一日三善の殺し屋

平野武蔵

一日三善の殺し屋

殺し屋だからって俺を悪人だと思っちゃいけない。

殺しは仕事だからやってるだけで、別に好きでやってるわけじゃない。


多くの人は仕事のために自分を偽るはずだ。

黙りたいときにしゃべり、泣きたいときに笑い、悪態をつきたいときにお世辞を言い、座りたいときに走り、恋人とおまんこしたいときにオヤジとゴルフをする。


それと同じだ。殺したくないけれど仕事だから殺す、ただそれだけのことだ。


悪人じゃない証拠に俺は一日三善を心掛けている。

一善じゃない。

二善でもない。

三善だ。


それでは、俺が今日した三善を第3位から発表しよう。


第3位。

道端のごみを拾った。

マクドナルドの紙袋だった。

ちなみに俺はバーガーキングがキングだと思う。


第2位。

泣いていた猫にコンビニのツナマヨおにぎりをあげた。

どうも俺は泣いているものに弱い。人間だろうと動物だろうと。

あ、殺しのときは大丈夫だ。泣いて命乞いをされる前に殺してしまうから。

泣く前に殺してしまえホトトギス。


そして栄えある第1位は・・・

・・・交番に財布を届けた。


ターゲットを抹殺した直後のことだった。

ボスに完了報告をしようと電話ボックスに入ると緑色の電話機の上に女物の長財布が置いてあった。中を見てみると現金が15万2千円とキャッシュカードやクレジットカードや美容院のメンバーズカードなんかが入っていた。

あまりにも善人の俺はその財布を見つけたとたん、こりゃいかん、忘れたた人はさぞお困りのことだろう、と財布の持ち主に同情してしまい、急いで近くの交番に届けた。

ボスに電話するのも忘れて・・・


「あのう、あそこの電話ボックスに財布が置いてあったんですけど」


交番に入るなり俺がそう言うと、警官は黙って俺を見た。

見るというよりは観察するような目つきだった。


あるいは俺がそう感じただけかもしれない。

殺し屋を生業にしていると警官の前に出るのはたいへん居心地が悪い。疑心暗鬼になりもする。

それでも、警察に届けたいと思うほど、俺は善人であり、一日三善に命をかけてるくらいなのだ。


「それはどうも」


怪訝なまなざしを向けたまま警官は言った。


拾得物しゅうとくぶつ届の書類を作りますのでどうぞおかけください」


警官は俺を引き留めようとした。

俺が暗殺集団「殺家ー」サッカーの殺し屋だということに実は気づいているのではないか。にもかかわらず気づかぬふりをして、書類作成を口実に俺の身元を聞き出そうとしているのではないか。


