第5話
☆テロップが入る。『この一日の間、日本政府は何をしていたのだろう?』
☆太田の姿が映る。背景は太田が使っていた北区の事務所の内部だと思われる。カメラに向かって喋り始める。
「5月21日…後に『空白の1日』と呼ばれることになったこの日に日本政府が何をしていたのか?いなかったのか?私はしていたと思う。彼らも必死で頑張っていたのだ…日本の誇る色々な意味で優秀な官僚たちは、この事態を理解し、どう解決すべきなのかを必死に探っていたのだ…秘密裏に召集された専門家会議のメンバーの1人で物理学の権威である大郷教授が、後日、誤ってワイドショーに出てしまった時に『当日の会議では彼らを無事に元の時間に帰さねば歴史に多大な影響が出るんじゃないか?とか、様々な馬鹿馬鹿しい議論があった』と、漏らしてしまった。『貴重な歴史の生き証人として是非、対面調査が出来るような配慮を、と言い出す歴史学者もいた』とも。大郷教授は『3万6千人が本当に過去からタイム・スリップして来たとして、それを都合よく元通りに帰せるなどと、映画やドラマの様に考える事自体がナンセンスであって、目の前にあることを、現実の脅威として対処すべきだ』と、主張したそうだ。最終的に政権の出した答えも概ね、その方向をむくこととなったが、それでも数度、接触が試みられた。」
☆誰かがスマホで撮影したのであろう画面の中で豊川駐屯地へ近づいて行く掲げられた一本の白旗。取り囲むように進む自衛隊員数名。タタタタ…と乾いた銃声が響いて倒れ、白旗を掲げていた1名が必死で駆け戻って来る。
「これこそが戦国時代の降伏の作法だ…と、称して珍妙な格好で近づいて行った歴史学者も降り注いだ大量の矢の雨に貫かれて重傷を負った…唯一、駐屯地へたどり着けたのは全くの丸裸で両手を広げてちかづいた勇敢な陸自の二尉だけだったが、連絡出来ず、二度と戻らなかった…彼の行方について、私は何も知らない。恐らくは秀吉が処置を決めたのだろう。秀吉は何があっても相手にするなとだけ命じられていた…私は、この日、駐屯地のPCを使って、熱心に質問する信長公に、現代日本や自衛隊についてのレクチャーをずっとさせられていたのだ。深夜、検問を突破した軽ワゴンが豊川公園前で爆発炎上。その隙を突いて超低空で進入した二機のモーターグライダーが、曳航するパラグライダーを切り離し、武智さんからの『ごっつい貸し』が駐屯地に届いた。」
☆太田のカメラが、エアーバッグの梱包を解かれるコンテナの中身を捉えた…クッションの様に表面に置かれていた防弾チョッキを外してゆくと、一つ一つ、丁寧に梱包されたAK47やRPG-7が出て来る。
「私はあらゆる弁舌、説得技術を信長公に駆使して、次の攻撃目標を航空自衛隊の小牧基地に定めさせた。北上し、山中長距離を強行軍で突破して彼らの未だ知らぬ現代の巨大都市、名古屋近郊への迂回に時間を掛けさせる…3万6千の軍勢は否応なしに長く伸び、防御力は弱まり、山中なら市民への被害も抑えられるだろうし…その間に自衛隊や米軍が十分な対応策を立てられると踏んだのだ。自分自身の中では『自覚的インパール作戦』と名付けた。実際にそれは、ある程度成功したのだろうと思う。朝もやの中、信長軍先鋒が小牧基地を目指し下山しようとした時点で、軍勢はすっかり包囲されていたのだ…」
☆『小牧の戦い』とタイトルが入る。
「この時、一般市民がスマホなどで撮影した戦闘の断片は様々なSNSにアップされたが全て『回収』されてしまった。ゾンビの様にyoutubeやDailymotionに復活するたび、即座にアカウントが停止され、11名の逮捕者が出るにいたって、もう蛮勇を奮う者はいなくなった…ここでは現時点で唯一残っていたブログ記事を紹介する…当日、NHK名古屋放送局で早朝に流れ、数分で中断された臨時ニュースを見た緑区の作詞家のものだ」
☆PCキャプチャー画面が表示される「真木しんじの一発屋と呼ばないで」というタイトルのブログ。当日の記事のタイトルは「裸足の…」と、なっている(これも当局に見逃されていた一因かも知れない)以下は内容。
♪裸足の… の後の歌詞が出て来なくなって3時間過ぎた。
気が散ってヤフオクやら何やら観てしまったせいか…
気が進まない作詞だからということもある…
知人である岡山の劇作家、S神が劇中歌をと3曲も頼んで来たのだ。
S神だって作詞は出来る、俺の方が上手いとも思ってない様に感じる時もある。
奴はきっと一発屋とはいえ、オリコンTOP10に入った知名度のある名前を
チラシに載せたいだけなんだろうな…と、ついつい、そう思ってしまう。
裸足の… … 裸足の足裏に感じた感触で最も心地よかったのは…
増水した河原で水面下に沈んだ柔らかい草の上を歩いた時だった。
水中の草に愛撫されているようなあの感触…
そんな事が浮かんでも、上手く歌詞に落とし込む事が出来ない。
奴が書けばいい話だ。
俺が書こうとすると、脚本を読み込み、理解して…という作業が必要になる。
全く、迷惑な話だ…まあ引き受けた俺が悪いのだが…
2曲はすいすいと出て来たのに、最後のこれが…
一旦、睡眠を取った方が脳みそが働きそうにも思ったが、
脳みそが働かないせいで、なかなかふんぎりがつかない内に、
すっかり空が明るくなった。
FMでベニーグッドマンのThe World is waiting for the Sunriseが掛かった。
音を消して点けたままにしていたTV画面に妙な物が映っていた。
最初は「戦国自衛隊」のシリーズかと思ったが、ニュースのロゴが入っている。
あれは戦国へ行く話であって、こっちへ来る話じゃないよなぁ…
などとぼんやり 思った。
違和感を感じたのは鎧兜の武者が自動小銃を撃っていることだったり、
防弾チョッキを身に着けた足軽が居たりしたこと…
そしてカットが切り替わらな いこと…
まるでライヴのニュース映像みたいだなあ…と、思った。
あれ、これは春日井の駐屯地の近所じゃないのかな…と、
見覚えのある坂道を見ながら気になった。
足軽が手榴弾を投げた。妙に高く投げ上げたので印象に残った。
投げ返そうとした自衛官の手の中で、それは爆発し…
倒れた自衛官は腕と顔の半分を無くしていた。
妙な胸騒ぎを感じて、TVの音声を上げようとした瞬間に、画面は切り替わった。
「みんなの歌」が始まり、AKB48がボタンの眼をした人形の歌を歌い始めた。
さっき見たのは何だったのか?
気になってNHKに電話しようかなと考えていると轟音が響き始めた。
カーテンを開けて窓から見るとへリコプターの大群が移動してゆくのが見えた。
NOBUNAGA @piyokichi_k
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