第27話 もつれた糸
「さて、カリンはキツネに任せるとして、ユウヒは僕らでどうにかしないとな。」
キツネをカリンの居る小屋へと送った後、僕は宿に戻るため帰路を歩み始めていた。
キツネには6時間で帰ってくるように伝えてある。その理由は自分の能力発動時間の限界だからだ。6時間というのも、戦闘も何も行わずただ出して共に過ごす際の限界時間だ。これに戦闘やゴーストの能力発動が加わるとまだ制限されてしまう。
よって、僕が戦闘時での限界時間は多く見積もって2時間程度になってしまうだろう。
「ユウヒは確かカリンがああなったのは自分のせいだとか言っていたな…。」
ユウヒとカリンの過去には、一体何があったのだろうか。それをどうにかして聞き出さない事には話は先に進まないだろう。
僕は独り言の様にこれからの予定を立てていく。
慎重にやってきてないといけない…。鬼は意図しない刺激でどうなるかわからないだ。
気をつけて、気をつけて、紐を解いていこう。
この絡まった紐が外れてカリンとユウヒ、この2つの紐が解けた時は…。
カリンから天邪鬼が抜け、成仏できるだろう。
◇
僕の足は考え事をしている間に宿の前へと運ばれていた。どうユウヒと話そうかと悩んでやっとの事見つけ出した答えが一つあった。
それは重くなる筈の話だったんだ。だけど、考えるに考えた答えは使うとこがなくなってしまった。その理由は……
「わあ、すごいすごい。これはどうやってやってるのー?」
「これはね、私の能力で作った砂のお城なのです!」
「へぇ、俺も初めて見たがすんげーな。」
どこかの宝石のように爛々と目を輝かせているユウヒとレント、その隣に慎ましい胸を張り私やりました顔で自慢しているアカネがいた。
それはいつかの森の中で見たあの光景を思い出させ、僕は大きくため息を吐き、声の高さをワントーン低くして言った。
「おい、なにやってんだ?」
「「「 」」」
僕が声を出した瞬間、皆が笑顔で沈黙し、石像の如く微々たる動きすらも見せずに固まる。本家石像も顔負けのかたまりだ。
「はぁ、君達はキツネにそっくりだな」
「「 」」
レントとアカネは未だに沈黙。だが、ユウヒだけは口を開き声を発した。
「キツネってだぁれ?」
「あぁ、僕のゴーストで今はカリンと話をさせてる…ぁ」
し、しまった……。やってしまった……。
これでは無意味だ。今まで考えてきた事が全て水の泡になってしまった。
ユウヒは目を見開き驚いた様子でこちらを見つめてくる。
「な、なんで…?」
狂ってしまった作戦は修正するのが難しい。天才軍師というものは移り変わり行く戦闘のなか5秒で決断しなければいけないらしいが、生憎僕にはそのような知識は持ち合わせていない。かろうじて戦闘ならば別のことを考えれても、人との会話ともなれば修正が難しすぎるのだ。
「カリンがああなったのは僕のせいなんだから…君達は何もしなくていいのに、どうして?」
「君達を…助けたいからだ」
「僕が…カリンの全てを受け入れるから、いいの。何もしないで…」
ユウヒの表情はまた、一段と暗くなってしまう。ここで下がってしまっては、もう永遠にユウヒとカリンの溝を取り除くことは出来ないだろう。滞ったこの状況を変えるのは第三者であるものなのだ。
「それじゃ、誰も助からない」
「僕が殴られ、傷つける事でカリンが助かるなら、僕は永遠にカリンに殴られ続けよう。」
これが、狂おしい程の愛故の具現化だと言うのなら、僕は間違ってると指摘したい。こんなものは愛ではない。すれ違いもいいとこだ。
「お前、いつか死ぬぞっ」
「僕が死んだならばゴーストになってカリンと居れば…いいじゃないか」
「誰もがゴーストになる事は出来ないんだぞ、誰も変わらない、こんな事を続けていても意味がない!」
「僕らが止まっていても…世界には関係がないじゃないか、僕だけが苦しむなら、カリンがこれ以上苦しまないように…永遠に殴られ続ければいいじゃないか…っ」
