第2話 戦場のメリークリスマス

「気にくわない」

今日の彼はご立腹のようだった

前から置いてあった作品の腐敗が進み過ぎて撤去されたことが理由らしい

「彼らは何もわかってない。あらゆる物事には必ず影がある。綺麗なものだけを積み重ねてできたものなど何の魅力もない」

彼からしたら作品の完成を待たず撤去されたというのは辛いことだろうが

強烈な悪臭を放ち

ハエを纏い

一部は骨が露出し

一部は肌が変色し

一部は体が溶け出している

僕からしたらこれ以上どうなったら完成なのか

皆目見当もつかない

日に日に勢いを増す悪臭をものともせず

ここで生活する彼は

やはり常識外れな人間と言わざるを得ない

「私は抗議するぞ。何としてもだ」

彼の弁が熱を帯びる中

その被害者となりえる方々がやってきた

「来たな」

「今日の分だ」

「看守殿受け取る前に1ついいかな?」

「手短にしてくれ。ここには長くいたくないんだ」

「それは看守殿次第だ。私はこないだ私の意見を無視してあの作品を廃棄した理由 を知りたい。」

「あれ以上あれを残してどうする?ただでさえ酷いあれから何かお前の言う進化が まだあったのか?言わせてもらうが毎回あれを処理するお前の助手と私たちの身 にもなれ毎回最高に悪趣味なゴミを作って何もかも最悪だ」

「看守殿に理解しろとは言わないがあれはあと2週間程寝かせておけば滅多に出会え ない芸術にその姿を変えていたと推測できる。徐々に神々しいものへとその姿を 変えていくその様もまた一つの芸術だよ」

看守は大きくため息をつく

後ろには車いすに座っている囚人がいる

麻袋をかぶされ沈黙を保っている

「わかったその下らない話はとりあえずおいとけ。とりあえずこれの処分を頼む」

「置いておける話ではないが今回は特別だ。じゃあ帰りたまえ」

看守は彼に背を向け部屋の出口に向かう

「さて助手君可哀想な彼の呪縛をほどいてあげなさい」

彼の命令通り顔に被せられている麻袋を取った

そこにはこことは縁遠そうな普通の顔をした男がいた

一体何をしたのだろうか

「君は足が悪いのか?」

「そうだな見てわかる通りだ」

「そうかいつから悪くなったんだ?」

「犯行に使った神経毒の副作用だ。ある意味しくじったんだよ」

「ほぉ。この国でもめずらしいテロを起こした人と聞いているがどうかね」

「失敗だったがな」

「いや約30人程を殺してさらに約60人程に重軽傷を負わせて失敗なんて。死んだ人が浮かばれんよ」

「本当は俺も死ぬはずだったのに死ねなかったんだ。しっかり失敗してるさ」

「それで目的は達成できたのかな?」

「まぁ半々だな」

「そうか。なら何よりじゃないか」

「でも不完全燃焼ではあるから未練はあるな」

「まだ殺したりないのかい?」

囚人は半笑いで

「いや数は十分だったさ。でも質は悪かった」

「誰が足りなかった?」

「あの人が言うには富裕層に属す人間がまだ足りなかったというんだ」

「あの人というと」

「俺にこの道を示してくれた人だよ。会社と折り合いがあわず悩んでた俺の相談に 乗ってくれて力になってくれた人さ。頭がいいだけが世の中ではないと教えてく れた。言葉だけが人間の表現方法ではないと教えてくれた。金に困れば援助して くれた第2の親のような人さ。貧しい人に手を差し伸べ救いをくれる崇高な人だ  よ」

