第3話熱き背中に勇気をもらい

 ギィンッ。鋭くも重い音が辺りに響き渡る。

 剣と拳を交えたまま、ギュスターとフリードは睨み合う。


「やはり雑魚とは違うな。いい気迫だ」


 ギュスターの不敵な笑いに、フリードは怒声をぶつける。


「お前の噂は貴族たちから聞いている。アウタリアの秩序を脅かす悪漢め! お前のせいで、どれだけ我らが迷惑していると思っている!」


 どんな相手にも、依頼者の言葉を伝える代告屋。こんな騒ぎが毎度起きているなら、迷惑して当然だ。カリンは背筋に冷や汗をかき、意識が遠のきそうになりながら行方を見守る。


 ギュスターが後ろへ跳び退き、再び拳を振り上げてフリードへ迫った。

 片手に持っていた剣を両手に握り直し、フリードは唸る拳に真っ向から挑む。


 彼らが離れてはぶつかる度に、火花が散る。

 剣と拳がぶつかる時、フリードは苦しげに歯を食いしばる。だが、ギュスターは数を重ねるごとに嬉しそうな顔をする。


 ギュスターの鍛えられた筋肉は踊り、全身が赤くなっていく。拳を振るえば振るうほど、人から離れていく気がする。まるで悪魔だ。得体の知れない恐ろしさに、カリンは身を震わせた。

 懸命に応戦するフリードを、ギュスターが鼻で笑った。


「必死だな。お前ほどの漢でも、聞けば困る事があるのか?」


「見くびるな! 俺は代告屋という存在自体が許せないんだ。なぜお前などに言葉を託す? 言いたい事があるなら、どうして自らの口で言わないんだ」


 ずきり、とカリンの胸が痛む。

 自分みたいな平民が、フリードに声をかけるなんて……と思っていた。でも、それはただ逃げていただけなのかもしれない。身分を恐れず、進んで戦おうとするギュスターを見ていると、自分が情けなくなってくる。悔しさで、我知らずに拳を握った。


 フリードに疲れが見え始める。呼吸が激しく、肩で息をしている。そうカリンが思った矢先、ギュスターの拳が剣を砕いた。


「くっ……!」


 苦しげにフリードは呻いたが、決して戦う手を止めようとしない。ギュスターと同じように、拳で殴りかかろうとする。

 どちらが勝っても、負けても、後悔するだけだ。カリンは意を決し、二人に駆け寄りながら大声で叫んだ。


「ギュスターさん、やめて下さい!」


 カリンの声に二人は手を止め、こちらを見た。


「娘、邪魔をするな。まだ勝負は決まっていないぞ」


「もういいんです、依頼を取り消させて下さい。お金は返して頂かなくても構いませんから」


 怪訝そうにギュスターが眉根を寄せる。


「ここまで来て諦める気か?」


「……いいえ、諦めません」


 小さく首を振ってから、カリンはフリードに目を向けた。驚いているのか、こちらを見つめる彼の目が丸い。


「君は、防具屋の……」


 フリードが自分を知っていてくれた。それが分かっただけでも、これからどんな結果になっても十分満足できる。カリンは息を整え、声を絞り出す。


「カリンと言います。どうしてもフリード様にお伝えしたい事があって、私が代告屋に依頼をしました」


 乾いた唇を湿らせてから、カリンは言葉を続けた。


「……ずっとフリード様を、お慕いしておりました。大それた事は望みません。ただ、私の想いを知って頂きたくて――」


 恥ずかしさで、次第にカリンの声はしぼみ、視線が地面に落ちていく。

 しばらく無言が続いた後、フリードが息をついた。


「そうか、俺は君に嫌われていた訳じゃなかったのか」


 思いがけずフリードの安堵した声に、カリンは顔を上げる。そこには鎧の試着を手伝った時に見せた、優しい笑みがあった。


「前から君に声をかけたいと思っていたんだが、よそよそしい態度で、嫌われていると思っていた……代告屋に頼まなくても、こうして話してくれれば良かったのにな」


 フリードからそんな事を言ってくれるなんて。信じられず、嬉しさでカリンの目に涙が溜まる。

 ぽん。ギュスターがカリンの肩を叩いた。


「俺の依頼を取り下げるとは珍しい。娘、よく言ったな」


 そう言ってギュスターは、元来た道を戻ろうとする。


「先に店へ戻っている。用事が終わったら店に寄っていけ、依頼の金を返そう」


「そんな! これだけ迷惑をかけたのに、お金は貰えません」


 叫ぶカリンへ、ギュスターは振り向かずに手を振った。


「俺はフリードと戦えただけで満足だ。戻ってきた金は、己の幸せのために使え」


 来た時とは違い、悠々とした足取りでギュスターは立ち去っていく。

 大きく逞しい背中。この背を見たからこそ、勇気が持てた。カリンは感謝の思いを胸に、ギュスターの背を見送り続けた。


《了》



※最後までお付き合い下さりありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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炎の代告者・ギュスター 天岸あおい @amano-aogi

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