ユウヒの表情は変わらない。ただ、何かを諦めたかのように暗い視線だけが放たれている。だが、何処と無く、その目には諦めと共に微かな希望が輝いているのを僕は見過ごさなかった。
ユウヒも、現状が最善策じゃないということがわかっているのだろう。
「カリンが、君を殴って、傷つけて、苦しんでないとでも思っているのか?」
「だって…いつも殴っているじゃないか、証拠は僕の身体にある。」
「天邪鬼とはなんだ?」
「カリンに取り憑いている悪霊、思っている事と逆の事をしたりする奴さ」
「なぜ、カリンが君を殴っていると思う。」
「カリンが…僕の事を……憎んでいるから」
「天邪鬼って知ってるのか?」
「カリンに取り憑いてる悪霊……」
「なぜ、君を殴っていると思う。」
「僕の事が…憎いから」
「天邪鬼とはなんだ」
「だからカリンに取り憑いて……っ」
ユウヒは一度俯く、だが、顔を上げた時には悲しい表情から一変し、そこ顔は怒りで染まっていた。
ユウヒは床を蹴り手を伸ばす。避けようと思えば避けれる攻撃ではあるが、僕はそれを無抵抗に受け入れる。ユウヒの腕は僕の胸倉を掴み、僕を赤煉瓦の壁に叩きつける。
「何回…っ!何回同じ事を言わせるんだ!僕の事を憎んでいるから!カリンが、カリンが僕の事を憎んでいるから!!僕を殴っているんだろ?!傷つけているんだろ!!なんだよっ!じゃあ…僕が…殴られ続けられるしか…ないじゃないかっ!!」
ユウヒは叫ぶ、狭い宿部屋に幾重にも重なる怒号のような叫びが壁にぶつかり虚しくも吸収されていく。その目には小さな涙が浮かび上がっていた。
「僕が悪いんだよ!全て!!カリンがあぁなったのも!天邪鬼に取り憑かれたのも!全部、全部僕が悪いんだよぉっ!!」
僕を掴む腕に一層力がはいる。此処までの筋力があったのかと驚く間も無く息がつまってしまう。
だが、ここで押されてしまっては何もできない。せっかくキツネが頑張ってくれると言ったんだ。なら僕が頑張るのも当然の義務なのだ。
「間違ってる…っ」
「どこが間違ってるんだ!」
ガッ!っとユウヒの腕を思い切り掴み押し返していく。
「どこがだと…?全部に決まっているだろ!!」
ユウヒが僕の怒号に半歩下がり、レントとアカネが大きく肩を揺らして驚く。
「君を憎んでいるだと?そんなものは君が勝手に思い込んでる被害妄想だ!」
「じゃあなんで僕を殴るんだ!憎んでいなきゃそんな事、しないだろ!!」
「天邪鬼が思っている事と逆の事をする奴ならどうして君を殴るんだ!!君を憎んでいるなら君を殴らないだろう!君を憎んでないから逆の事をして殴ってしまうんだ!!」
「………え」
「カリンは苦しんでいるんだろ!君も苦しんでいるんだろ!!」
「だって…仕方ないじゃ、ないか…」
「それが間違ってるんだ、君が動かずしてカリンが助かる訳がないだろ!君はカリンが嫌いなのかっ」
「…ぐ……ぅ…す、好きに決まってるじゃないか……嫌いになんか…なれない…っ。」
「好きだと言っているのに今までこの間違いに気付けずにカリンを傷付けていた。君こそが天邪鬼だ。」
胸倉を掴んでいたユウヒの腕が解ける。
ユウヒは膝から崩れ落ちた。
◇
「ユウヒは落ち着いたか?」
ユウヒと本音の言葉をぶつけ合い数十分が経過していた。その間ユウヒは別室でアカネに包帯などの交換ついでに話をしていた。
「おう!アカネと話してるうちに色々決心出来たみたいだぜ!」
「そうか、なら良かった…」
「しっかし驚いたなぁ、レオンがあんな怒ってるとこ初めてかも知れねぇぜ。」
「はは…声を荒げてしまったな」
「いやいや、それだけ一生懸命って事がわかるぜ。よっし!俺もお前の手助けぐらいはするぜ。ほら、ユウヒがお前ともう一度話したいって言ってたぜ。行ってやりな。」
「ああ、ありがとうなレント、助かるよ。アカネにも伝えといてくれ。」
「おう!頑張れよ!」
僕はレントと言葉を交わし、ユウヒのいる部屋へと向かった。
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