「そうか私は長い間ここにいるものだから外の話には疎いんだ。ぜひともその 君の言う崇高な人の名前を伺いたい」

「知らないのか。まぁずっとここに拘束されてるなら無理はないか。立花志賢さん だ」

彼はしばらく動かしていた口を止めた

「もしかして知り合いか?」

僕もそう思った

「いや思い当るところは残念ながらないな」

「そうか残念だ。じゃあとっとと刑に処してくれ」

「随分勇み足じゃないか。そう死に急がなくてもいいのではないかね?」

「もう俺の役目は終わった。だからもういいんだ。」

「そうか。なら君の言葉に従おう。最後に神に祈らなくていいのかい?」

「いらないさそんなもの。俺は神なんて非科学的なものを信じてるわけではないか らな」

「では何を信仰して何を目指したんだい?」

「俺は理性を信仰し立花さんの目指すものと同じものを目指した。そして武力行使 をしただけさ」

「立花は何を理想としてるのかね?」

「それは立花さんの頭のなかにしかないだろう。私には恐れ多くて聞けないし教えてもらったところでわからないさ」

その立花さんという人の話をするときだけ囚人の目には何とも言い表せないものが宿っていた

熱意のようだが空虚なものもかすかに感じる

「そうかじゃあ理性にさよならを告げてくれ」

そうすると彼はロープを取り出した

「助手君仕事だ彼の首を絞めなさい」

そういうと彼は僕にロープを渡した

「お前が手を下すわけではないのか?」

「今回はそうだな」

「そうか。じゃあ君お手柔らかに頼むよ」

そういうと囚人は目を閉じたとても安らいだ表情だ

僕は囚人の背後に回り首にロープをかけ

ゆっくりと首を絞めていく

囚人は多少こわばっていたが

段々と体の力が抜けていくのがわかる

彼は1枚のCDを取り出しプレーヤーの中に入れる

殺害途中の雑味のある空間にピアノの音が響き始める

「戦場のメリークリスマス」

彼がなぜこれを選んだかはわからないが

心なしか囚人がほほ笑んだ気がした

演奏が終わるころには囚人は息を引き取っていた

壊れたおもちゃみたいになったものを彼は眺めて呟き始める

「彼は彼の頭の中にあった誰かさんの理想を聖書にして聖戦を行った。戦争からの 帰還者には敬意を払おうではないか」

そういうと彼は床に大きな白い布を広げた

布の中央に死体を寝かせ

アイスピックを取り出し頭に突き刺す

穴が開くまで何度も何度も

「助手君机の花瓶から一輪バラを取ってくれ」

頭蓋砕く音が延々と部屋に響いている

布には赤い物体が飛び散り赤い液体が染みていっている

ある程度穴が開くと今度は左胸に突き刺し

また延々と繰り返す

頭蓋に開いた穴にバラを挿そうとすると

「助手君違うよ。そこではないからもう少し待ってたまえ」

彼は左胸に穴を開け終えると

そこにバラを挿す

頭には何も挿さず

開いた頭蓋の空洞は僕たちを見つめているように感じる

作品の寝ている布は作品の周りの一部を赤く染めている

彼は飛び散った赤を縦に広げていく

両手を広げさせ

広げた手に沿って赤を広げていく

「足りないな」

「どうします?絵具でも頼みます?」

「何を言ってるんだ助手君。私がそんなものに頼るわけがないだろう」

そういうと彼は木製の棚から赤黒い液体の入った瓶を取り出し

作品の続きを作っていく

液体で十字を作り終えると

釘を両腕に刺し

体と布を固定する

「さぁ助手君壁に貼り付けてくれ」

命令通り僕は壁に完成したものを貼り付けた

「素晴らしい」

彼は壁の新しいオブジェを見て満足そうにしてる

真っ白な布の中央には赤黒い十字が描かれ

十字の中央には両手を広げた男が

左胸にはバラを挿し

頭蓋には穴が開き

赤黒い十字からは雫が垂れている

「彼の聖戦はこれで終わりを告げたことだろう。彼は今果て無き思想による闘争を 終えてあの世で祝福を受けていることだろうな。」

彼は満足気な顔で作品に祝辞を送る

「助手君、君には命を賭してまで 貫きたい理想はあるかな?」

「いや命を賭してまでっていうのはないですね。重い感じがして」

「それが正常だ。だが今壁につるされてる彼はそうではなかった。ただただ異常な までに真面目だったんだ彼は自分に受けた恩にたいして異常な真面目さで持って これに応えた。彼にとっての生きる理由は恩に応えることしかなかったんだろ  う。生きる理由を求め答えを追い続けるようになった人間は盲目で場合によって は狂気的だ。だからこんな所業ができる。自分でもよくわからなかったことだろ うさ。だから彼はこれで解放されただろう。見境のない意味不明な聖戦から」

「彼は幸せだったんですかねこれで?」

「さぁ?だが死んだら生から解放されると私は認識しているからな。ある意味幸せだったことだろうさ」

彼はそういうと再び音楽を流し始める

「戦場のメリークリスマス」

壁につるされた

聖戦を戦い抜いた盲目の戦士を見つめながら

部屋に響く淑やかな音楽は

彼からの鎮魂歌という贈り物のように感じた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死芸 @Okaso

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