死芸

@Okaso

第1話 ある家族の会話

ここは暗い

とある建物の地下

僕はここで仕事をしている

目の前にいる彼の助手として

彼は椅子に座り紅茶を片手に

本を読んでいる

何気なく椅子に座り

紅茶をすすっている

「助手君、君は創世記を読んだことはあるかい?」

「いいえ」

彼は読んでいる本を閉じ私に話しかけた

「是非とも読んでみるといい、あれはいうなれば壮大な御伽噺。一読しといて損はない」

「創世記って旧約聖書の一部ですよね?」

「そうだ。だが私は宗教的なものとして読めとは言ってない。一つの作品として読んでみろと言っているだけだ」

「では、気が向いたら読んでみます」

「そうしてみたまえ。さてそろそろ時間か」

エレベーターが動き出した

この部屋と地上をつなぐ

唯一の手段

ピンポン

部屋に似合わない軽やかな音

エレベーターが到着し中から

複数の男たちが出てくる

1人は手錠をつけられおどおどしている

それを挟むように2人

そして彼らを先導してきた

1人の男が

「今日の分だ」

硬い表情で淡々と事務的に話す男を

彼は椅子に深く座り朗らかな表情で見ている

「そうか。それは何をしたのかね?」

「殺しだ」

「何人?」

「3人」

「家族?」

「そうだ」

「そうか。じゃあそれを置いて出ていきなさい。君を含めここの雰囲気や臭いにはうんざりだろう?」

確かにここは空気がよどんでいて

少し生臭い

男は彼に書類といくつかの物を渡すと手錠をつけた男だけ置いて

エレベーターに向かう

去っていく彼らの1人と目が合う

その視線はまるで僕を憐れむかのようなモノだった

彼らが部屋から出るのを見送ると

「手錠君に椅子を用意してあげなさい」

僕は言われたとおり椅子を用意する

椅子を用意された手錠君は

椅子に座り

正面に座ってる彼を見つめている

「君の罪状はさっきの看守が言ってた通りで正しいかな?」

手錠君はきょとんとしたままだが首を縦に振った

「しゃべれるかい?」

「ああ」

初めて手錠君は口を開いた

その声は多少震えている

「怖がることないだろう。君が世間様に与えた恐怖に比べれば今君が感じてる恐怖何て微々たるものだよ」

そう

そこに手錠をつけて座っているのは罪人だ

そして死刑囚だ

3人家族の住む家を襲い家族全員を殺し現金を盗んだ

ここは死刑囚の死刑を行う場所

僕の上司にあたる彼は死刑執行人だ

死刑を執行する看守の精神負担をなくすため

殺人欲求のある人間に死刑執行を肩代わりしてもらうという

新しい制度によって彼は雇われ

僕は助手になった

手錠君はこのあと彼の手によって殺される

「手錠君、いくつか質問に答えてくれるかな?」

「お前は何なんだ?」

手錠君は彼の話など耳に入ってこないらしい

確かに看守に連れてこられた先が

絞首台じゃなく

白衣の男の前では疑問が絶えないのも無理はないだろう

だが手錠君の不安など気にせず彼は話を進める

「私が誰かなんてこのあとどうでもよくなるのだから。君は私の質問に答えて余生を楽しみたまえ。好きな音楽は?」

「じゃあやっぱり俺は殺されるのか?」

「もちろん。今日ここで君を私が殺す。それで刑執行だ。さぁ好きな音楽を教えてくれたまえ」

手錠君は段々と余裕を持ち始めたようだった

彼の質問など完全に無視し

「どうやって執行するんだ?」

その声にもう不安はない

むしろ多少興奮しているようだった

手錠君は彼の質問に答える気はなさそうだ

「はぁ」

大きくため息をついて立ち上がる

「さぁどうする?どうやって死刑執行すんだ?」

確かにこの部屋には死刑執行に使うような道具はない

手錠君の余裕もわかる

そんな手錠君なんて気にせず彼は

手錠君に近づき両腕を拘束している手錠を手に取り

彼自身の口に近づけると

拘束された手の甲に軽く口づけをした

手錠君の余裕はそこで途端に消えた

目の前で起きた奇怪な行動に

戸惑いを隠せない様子

顔はこわばりはじめている

彼はその表情に満足しているようだった

「助手君、金槌を持ってきてくれないか?」

私は立ち上がり金槌を探す

「どこにありますか?」

「棚になければ作品室だな?カーテンを開けてくれ」

この部屋の真ん中には大きなカーテンがある

そこが異質な作品と部屋を分けている

僕は彼に言われた通り

真紅のカーテンを開いた

手錠君は言葉を失い

汗を垂らし始めた

「やはり素晴らしい」

彼は嬉々としている

その笑顔は無垢な子供のようだ

カーテンの奥には

椅子に座った何か

