大映ホテル崩壊事件①

眼下にはビル街が広がっている。ここは蒼真の住む双樹市の中でも開発の進んだあたり。そこに目的の大映ホテルはある。蒼真がいるのはそのホテル―――――





――――の向かいのビルの最上階




―――――――の上の屋上。

「おーおー。案の定厳戒態勢。下から行くなんて馬鹿のやるこった。」

見つかり辛いよう、伏せたまま向かいを見やる。

ビルの周りは黒ずくめ、サングラスといった、いかにもな連中が警戒していた。

「にしても、大映ホテルがマフィアの所有物って噂は本当らしいな。」

つくづく面倒な依頼を受けてしまったものだとため息をつく。

「さ、行きますか。」

立ち上がり、軽く体をほぐす。目標は向かいのビルの屋上、ではなく最上階。屋上には数は少ないとはいえ見張りがいた。そして、小さく呟く。

「――――」

―――思い切り助走をつけ、走り幅跳びの要領で跳躍。狙い通り、最上階の窓を蹴り割って中に侵入する。

「さぁて、お仕事開始だ。」


とりあえずは、上から順に部屋を見回っていく。すべてのドアを開けて…なんてことはしない。

「あれだけの厳戒態勢が敷かれるんだ。相応の警備があるはず……と。」

かなり下りた先、地上16階。そのうちの一室である。扉をふさぐようにして大柄な男が立ちはだかっていた。鋭い目つきで睨みつけられる。

「なんだ小僧?ここを通すわけにはいかん。」

「―――――十中八九この部屋だな。」

お決まりのセリフ。この部屋に何かあると言ってるようなものだ。

「ナ、ナナナ、ナニモナイヨ」

「―――――ダメだこのおっさん。ポンコツだ。」

蒼真の発言に反応してすごい勢いで目を泳がせながら必死に何もないことをアピールしてくる。恐ろしくこの仕事に向いてない。ともあれ、この部屋に何かあることは確実。アタリを付けたところで男が再起動を果たす。

「通すわけにはいかん。小僧。死にたくなければ引き返せ。」

「オッサン………」

今更すごまれたところで哀れさが増すばかりだ。

「絶対仕事向いてねぇよ………やめた方が良いって……」

「『変貌(狼)カラーチェンジ』」

男はただ、そうつぶやくばかり。―――――顔は真っ赤だったが。

男の呟きに呼応するように、肉体に変化が生じていく。指には巨大な爪が生え、体表のほとんどが毛皮と化す。頭部さえも変化したその姿は、

「狼男…ねぇ。途中で変貌を止めたらそうなるんだ。」

これが、『カラーズ』だ。体を変化させたり、力を強くしたり。いわゆる超能力。

「今の俺はすさまじいまでの速度を持つ。貴様なぞ一瞬で引き裂けるぞ。」

「もうやめてくれオッサン……見てらんねぇよ……」

笑いをこらえながらの発言がよほど癪に障ったのか、次の瞬間には狼と化した男は蒼真の真後ろにいた。一瞬で距離を詰め、攻撃してきたのだ。

「見えないぐらいのスピードか。なるほど。」

狼男の姿を見ながらつぶやく。

「俺はちょっと突き飛ばしただけなんだが――――」

蒼真の後ろに位置していた窓ガラスを突き破ってしまった狼男は地面に激突した。


男が守っていた扉を開ける。そこには少女がいた。金色の髪を肩口で切りそろえており、端正な顔立ちをしている。服装も動きやすさを優先しているらしく、全体的に快活な印象を受ける。年齢は見た感じ10代半ばといったところか。

