第18話 荒野の探し物
遠く輝く七色のオーロラは、さらに遠くから昇る朝焼けを受けて輝き、淡褐色の大地を照らした。
ディスプレイに触れ、タップして目標をズームする。
焼け焦げたフロントからタイヤ、配管、そして荷台へとカメラを移動させたところで、随伴していた僚機が腰を落とした。
『どうやら物盗りみてえだな』
「物騒ですね」
荷台を確認したピス・カニスから通信が入り、どこか他人事のようにフィンが頷く。
事前に聞いていた乗員の数は四人。一人は運転席、一人は荷台の近くで息絶えているのが発見された。しかし残り二人はやや離れた砂丘の上で倒れていた。
一人は掴んだ小銃ごと半身を吹き飛ばされ、一人は手を上げた状態で天を仰いで。
あるいは【エスコート】を文字通り護衛に付かせていれば、結果は変わっていたかもしれない。それを含めて運が無かったのだろう。
機体から降り、地面に顔を近づけると、僅かにタイヤの跡が残っているのが見えた。
「追いますか?」
『ああ。手を出す相手を間違えた事を教えてやる。――だがその前に』
動かなくなった乗員を、巨大な鋼の脚が踏みつけた。
その足を上げた時、乗員の体は砂の下深くへ埋没され、残ったのは四角いくぼみのみ。
弔ったわけではない。そこにいたという証拠を、隠したのだ。安易で大雑把なやり方で。
二人目、三人目と繰り返し、最後に残った一人を前に、ピスは動きを止めてフィンを見た。
お前もやれ。――と言っているのだと遅れて気が付く。
「……了解」
しばしの躊躇の後、フィンは自機の脚を操作した。
細かな設定は出来ない。おおよその距離と経験を頼りに歩幅を調整――。シートの耐震構造越しに、僅かな振動が足へと伝わる。
機体を後退させたとき、そこにはの長方形の圧痕だけが残った。
『よし、行くぞ』
見届けた結果に満足し、ピスは来るように言った。それを追う為にフィンは機体のスラスターを吹かせる。
勢いよく飛び上がった機体は、しかし想定の半分ほどで失速し、遥か手前で足をついた。
『何やってんだ?』
呆れた声が届き、フィンは困ったように頬をかいた。
「やっぱり違うな」
慣れない【エスコート】の中でフィンはぼやいた。
――話は数時間前にさかのぼる。
【ユーピテル】引っ越し準備の手伝いをしていたフィンは、シュバルツによっていきなり呼び出された。
待っていたのは散らかった机と困った顔のシュバルツであった。
「……荷物ですか?」
聞き返したフィンに、シュバルツは頷く。
「うん。重要な物を運んでいたんだけど、今日になっても音沙汰なくてね。探してきてくれないかな」
「僕がですか?」
「君しかいないんだよ」
ため息混じりにシュバルツはフィンを指差した。
「いつもならユーゴ君の部下を借りてるんだけど、いい年して反抗期に入っちゃっただろう?自分でコーヒー淹れたのなんて二十年ぶりだよ」
そう言って散らかった机の上にカップを降ろし、汚れるのも気にせず数枚の書類を広げた。
片付ける気は無いようだ。
「そんなだから反抗されたのでは?」
「そうかな?」
冷めた視線もどこ吹く風。
床にまで散らばった豆の残骸など目に入らぬとばかりに一息つく。
腰巾着だったユーゴが一夜にして態度を変えたのは既に周知となっている。
本人に隠す意思があるのかはフィンには計り知れないが、遠目で見る限り既に駐屯地指令になった気のように見えた。
当然詳細など誰も知るはずは無いが、ユーゴ・コルヴィス下剋上説は、すっかり駐屯地中で噂となっている。
「赤毛の、あー」
「カニス大尉」
「そう。彼が探しに行くことになったんだけど」
「結構じゃないですか」
「見張っててほしいんだ。その為に同行するようねじ込んだから」
予想通り確定事項だったことには驚かず、フィンは分かりましたと頷いた。
広げられた書類から写真のついたものを拾い上げる。
「アタッシュケースですか?……大きいな」
サイズを見ると標準より大きく、錠前も頑丈そうだ。
「中身は?」
「機密」
「乱暴に扱っても?」
「大丈夫じゃないかな。少なくとも割れ物じゃないから」
そう言うなら多少雑に扱ってもいいのだろうとフィンは心得た。
「機体はこちらで用意させているよ」
「【エスコート】ですか?」
「経験はあるだろう?」
テスト機を任されているのだから当然ある。
しかしフィンは困ったように頬をかいた。
「士官学校以来です」
正直に答えたフィンに、シュバルツが小さく吹き出す。
「ある意味ペーパードライバーだね。まあ、同じトゥルーパーだし何とかなるだろう」
「だといいんですが。あの」
話は終わりとばかりにお代わりを入れに行こうとするシュバルツを呼び止める。
「僕、大人しくしていろって言われたばっかりなんですが」
「知っているとも」
「いいんでしょうか?」
