第2話戦う代告者~熱き漢を求め……って目的変わってませんか?~
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
酒場の灯りも消える、午前三時。店内で仮眠をとっていたカリンはヘレンに起こされ、外へ連れ出された
。
「もう準備は万全だ。いつでも行けるぞ」
先に外へ出ていたギュスターが、月明かりの下でスクワットしながら言い切る。昼間と変わらず上半身は裸。よく見るとズボンから素足が覗き、両手には黒いグローブがはめられている。
「……ギュスターさん。せめて上着を――」
「無用だ。破れて使い物にならなくなる」
伝言するのに、どうして服が破けるのだろうか。これからの展開がさっぱり想像できない。カリンがまごついていると、ギュスターが背を向け、その場にしゃがむ。動き続けていたせいで、いくつも汗の滴が流れている。
「さあ、早く俺の背中に乗れ」
「え、遠慮します。自分の足でついていきますから」
「それは無理な話だ。俺の速さについていける訳がない」
いっそ置いて行ってくれ、と今さら言えず、カリンは諦めてギュスターの背後から、首へ腕を回して掴まった。
ギュスターはカリンをおぶって立ち上がると、ヘレンへ顔を向けた。
「ヘレン、行ってくる。俺たちの無事を祈っていてくれ」
「ええ。命がけの大仕事だもの、帰ってくるまで祈っているわ」
命がけって? 一気に背筋が寒くなり、カリンはギュスターから離れようと手を離そうとする。
が、時はすでに遅し。ギュスターの足は地面を蹴り、突風のごとく走り出していた。まるで暴れ馬にでも乗っているような速さで、カリンの息が詰まる。
こんな速さで振り落とされてしまえば、大ケガ間違いなし。必死にギュスターの首にしがみつき、鼻で浅く息を吸う。
ぼそりと、ギュスターが呟いた。
「いいか、娘。命が惜しければ、死ぬ気で俺にしがみつけ」
言われなくても、自分にはそれぐらいしかできない。カリンは返事代わりに小さく頷いた。
店々が並ぶ大通りを駆け抜け、ギュスターは街の東にある貴族の居住区へ向かっていく。
「フン、現れやがったな」
ギュスターの声に、カリンは目を細めながら前を見る。いつの間にか、通りには剣を手にした兵士が何人もいた。こちらを見るなり「現れたぞ!」と声を張り上げ、こちらへ走ってくる。
そして、躊躇なくギュスターへ斬りかかってきた。
(ギュスターさんが斬られちゃう!)
思わずカリンは目をつむる。
聞こえてきたのは、肉を断つ音ではなく、鈍く殴打する音。
ギュスターの体が大きく跳ねる。しかし、倒れる様子はない。
恐る恐るカリンは目を開く――と、目前ではギュスターが、襲い来る兵士たちを次々と殴り飛ばしていた。時折、剣と拳がぶつかった瞬間に、金属がぶつかり合う音がする。どうやらギュスターのグローブには、鉄が仕込んであるらしい。
どうしてこんな状況になってるのか分からず、カリンは呆然と前を眺める。気がつけば大人数の兵士が、みな地面に伏してしまった。そんな中、ギュスターは無傷だった。
「弱いな。早く手応えのある猛者に会いたいものだ」
そう言ってギュスターは手首を軽く振り、再び走り出そうとする。聞けるのは今しかない。カリンは意を決して尋ねた。
「あ、あの、どうしてギュスターさんが襲われるんですか?」
「俺が代告者だからだ。どんな依頼人でも、必ず言葉を届ける……それが相手を呪う言葉だろうが、秘密の暴露だろうがな」
ギュスターは小走りに前へ進みながら、言葉を繋げる。
「だから代告者は自分が行くことを昼間に伝えて、もし相手が拒むなら、こうやって勝負して、勝った方の言うことに従うんだ。立場のあるヤツになるほど、俺の仕事を邪魔してくる」
ただ想いを伝えてもらえれば十分なのに、まさかこんな命がけの展開になるなんて。慌ててカリンは叫ぶ。
「もういいです、ここで引き返しましょう! 人にケガをさせてまで、私――」
「もう引き返せんぞ。あれを見ろ」
ギュスターが前を指さす。言われるままに視線を送ると、向こうから数十人の兵士を従えた騎士が颯爽と歩いてくる。
(フリード様……)
いつになくフリードの目は鋭く、遠目からでも怒気が伝わってくる。思わずカリンが身を硬くしていると、ギュスターが膝を折り、背中から降ろしてくれた。
「フリードは、一度戦いたいと思っていた漢だ。娘、依頼をくれて感謝する。必ず勝ってみせよう!」
不敵にカリンへ笑いかけ、すぐにギュスターはフリードに向かっていく。
応えるように、フリードが剣を構えて駆け出した。
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