「あー、あんたが依頼主だな?」

「はい。いやー、早いですねー。扉の前に強い人いませんでした?」

「ちょっとドジなオッサンしかいなかったが―――」

蒼真が言うと、少女はひどく驚いた顔をした。

「えーーー!あの人を倒したんですか?!」

倒したというよりは、自滅したのだが。

「あの人、めちゃくちゃ強いんですよ!?」

「ポンコツだったんだが…」

「へ?」

「すごいスピードで突っ込んできたから避けて背中を押したら窓を突き破って落ちてった。」

「うわぁ…」

正直蒼真もそんな感想だ。

「とにかく、さっさとここを出るぞ。」

「え?私の依頼は……」

少女が言い終わらないうちに、部屋に誰かが入ってきた。

「いやぁ。お見事。まさかたった一人で侵入し、ここまで来るとは。」

高級そうなスーツに身を包んだ男だ。恐らくは20代前半。張り付いたような笑みを浮かべながらも、目だけは肉食獣のようにぎらついている。

軽薄な笑みを崩さず、拍手しながら蒼真をたたえてくる。

「……あんたが親玉だな?」

「ほほう。なぜそう思うのです?」

「そーいう顔。」

「よく言われます。」

嘘である。実際には確かな根拠がある。でもなければわざわざ本人に確認などしない。

「いけないっ!逃げてください!!」

その声を聞く前に蒼真はその場から飛びのいていた。

「むう。やはりなじんでいない状態では離れられるとだめですねぇ。」

さっきまでいた場所には無数の刃物が突き立っていた。一切のモーションもなく、攻撃が行われたらしい。

(確実にやばい手間いだ…どうするか…)

「なぁ、あんた。こんなことわざ知ってるか?」

近くにいた依頼人の少女を引き寄せながら軽薄な男に向けて言葉をかける。

「何のことです?」

「ほら、こーいう状況。なんかあんだろ」

「あー、背水の陣とかですか?」

「残念。はずれ。」

依頼人の少女を言う。

「三十六計、逃げるにしかず。ってな。」

言うが速いが蒼真も窓の外に身を投げる。少女はすでに落ちており、自由落下では、絶対に追いつけない。そう。普通なら。

自身の『カラーズ』を起動。足がしっかりと、つかむ。

そのまま、真下に向けて走る。幸い、少女にはすぐに追いついた。

「な、なるほど。そういう。」

悲鳴を上げていた少女は蒼真が捕まえると納得の言葉を繰り返す。

そのままビルの壁面を走り、地面に到着する。

「あ、ありがt」

「ほら、あいつの部下が追ってくるぞ。」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

少女、十五夜もちづき 尽那つくなは、のちにこの日のことをこう語る。

乗り心地最悪のジェットコースター(途中下車不可)と。

なお、その間いわゆるお姫様抱っこだった。


所変わって、蒼真の保有するアパートの一室。依頼屋という職業だけに、こういった隠れ家が時折役立つ。

「ですから、依頼内容はあのホテルからの救出じゃないんですよ!」

「マジかよ……」

蒼真は依頼人の少女、十五夜 尽那から、詳しい事情を聞き出していた。

「つまり、実際にはあの男に奪われたあんたの能力を奪い返してほしいって依頼だったと?」

「そういうことです。」

「それ、諦めて逃げるって選択肢は?」

「ありません。その能力はかなり強力かつ、悪用しやすいものなんです。」

「だったら俺に勝ち目がないだろ……」

頭を抱えながらぼやく。正直、そんなに強い相手とは戦いたくない。

「いいえ。今ならやつが能力にまだ慣れ切っていません。勝つことはできるはずです。」

「確証がないのはなぁ。そもそも、その能力って何なんだよ。」

「あまり言いたくはないのですが……時間停止です。」

「……、完全な?」

「はい。」

時間停止能力、いや、時間干渉能力はあまり珍しくはない。なぜなら、『カラーズ』は人の願いをキッカケにして目覚める傾向があるからだ。ほしい能力としてはかなり上位なのである。しかし、完全な時間停止能力というのは非常に、いや、異常なほどに少ない。(しかも、実用に耐えうるようなものはさらに少ない。)大概、時間を止められる範囲が決まってたり、時間の流れがゆっくりになるだけだったり、(十分だと思うが。)と言った感じだ。

