炎の代告者・ギュスター

天岸あおい

第1話恋する少女と筋肉男

 競うように華やかな店が並ぶ、都市アウタリアの大通り。流行の帽子や凝った衣服で着飾った人々が往来する中、つぎはぎだらけのワンピースを着たカリンは浮いていた。


 色白で体が細いためか、病弱そうな外見の少女だった。肩で切りそろえた褐色の髪は艶がなく、琥珀の瞳もどこか虚ろだ。

 カリンは息をつき、辺りを見渡して目的の店を探す。


(話ではこのあたりにあるって聞いたけれど……あ、あそこね)


 きらびやかな店が並ぶ通りに混じり、少々古しい木造の店があった。扉は硬く閉ざされており、窓もないために中の様子も見えない。表に出ている看板は、店名がかすれている。


 店の名前は『ギュスター代告屋』。

 カリンはその場に立ち尽くし、不安そうに店を見上げる。


(本当にここでいいのかしら?)


 得体の知れない空気に気圧され、カリンは一歩後ずさる。

 今日はやめておこうと、一瞬逃げ出しそうになる。しかしカリンは小首を振り、店へ近づいた。恐る恐る扉の取っ手を引いてみると、呆気なく扉は開いてくれた。それと同時に「いらっしゃいませ~」という、甲高い女性の声が聞こえてきた。


 よかった、人がいる。ホッと胸を撫で下ろし、カリンは店内に足を踏み入れる。 窓のない店内は昼間なのに暗く、ランプを灯している。すぐ目の前にはカウンターがあり、一人の女性がにこやかな顔でカリンを見つめていた。

 女性は小柄でふくよかな体躯をしており、なんとも優しい顔立ちをしている。前髪を後ろへ流して髪を結っているので、きれいな額が露わになっていた。見るからに人が良さそうで、ほんの少しだけカリンの緊張がほぐれる。


「ようこそ、ギュスター代告屋へ。私はオーナーのヘレンよ。ここに来るのは初めて?」


 ヘレンがやわんわりと微笑みながら尋ねてくる。カリンは緊張で乾いてしまった唇を湿らせてから、ぎこちなく頷いた。


「は、はい……噂を聞いて、隣の町から来ました。あの、本当にどんな人にも伝言を届けることができるのですか?」


 ここは代告屋……本人に代わって、必ず相手へ言葉を伝えるという店だと聞いている。カリンが顔色を窺ってヘレンを見つめていると、彼女は嬉しそうに手を叩いた。


「ええ、そうよ。街の外にも噂が届いているなんて光栄だわ。わざわざ来てくれたんだから、サービスするわね」


 小さく丸っこい手を招き、ヘレンはカリンを呼び寄せる。不安で辺りをキョロキョロ見渡しながら、カリンはカウンターに近づき、縁に手をかける。


「今日はどんな依頼? この紙に用件を書いてくれる?」


 ヘレンはそう言って、後ろの戸棚から一枚の紙と万年筆を取り出し、カリンの前に置いた。

 万年筆を手に取り、カリンはゆっくり紙に用件を書いていく。こうして文章にしていくと、なんて大それたことだろうと思う。

 書いている途中で、紙を覗き込んでいたヘレンが「フフッ」と笑い声を漏らした。


「片思いの人がいるのね、素敵なことだわ。お相手は……え? 騎士のフリード様?」


 彼の名を見た途端、ヘレンの声が曇った。


「……私は平民の娘、フリード様は貴族で王宮の騎士様。身分が違いすぎて、近づくことさえ許されない相手なのは分かっています。でも――」


 カリンは言葉を止めて息をつく。初めて会ったのは二年前。カリンの働いている防具店で、フリードが鎧を購入してくれた。それ以来、たまに店へ訪れて防具を買ってくれる。ただ、接客の会話と、一度鎧の試着を手伝ったくらいしか接点はない。


 フリードは涼やかで美しい顔立ちの青年だ。背中まで伸びた柔らかな金髪は、ゆるやかに波打ち、時折横髪が揺れ、澄んだ青い瞳が覗いていた。

 最初はきれいだけれど、冷たそうな人だと思った。しかし、カリンが鎧の試着を手伝うと、フリードは「ありがとう」と優しく微笑んでくれた。


 たったそれだけのやり取り。でも、あの日からずっと彼が心から離れない。弱気になっていたカリンの瞳に、力がこもる。


「――私の想いに応えてくれなくてもいい。ただ、私の想いをフリード様に聞いて頂きたいんです」


 しばらくヘレンは笑みを消し、カリンを真っ直ぐに見つめる。

 ふっ、とヘレンは口端を上げた。


「どんな内容でも、相手がどんな人であっても、必ず伝えてみせるわ……ギュスター! ちょっと下に来てもらえる?」


 二階へ続く階段に向かって、ヘレンが誰かを呼ぶ。すぐに重さのある足音が聞こえ、誰かが一階へ下りてきた。

 カリンが階段へ視線を送ると……大きな黒い人影の背後に、白い湯気が昇っていた。


(ど、どうして湯気が……?)


 戸惑うカリンに、黒い影が近づいてくる。ランプの光が届く所まで来て、ようやく姿が露わになる。

 現れたのは、なぜか上半身が裸の大男。胸板は厚く、隆々とした筋肉を腕や腹につけている。よく見ると肉の盛り上がりに沿って、汗が伝っているのが見えた。


 そんな筋肉だらけの体にふさわしく、彼の顔は精悍だ。赤茶の髪は獅子のたてがみのように生え、骨太な顎や大きな口に、髪と同じ色の顎髭がたくわえられている。見た感じ、三十代後半といった所だろう。

 男は狼よりも鋭い目でこちらを見下ろす。思わず恐怖を感じて、カリンは全身を強張らせた。


「ギュスター、お客さんが怖がっているわ。ちょっとは愛想笑いぐらいしてよ」


「そんな軟弱な真似ができるか。どれ、今回の依頼はなんだ?」


 ぬっ、とカリンにギュスターの影が被さる。依頼を書いた紙を手にすると、彼は瞳を素早く動かし、不敵な笑みを浮かべた。


「ほう……かなり厄介な仕事だな。面白くなりそうだ」


 言葉とは裏腹に、顔は嬉しそうだ。固まったまま見つめるカリンへ、ギュスターは目を細める。


「小娘、依頼の金は用意してあるな?」


「は、は、はい、ここにあります」


 慌ててカリンは腰に携えていた皮袋を、丸ごとカウンターに置く。ジャリ、と重い音だ。食費も切り詰め、仕事で手をボロボロにしながらも一生懸命に貯めたお金。今の全財産だ。

 ギュスターは力強く「うむ」と頷き、皮袋を鷲掴みにする。


「しっかとお前の想いを、俺が熱く伝えてみせよう!」


 街で見かける吟遊詩人のような優男なら、愛の伝言も似合うだろうが……こんな見るからに怖そうな豪傑が、自分の想いを代弁するなんて。カリンはカウンターから身を乗り出し、ヘレンに顔を近づけて声を潜める。


「あの、大丈夫なんでしょうか?」


「大丈夫よ。同じような依頼を何度もこなしているから」


 にわかに信じられずカリンがまごついていると、ギュスターの大きな手が肩を叩いた。


「心配なら、俺の仕事をその目で見ろ。連れて行ってやる」


「……ええ? べ、別にいいです」


「いい、ということは、見たいんだな。分かった、俺の生き様をしっかり見ていろ!」


 どうしてそうなるの? 理解に苦しみながらも、これ以上断り続ける勇気もなく、カリンは諦めてその場に項垂れた。

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