第19話 探し物は何ですか?

最大望遠で捉えた先に最初に移ったのは、錆び付いた巨大な扉だった。

トゥルーパーの搬入を想定して造られたであろう即席の扉は、雑なカモフラージュが施され、周囲には機銃とバリケードが複数設置されている。

「ここのようだな」

機体からトランクを降ろしたピスが、指でフィンを呼んだ。

「ドローンとか持って来てないんですか?」

「この辺は風が強い上に砂が多いからな。小型じゃ使えねーし大型は近寄れねえ」

大型のトランクからカモフラージュ用のシートを取り出し、二人がかりで機体にかぶせる。

「昔ながらの張りこみですか?」

「そういうこった」

折り畳み式の椅子に腰かけ、カモフラージュ兼日除けのシートを被る。

何が悲しくて男二人、並んで双眼鏡を覗き込まねばならないのか。

お互いに思いつつ、仕事と割り切って監視に励む。

「またトラック」

入れ替わる様にやってくる車両を記録しながらフィンがつぶやく。

「聞いたことがある。この辺りの盗賊は全員ボスにみかじめを収めるらしい」

「収めずにくすねてるってことは?」

「可能性としちゃ低いな」

懐から一枚の写真を取り出してピスは見せた。

シュバルツにも見せられたケースの写真だ。三重のロックのついた堅牢そうな錠前が付いている。

「かなり特殊な鍵だそうだ。当然強度も折り紙付きだろう。開けられねえなら持ってても意味はねえ」

道理だと納得し、尋ねる。

「仕掛けますか?」

「他に入り口は無さそうだし、人が減る気配もねえ。なら今より悪くなる前に……」

「仕掛けた方が……」

トラックの荷台から現れた十人ばかりの人々を見て、二人は口を開けたまま固まった。

砂のまじった風を受けながらも笑顔を振りまいて降りる女。女、女――。

まくり上げたスカートから見える褐色の足を見せつけるように伸ばす者もいれば、まだ初心ですとばかりに身を寄せ合う者もいる。

アジア系以外にも白人や黒人の姿もあり、一様に美しく飾り立てている。

ほぼ間違いなくそういう職業の人間なのだろうと察せてしまう。

「やっぱり日が暮れるまで待ちませんか?」

「そうだな。腹も減ったところだ」

バラックへと消えていく女達を見送り、二人を腰を落とした。

しばら日は沈んでくれそうにない。

七色のグラデーションを見上げていると、ピスが別のトランクを取り出して開いた。

分解して収められた銃器を取り出し、組み立てる。

「使った事は?」

「真面目に授業は受けてました」

「実戦でだよ」

組み上がった銃を渡され、思わず落としかける。

「久しぶりですけど……使えます」

両腕にかかる重量を感じながら、思い出す様に構える。

「壊すなよ」

「弁償は嫌ですから」

結局女達が廃坑から出て行ったのは日も暮れ始めた頃だった。

家へ帰るのか、街でもうひと稼ぎするのかは関係の無いことだ。

「こっそり行くのと派手に行くのどっちがいい?」

「派手に行きましょう」

逡巡無くフィンは答えた。

「お土産買いに行きたいので時間が惜しいんです」

堂々と言い切った答えに呆れつつ。特に異論もなかった為、ピスは機体に持たせたライフルを構えた。

『……3.2.1』

実に自分勝手な理由によって見張りに立っていた男達は四散し宙を舞った。

『そーらガサ入れに来てやったぞ!』

ピスが乗る【エスコート】の腰部増設ラックが展開し、発射されたスモークグレネードが、破壊された扉から廃坑内に侵入した。

携行用よりもはるかに巨大なグレネードは、衝撃音と共に廃坑を白煙で満たす。

衝撃、音、煙、異臭――。一瞬にして五感を奪われ、巻き上がった砂塵と共に混乱と言う二次災害が野盗達を襲う中。

何一つ影響を受けぬ鋼の巨人が侵入した。

「センサー正常。十二人ってところですが」

『余計な事は考えるな。殺せ』

「……了解」

答えるのと同時に、機体の進路上にいた一人が空を舞った。

――残り十一人。

捜索の手間を考えれば建物を壊すわけのはいかない。

故に最小限の破壊で事を終えるしかないのだ。一人ずつ、一人ずつ。

「あと九人――ッ!」

ライフルを持った男達をまとめてバーニアで埋葬し、響いたアラートに振り向く。

画面の向こうで塗装の剥げかかった【ヴォランティア】が身を起こした。

フィンが機体を反転させる前に起き上がり、ライフルに腕を伸ばし、しかし突然その動きを止める。

距離にして約十メートル。狭い足場で外す可能性は低いが、外れて当たるのは周囲のバラックだ。

対して反応が遅れたフィンも【エスコート】の足を止め、機体越しに睨み合った。

お見合いから一転、動いたのは【エスコート】だった。

バラック方向へステップし、バラックどうしを結ぶ鉄製の通路を掴み、力任せに引き千切る。

落下した瓦礫で被害者が出る中、両手に掴んだ通路を回転させ、槍のように構える。

「構えてはみたけれど」