「時間停止できるのは体感で約九秒。その間、身体能力がまともに動けないくらい低下しますが、ほかの能力と併用できるので、打ち消すことが可能です。」

尽那が語る。条件があるとはいえ、正直に言って破格の能力だ。だが、

「たしかに便利だけど……なんでそれが強いってことになるんだ?」

時間停止能力は、実際のところ実戦ではあまり強くない。時間を止めても不可能なことは不可能だからだ。回避率は上がるだろうが、攻撃力は上がらない。

だから、時間を止めても回避できないような攻撃をすれば簡単に倒せるし、相手の攻撃が自分に効かなければ時間が止まっても怖くない。

「あいつの能力が最悪なんです。時間停止能力……『猶予期間モラトリアム』は、もともと私の『カラーズ』です。あいつの能力、『灰色の野心カラースポイト』で奪われました。」

「……そりゃやばいな。」

時間停止と能力強奪。確かにそれはヤバい。たいていの場合、そう言った能力には厳しい条件が付く。が、時間が止められるならば。大体の条件は容易となるだろう。

「――――仕方ない。あいつらにこの街でデカい顔されるのも腹立つしな。協力するよ。」

「あ、ありがとうございます!!」

と、玄関の呼び鈴が鳴った。警戒しながらも蒼真はドアを開ける。

「やーやー。さっきぶりだねー。」

知らない人が、立っていた。




「―――――いや、誰だよあんた。さっきぶりって……俺はあんたのこと全然知らねぇんだが?」

蒼真よりもいくらか年上の女性だ。銀髪銀眼というかなり珍しい特徴を持っているうえに毛皮まみれのコートに身を包み、かなりの美人。個性の塊だ。一目見ただけでも忘れないだろう。

「あははは。この姿じゃわかんないかー。」

「……?あぁ。せめて喋り方ぐらいおんなじで来てもらわねぇとわかんねぇよ…」

「びっくりさせようと思ってー。」

「で?なんだって見た目を変えてきたのかは知らんが、何の用だ?警備員?」

尽那が閉じ込められていた部屋の前で相手をした警備員だ。趣味の悪いことに見た目どころか性別まで変わっていたために気付かなかったのだ。

「いやいやー、私は一応ボディーガードだよー。でもでもー、君は心が読めるんじゃなかったのー?」

「誰から聞いたんだか……あんたみてぇなのの心までは読み取れん。専門外ってやつだ。」

そう、蒼真は対象の心を読み取る能力を持つ。しかしながら、なぜか目の前の人物(暫定男性)の心は読み取れない。ただし、蒼真の眼は相手の『カラーズ』をみたりもできる。それによって判断したのだ。というかそれが無ければわからなかった。

「ふぅん。じゃあ本題。私、仕事クビになっちゃった。だから鞍替えしようと思うの。」

「クビ?―――あぁ。」

「納得するなよー。どうやらあの人、私を信用してなかったらしくてねー。君に負けたのをいいことにクビを言い渡してきたのー。」

「たぶん俺に負けてなくてもクビになる運命だったと思うぞ。」

「えー?」

厳しい現実だが、あのポンコツぶりでは避けられない未来だろう。

ともあれ、なんとなく言いたいことはわかった。

「で、俺のほうに鞍替えして食い扶持を稼ごうってか?」

「鋭いねー。そんなとこー。私としてはお給料が最低限入ればそれでいいしー。」

悪い話では無いのかもしれない。蒼真の見たところ、この人物の力量はポンコツを差し引いてもかなり高い。

「仕方ないか。今は人手がほしいし。金なら一応あるし。」

「おー。責任の取れる人は好きー。」

「―――――あんた、本来の性別どっちだ?」

男だった場合、今の発言はあまりにも気持ち悪い。

「今は女で通してるかなぁ?」

「俺の聞き方が悪かったか?」

なぜ体面のほうを答えるのだ。

「じょーだん。女だよー。」

「信用できねぇ……」

とりあえず、戦力になるのは確かなのだし、いいのではないかと自分を納得させる。と、もう一つ、聞きたいことを聞いておく。

「で、あのポンコツっぷりはどこまでが本気だ?狸野郎。」

「さーて?どうでしょー。」

この女(?)。あまりにも信用ならない。会話しながら観察していたが、あのポンコツぶりとは裏腹に一切の隙が無い。

「で、あの職場での最後のお仕事として、追っ手を連れてきちゃいましたー。」

「――――――は?」

「そして、最初のお仕事として、追っ手を蹴散らすのをお手伝いしまぁす。」

「―――――すごい作戦だな……」

特に、見事に両陣営に対しての裏切り行為となっているところとか。もともとなかった信用がさらに下落した。ただ、この女の目的はなんとなく察せる。相互利用の関係なら何の問題もないタイプだと思う。思いたい。

