎっ!?本当だ!あわあわあわ!!」
「落ち着いてよ、消えちゃわないからさ」
アハハ…ホントに、この子には助けられてるわ。
「じゃ、じゃあね!!明日もまた!!」
「また明日もおいで。待ってるから。」
「うん!!バイバーイ!!」
「あっ!扉ちゃんと……って、言っちゃった。」
もう、また閉めに行かなきゃいけないじゃない。
カリンは扉の持ち手に手持ちを掴もうと手を伸ばす。
「今なら…外に出れそうだな……」
そっと外に手を伸ばしてみる。
だけどそこには、透明の壁があるかのように手が当たり空を掴む事は叶わなかった。
「やっぱ出れないか。」
アハハ…と苦笑いをして扉を閉める。
「私はもう天邪鬼なんかには負けない。」
この言葉を言った直後だった。
ズキンッ!!!
瞬間、頭を何かで打ち付けられた、あるいは貫かれたような痛みが一閃する。
「いっつぁ!!」
徐々に鈍痛になっていく強い痛みに耐えれず床に倒れこんでしまう。
『オマエハ、ワタシニハカテナイ。』
カリンはそっと、手放すように気を失った。
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