身体のどこかに血がついているだろうか。俺はとっさに自分の手や身体を見渡したがクリーンだった。遠距離から銃で仕留めたのだから血がついているはずはなかった。


「あ、書類はちょっと・・・」


「すぐに終わりますから」


「字が書けないんです」


これは本当だった。


「こちらで書きますから大丈夫ですよ。いつどこで拾ったか詳しく教えてくれませんか」


面倒なことになった、と困り果てたそのとき交番の電話が鳴った。


「はい、黄昏のレンガ路交番です。…え?」


警官は言葉を切って俺を見た。

目に浮かぶ疑いの色が濃さを増していた。

受話器を耳に当てたまましばらく黙っていた。

そのあと俺に背中を向けて何やらひそひそと受話器にむかってささやいた。

何を言っているのかは聞き取れなかった。

一般市民である俺に聞かれてはマズイ内容なのか。

それともに聞かれてはマズイ内容なのか。


警官が話している間に駆け足で逃げてしまおうかとも思ったがそれは善人のやることではないと思いとどまった。

落とし物をまた拾ったりしたら警察に届けなくてはならない。

ここで逃げたら警察に今後、落とし物を届けることができなくなってしまう。


通話を終えた警官は一枚の紙を手に俺のところに戻って来た。


「お待たせしてすみません。どうぞおかけください。すぐに終わりますから」


俺は仕方なく腰をおろしカウンターを挟んで警官と向かい合った。


「女性物の財布ですね。そこの電話ボックスで見つけたんですね?」


俺は頷いた。


「何時ごろでしょう」


「たった今ですよ。見つけてすぐに来たんだから」


「ところで、電話ボックスには電話をかけるために行かれた?」


「当たり前でしょ? 電話ボックスに風呂入りに行くやついますか?」


「ははっ、確かに。ちなみにお仕事の電話ですか?」


「それって関係ありますか」


「いや、もし差支えなければ」


「答える必要ないでしょう」


「ええ、もちろん答えてくださらなくてけっこうです。ちなみに電話ボックスに入る前はどちらに?」


やはり、こいつは俺を不審者だと疑っているのだ。

だが、まさか俺がたった今、人を殺してきたことまでは知るはずがない。


「それも関係ないでしょ?」


「いや、ほら、例えば来る途中で財布の持ち主かも知れない女性とすれ違ったとか」


「そういえば女性とすれ違った気はするな」


うん、確かに気がする。


「ほら! ね? どちらの方角から来ました?」


「えーと、あっちですね。電話ボックスの東の方から西に向かって歩いてきたんです」


俺はここで嘘をついた。

俺は電話ボックスの西にあるマンションでターゲットを殺害してきた。

つまり西から東に歩いてきたのだ。


「電話ボックスの東って言うと、あれですね、ゲイバーがありますよね。あれ、なんて言ったっけなあ」


「『つぶらな瞳』でしょ」


「あ、そうだ! よくご存知ですね。もしかして行かれたことあります!?」


「まあね、よく行きますよ」


「そうなんですか。私は行ったことないんですけどね。もしかして、そっちが好きだとか」


「まあバイですよ。どっちもいけます。ってこれも関係ないでしょ」


「いやいや、まあ、世間話みたいなもんです。全然、気にしないでください。こういう仕事やってるといろんな人に会いますから。偏見なんて少しもないですよ」


と、ドアが開いて二人の警官が入って来た。


「お疲れ様です」


仲間が来たとたん、目の前の警官は態度を変えた。


「電話ボックスに来る前はどこにいた?」


「どこだっていいでしょ」


「さっき話した『つぶらな瞳』に最後に行ったのはいつだ」


「関係ないでしょ」


「そうでもない気がする」


「は、何言ってんすか?」


「答えろ」


「昨日行きましたよ」


「何時ごろだ」


「11時ごろかな」


「夜の11時か」


「当たり前でしょ。昼の11時はやってませんよ」


「『つぶらな瞳』のオーナーを知ってるか」


「知ってますよ。あの店通ってるやつで知らないやつはいないですよ」


「昨夜はオーナーに会ったか」


「会いましたよ」


「話はしたか」


「しました」


「いつもと違う様子は?」


「とくにありませんね」


「あんたは昨夜11時ごろ『つぶらな瞳』に行きオーナーと話した」


「そう言いましたよ」


「今日の昼11時ごろじゃないのか」


「違いますよ」


「じゃあ、今日の昼11時ごろはどこにいた」


俺は、言葉に詰まった。ターゲットの住むマンションに向かっているころだった。


「答えられないのか」


「答えないとならないスか」


「答えた方がいい」


「『つぶらな瞳』にいました」


俺はまた嘘をついた。

実は開店前の「つぶらな瞳」にはよく行く。オーナーと一発やるためだ。かといって俺はオーナーの恋人ではない。こんな奴が他にもわんさといるはずだ。俺はバイだが、オーナーは完全なホモでチンポが大好きだった。いろいろなチンポをくわえているはずで病気をうつされないように気をつけなければならなかった。


「『つぶらな瞳』で何をした」


「オーナーと話をしました」


「話だけか」


「いえ、実は一発やりました」


「どういうことだ」


「俺の大砲を喰らわせたということです」


「大砲か」


「大砲です」


「一発だけか」


「いや、実は2発」


「2発だけか」


「3発のときもあります」


目の前の警官が、視線を遠くにうつし、それから頷いた。


背後から2人の警官が俺を取り押さえた。


「クソ暑いのにスーツなんか着やがって」


一人の警官がそう言いながら、俺の身体をまさぐった。

胸ポケットに隠していた銃とズボンのポケットに仕込んでいたジャックナイフが見つかった。


手を後ろ手に回された。


冷たい金属が両手首に当てられた。


「銃刀法違反の容疑で逮捕する」


ゲイバー「つぶらな瞳」でオーナーが殺されたのを彼らが口にしたのはこのあとだった。








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