「いいんじゃないかな」
何とも適当にシュバルツは頷く。
「ヴェーチェル艦長なら心配はないさ。どう聞かされているか知らないが、任意同行みたいなものだ。証拠も何も無いし、最初から釘を刺したかっただけだろう」
「……ならいいですが」
「まあ、いざとなれば僕が介入してもいい。それでなくてもリブラ中将が解決するだろうし、半月後には何事も無くアフガンへ出発できるさ」
その半月が長いんだろうなと思わずにはいられない。
そんなフィンの内心を知ってか知らずかシュバルツは続ける。
「上手くいくかの最大の問題はユーゴ君が余計な事をしでかさないかだ。そういう意味で監視と御膳立てを頼むよ」
そう言ってシュバルツは手を差し出した。
「お互い利益があるんだ。仲良くしようじゃないか」
差し出された手を掴む事無くフィンは部屋を後にした。
特別任務の旨を聞いたソフィアは、表情を曇らせたものの、反対することは無かった。
「貴方も大変ね」
それだけ言って手元の書類へと視線を戻す。
返す言葉も無く、一礼してフィンは退出した。
上司の次に報告する相手は決まっている。
「うん。いってらっしゃい」
神妙な顔で報告するフィンを、いつも通りの笑顔でユリは送り出した。
「そこは心配だわ怪我しないでね。――とか言うべきじゃない?」
「言ったってどうせ怪我して帰ってくるのにー?」
「まことに反省しております」
心を込めてフィンは頭を下げた。
そこへタイミングよくピートとソガイヤル、更にアリーチェが二人を見つけて会話に参加した。
フィンの報告を聞いて最初に口を開いたのはピートである。
「外出るなら土産買って来いよ」
「遊びに行くんじゃないんですけど」
「ちょっとくらいサボったってばれねえよ」
悪い上司の典型のような事を言う横で、ソガイヤルがため息をついた。
「ダメですヨ。センパイをフリョウのミチにさそったラ」
「委員長面か?一番のガキんちょが」
たしなめるように言うソガイヤルをピートが締め上げる。
騒がしくなるのを止めるでもなく、ふと考えてフィンはユリに尋ねた。
「何か欲しいものある?」
「肉まん」
ユリは勢いよく答えた。
「ニクマン?」
「稲村屋ラハーム支店の和風肉まん」
踊りながらアリーチェの手を取る。
「醤油とミリンと鰹節ー」
「みんな大好きニホンの味ー」
いつの間に練習したのか、見事な連携で二人は歌った。
「探してみるよ」
可能な限りはどうにかしようと誓いながら、フィンはアル・アルド駐屯地を後にした。
正午を過ぎ、日もすっかり上った頃――。
奇異の視線を感じながら、フィンは機体の膝をついた。
小さな集落へと向うピスを見送りながら、油断無く周囲に気を配る。
岩場に隠れるように建つ集落は、一般に――少なくともフィンの持つ地図には載っていない類のものだ。
タイヤ痕を見失って往生していたところ、僅かに見えたこの集落を発見したのはフィンである。
武装どころか車両の類も見当たらず、情報収集の為に接触するとピスが提案し、現在に至る。
幸いにもトラブルは無く、十分程でピスは戻ってきた。
「どうでした?」
『最近派手にやってる野盗がいるらしい』
「その連中だと?」
『あの辺りを移動してるところを見たらしい。時間も一致する』
「なるほど」
歩き出した僚機を追って慌てて機体を立ち上がらせる。
ディスプレイ上に次の目的地が送られた。
『歩きで小一時間ってとこだ』
「漫画借りてくればよかった」
『三十分交代だ。先寝るぞ』
通信が切られ、無言の時間が始まる。
それから三十分は実に退屈だった。
まばらな緑とだだっ広い荒野を自動運転で進むのみ。
たまに警戒がてらハッチを開けて周囲を見渡し、風に当たりながら七色の空を見上げる。
元より【エスコート】は拠点外での活動を主とした機体である。
軍縮化の中、戦力確保の為に重機の名目で配備された【セーフティ】は、拠点防衛用兵器として思いがけず高い評価を得た。
そのデータをもとに設計された【エスコート】は、軽量化とスラスターの追加が図られ、その行動範囲を大きく広げた。
関節部シャッターの小型化、燃費の向上、整備の簡略化。
巨大な体は目立つのと同時に敵に対する威嚇の効果を持ち、輸送部隊の警護等で幅広く運用されることとなったのである。
噂では対人兵装主体にカスタムされた機体もあると聞くが、フィンはもちろん使う気などない。
まあ、ミンチにして吹き飛ばすよりはマシな武装も必要かもしれないと思う時もあるのだが。
不意に鳴り響いたアラームに時計を確認し、フィンは通信を送った。
「交代ですよー」
ようやくの交代に強張った体をほぐし、軽く腹に食べ物を入れた後はピス同様に仮眠をとった。
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