どうしたものかと動きを止める【エスコート】に、勇敢にも【ヴォランティア】が踏み込む。

拳ひとつで躍り出た巨体は、しかし己の間合いに入る前に衝撃を受けて減速した。

相手の加速を止めたことを確認し、折れ曲がりながらも形を保った通路を構えなおす。

巨体には手狭な場所だと言うのに、器用に機体の体勢を下げ、回転させた通路で【ヴォランティア】の足元を払った。

「一文字突き!」

気合いと共に、半分ほどまで砕けた通路を【ヴォランティア】胸部へと突き刺した所で勝負はついた。

抉られた装甲の間から流れた推進剤に引火し、機体がいっそう赤く輝く。

僅かに残った生き残りが慈悲を求めて投降の意思を示すが、無慈悲な銃弾がその命を奪った。

『生体反応無し。探すぞ』

「了解」

機体を降り、いっとう大きな建物へ向かう。

「どうやって探すんですか?」

「微弱だがケースが信号を出してる。この距離なら――」

不意に扉がゆっくりと開き、おぼつかない足取りの人影が姿を現した。

反射的に銃を抜いて構えるが、そこにいたのは胸部が大きくはだけた女性だった。

悲鳴を上げる女に、ふたりはそろって目を背ける。再度目を向けた時には女の姿は無かった。

「何か見たか?」

「いえ、見てません」

頷き合い、無言で承諾しあう。

「よし探すぞ」

「はい」

赤くなった顔を合わせる事無く二人は中へと侵入した。



熱気と嫌な臭いに満ちた廊下を歩き、二人は地下へと降りた。

曲がり角で三人の男達に待ち伏せされるも、問題無く射殺し、先へ向かう。

頑丈そうな鉄の扉を二人で開き、覗き込んだ先の光景に言葉を失う。

固まるフィンの隣で、いち早く我に返ったピスが小さく口笛を吹いた。

「蓄えたもんだ」

山済みされた紙幣にコイン。ケース詰めにされた金銀プラチナのインゴット。宝石のあしらわれたアクセサリー。

はては何処から持ってきたのか、絵画や仏像まである。

初めて見る光景に戸惑うフィンの横を抜け、机の前へ立ったピスが慣れた手つきで札束をポケットへ入れた。

「探すぞ」

「何をです?」

「欲しいものをだよ」

子供のように目を輝かせてピスは宝の山へ飛び込んだ。

ため息混じりにそれを見送り、フィンは職務を遂行するべく捜索を開始した。

きらびやかな宝石や札束を無視し、無造作に積み上げられたバッグやケースの山を丁寧に切り開く。

その横では、ピスが札束とインゴットを失敬したバッグへ詰め込んでおり、フィンには見向きもしない。

二つ目の山へ取り掛かったところでフィンは目的のケースを発見した。

「ありましたよー」

最初は平常で。二度目は声量を上げて呼びかけ、ようやくピスは我に返った。

「おうこっちには無さそうだ」

「でしょうね」

膨れ上がったポケットを揺らし、駆け寄って確認するとピスはフィンの肩を叩いた。

「お疲れさん。さっそくラハームの街へ繰り出すとしようや」

「もらっちゃっていいんですか?」

「真面目に働いてればこそ、こういう儲けも入るってもんだ」

今更正論を言う気も無いが、人間こういうものなのだろうか?

そんなフィンの心など知る由も無く、ピスは残っている宝を指差す。

「お前もとっとけよ。女も喜ぶぞ」

そう言って青い宝石のついたペンダントをフィンへと投げた。

投げられたペンダントを掴み、美しい輝きをフィンはしばし見つめた。



二人がアル・アルド駐屯地へと戻ったのは、すっかり夜も明けた頃だった。

報告を済ませて食堂に入ると、ちょどユリらがそろってフィンを手招きした。

「ただいま」

「お帰りなさイ」

「朝帰りとは良いご身分だな。どこの店寄ってきたんだ?」

ピートのからかいを無視し、ユリへと向かう。

「はいお土産」

目を輝かせて中身を取り出した。

「肉まーん!」

「まーん」

間髪入れずにアリーチェとともに頬張る。

「美味しい?」

「美味しい!」

「おいしい」

幸せそうな笑顔にフィンも笑顔を返す。

自分も受け取りながら、つまらなそうにピートは小突いた。

「安く済ませやがって」

「苦労はしましたよ」

主にカジノから帰ろうとしないピスを引きずり出す事にだが、とても報告できる内容ではない。

ふとソガイヤルが何かに気付いた。

「トコロデ、あのヒトは何で倒れてるんですカ?」

離れた所でテーブルに突っ伏しているピスを指差して尋ねる。

「深追いはやめようって言ったんだけど。次は当てるって言って聞かなくて」

やれやれだとため息をつくフィンに、首を傾げてピートは尋ねた。

「お前ら、何の任務に行ってきたんだ?」

フィンは困ったように笑うしかなかった。

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Lost blue age @psycho-low3156

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