腐敗が進んでいるからか余計に不気味な何か

人間だった何か

頭はなく

なくなった頭を大事そうに両手で抱えている

足はなく

なくなった両足は

椅子の前足になっている

手錠君には刺激が強すぎたらしい

体が震え出し

汗は絶え間なく流れている

口は開いたままふさがらないようだ

しかしその目は眼前の化け物のような元人間に向いている

「どうだい手錠君?腐敗具合いよってその姿を変えるんだよこれ」

日に日に不気味さを増すこれ

彼は死刑囚をただ殺すのではない

彼のその時のインスピレーションの赴くままに

死刑囚は彼の言う芸術にその姿を変える

手錠君は声も出ない

私はあの人間椅子の下にある金槌を持って彼に渡す

「さぁ君のテーマは決まったから始めよう」

そういうと受け取った金槌で

手錠君の肩を殴る

手錠君は悲鳴をあげるが

そんなことじゃ彼は止まらない

僕は手錠君が暴れないように抑える

肩が壊れるまで殴ったら

看守からあらかじめもらっていたのだろう鍵で手錠を外す

そして手錠君の体にナイフを立てる

そのまま縦に体を開く

開かれた赤黒い胴体に

彼は手を入れ中から1つ1つ臓器を取り出していく

手錠君はいつしか悲鳴をあげなくなり

抵抗することをやめていた

体からとどまることなく流れる血液

彼は取り出した真紅に染まった臓器を

丁寧に1つ1つ

棚から取り出した真っ白な皿にのせていく

両腕を切断し

体から切り離す

「テーブルにテーブルクロスを引いてくれ」

作業をしながら僕にそう言う

僕は言われた通り

今朝彼が食事を取っていたテーブルにテーブルクロスを引く

テーブルクロスを引き終わると今度は臓器の盛られた皿を

テーブルに置いていくように僕に命じる

生まれたての臓器の盛られた皿をテーブルに並べていく

一方彼は頭を体から切り離し

今度は自分でテーブルのデコレーションを始める

テーブルの中心には手錠君の頭と頭の周りを腸で彩った皿を

その両脇には手錠君の両腕を立て

それを取り囲むように手錠君から取り出した臓器の盛られた皿を並べていく

どの皿も新鮮な血液をまとい

皿を赤黒く染めている

一通り並べ終わると今度は

3人分のナイフとフォークを用意し

3つの椅子を持ってきて

彼は一息ついた

「完成かな」

彼はそういうと作品から距離を取った

「今回はどういうコンセプトで?」

「君には見えるかいあの空の椅子に座る家族が」

僕にはまったく見えないし見える気配もない

彼はじっとテーブルの中央にそびえる元人間の目を見つめながら僕に語り始めた

「手錠君はまったく人の話を聞かなかったろ?それは人生において大きな損に繋がる。世間には常に様々な情報が溢れてる。話を聞かないということはそれらの情報を全て逃すということだ。電車に乗っているとき近くで喋っている内容が実はためになることかもしれない。溢れてる情報に耳を傾け日々勉強することも人生の楽しみの1つさ。手錠君はそういう点で損をしてきたと言える。自らが命を奪った家族の最後の声を聞けるのは手錠君だけだったが、きっとその声を手錠君は聞き逃していただろう。私の目の前の作品に色付けしてくれている家族は手錠君という憎むべき相手をおかずに今、私の目の前で一家団欒に興じてる。みんな笑顔だ。手錠君を囲み笑顔で話してる。空の椅子に座る家族たちの感謝の声が私には聞こえる。子供は手錠君の死を喜び両親にその喜びを伝え両親もそれに賛同している。3人とも私にありがとうと言っている。

 手錠君を殺してくれてありがとう。

 一家団欒の場所をくれてありがとう。

 そういって笑顔で楽しむ家族が私には見える。

 助手君も常あらゆることに耳を澄ました方ががいいぞ。人の話にはその人の個性から生まれる不思議なものがある。それに耳を傾けるのは有意義なことさ。きっとどこかで人生に影響を及ぼす言葉に出会えるはずだよ」

彼はそういうと僕に使わなかった部位や手錠君の残骸を片付けを命じた

話しを聞いても僕には空の椅子にしか見えなかったが

しばらく僕は目の前の彼の言う芸術に見とれていた

彼は体中の汚れを落とすためシャワー室に向かう

ところどころが血だまりになっている床

シャワー室に向かう途中

彼は白衣を脱ぐ際に一冊の本を落とした

「ああ、拾ってくれるかい?もし汚れていたら捨ててくれ」

言われるがまま僕は血だまりの中央に落ちた本を拾う

ナタリア・ギンズブルグの「ある家族の会話」

僕はその血に塗れた本を

静かにゴミ箱に捨てた

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