「十五夜!!」

「ふぁい?ふぁんでふふぁ?」

「勝手に食料食ってんじゃねぇよ……」

尽那は口いっぱいに何かを頬張りながら登場した。どうやら蒼真がこの変人と向き合っている間、ずっと食事をとっていたらしい。

「この人と外の追っ手を撃退してくるから。ここから動くなよ。」

「ふぁい。ふぁふぁりまふぃた。(もぎゅもぎゅ)」

動揺することなく返事をした。慌てたり、パニックになるような人に比べれば扱いやすいのかもしれないが、無性に腹が立って仕方がなかった。

「行きますかー。」

「あんた、名前は?」

「私ー?ウルバス=キュエルっていうのー。よろしくねー。」

「国籍すらわからねぇときやがった……チクショウ、なんだってこんな受難ばっかなんだ!?」


蒼真というらしい男の娘(訴訟も辞さないby蒼真)とは二手に分かれ、私は西側にいる連中を相手していた。本当にめんどくさいことこの上ない。自分のポリシーが憎くて仕方ないが、今は黙って敵をなぎ倒す。

数分前には味方だったのだが、世知辛い世の中だ。彼らも笑って許してくれるだろう。たぶん。

「ウルバスさん。まさかあなたが寝返るとは。そもそも鞍替えする意味が分からないのですが……」

目の前の青年は許してくれないみたいだが。

この青年は私の後輩で、同僚だった。『カラーズ』が似通ってることもあって、ライバルのように思われていたらしい。

「元ボスとのけんかー。じゃダメー?」

「あなたが?ありえない。あなたはボスの腹心の部下だった。そうでしょう?」

あまりにも見当違いだ。そもそもこの行動はあいつの打倒が目的なのに。

「まっさかー。私は利用され続けた哀れな美少女だよー。」

「相変わらず、あなたとは話が通じている気がしない。もう少し真面目に喋ったらどうです?」

「真面目なんだけどなー。」

「……埒があきません。本当に裏切ったというなら、僕が倒すまでです。」

「寝言はー、寝て言いなさいー」

「『錬金術アルケミスト』」

周囲の地面がまるで意思を持ったかのように攻撃してくる。物体の組成を変え、形を変えることで意のままに操る能力、それが『錬金術』だ。

「はぁ。『錬金術』」

私も同じ『カラーズ』を発現させる。そして、彼が操っていた地面に多少のアレンジを加え、たたき返す。

「馬鹿な?!乗っ取り?」

「術者に相当な差がないと起きないんだけどねー。」

つまり、彼と私の実力の差はかなり開いているのだ。

「じゃ、もう邪魔しないでねー?」

そう言って、彼の体に生成した鎖を巻き付ける。彼の実力ではよほど頑張らないと支配権の乗っ取りはできないだろうし、これでしばらくは大丈夫だろう。

「まて、待て!!ウルバス=キュエル!!」

「なにかなー?できれば下の名前は呼んでほしくないんだけどー」

「『八百万』!この二つ名は、あんたのものだろう!?」

これはまた、懐かしい名前だ。思い出したくもない過去の。

「私は『千変万化』。そんなの知らないよ。」

「嘘をつくな!!僕はあんたのことを調べたんだ!あんたが、あの街を!」


青年は地面にたたきつけられたのか、気を失っている。息はあるようだ。

付近に生物はいない。少なくとも、目に見える範囲には。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イロトリドリ イロマグロ @sakakoha01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