フリークス フリークス

アーキトレーブ

フリークス フリークス

「もうお終い?」


 絹糸のようなロングの金髪に、素敵なにやけ顔。身長は五・六フィート。

 深紅のコートの戦闘服。そして、片手には一振りのコンバットナイフを持っていた。刃渡りは数十センチあり、ギザギザと波打つ暗黒の刀身。それが彼女の能力フリークだった。


 フリーク。

 人の欲望が形となったもの。狂気を帯びた凶器になって、これまで人間の歴史を動かしてきた。フリークを持ったものは「夜の住人」と呼ばれ、異常な身体能力を持つ。


 彼等は夜の闇に紛れながら、世界を裏側から回してきた。

 「住人達」は人間の歴史を動かしてきた。時にはチームに分かれて、ユーラシア大陸をチェス盤にして、遊び歩いた。スタートの合図は一九一四の銃声だった。あの時の興奮を彼女は覚えていた。


「ねぇ、豚さん。聞かせてよ。言葉がわからない?」


 ここは合衆国ニューヨーク州。世界地図を見ても、これほど「住人達」の多くが巣喰う場所があるだろうか。アメリカでは第一次大戦特需の勢いに乗り、狂騒の二十年代を迎えていた。


 夜のマンハッタンの路地はどっぷりと闇で満たされて、人っ子一人彷徨うものはいなかった。

 誰にも気付かれない夜の劇場。それは彼女の能力フリークの一つだった。

 目の前の男が逃げ惑っても、誰も気付かない。観客が一人もいない。それでも彼女は上機嫌に、彼に歩み寄る。


「ブーブー、ブーブー」


 仕事である害虫駆除の最中だ。彼女は可能な限りの苦痛を持ってと、依頼されていた。

 目標ターゲットの腕に小さな切り傷を負わせていた。彼は嘲笑う彼女から必死に逃げていく。


 ぽたりぽたりと血が垂れていく。おとぎ話のヘンゼルとグレーテルが目印にパンの欠片を置くように。でも、それは何千もの鳥がついばむことはない。しっかりと道に刻まれていく。


「はっはっはっはっ」


 彼の息が途切れ始める。そして、男は走っても走っても路地が途切れることがないことに気付いてしまった。

 深い傷から血がダラダラと垂れる。その血液の量の多さが、彼の命があと数十分もないことを示していた。


 男は脚を止めて振り返る。そこには誰もいない。

 けれど、脚を止めてしまった。脚を止めてしまったのだ。彼女から逃げるのを止めてしまった。


 その瞬間、


「ブーブー、ブーブー」


 背後にまるで張り付いていたかのように、金髪の女が現れた。その傷跡に優しくナイフで切り裂いた。


「――ああぎゃああ!!」


 男が激痛に悶絶して、その場に倒れ込む。転がる男に近づいて、女はしゃがんむ。まるでベビーシッターのように優しく、彼に教えてあげた。


「もっと楽しませてよ」


 その真っ白な指を、彼の額にちょこんと乗せる。

 まるで世界が終わるかのような絶叫が、路地に響き渡る。彼は一体何を見たのだろうか、持てる力の全てを振り絞って、倒れていた身体を叩き起こし、走り出した。


 彼女は嬉しそうにそれを眺め続け、


「――私が美味しく食べてあげる」


 妖艶な声で彼に語りかけた。蜜のように甘く、薔薇のように鮮やかな声だった


 その声は彼の耳届いてしまった。


 彼は立ち止まり、回れ右をして彼女へ近づいて行く。きびきびとした手脚の動作に、一番驚いていたのはその男自身だった。そして、その行く先を見て、彼の瞳は恐怖で濁る。


 顔が震えていた。きっと視線だけでも反らしたかったのだろう。そこにいるのは女性の姿の彼女ではなかった。


 彼の歩く速度がゆっくりになる。渾身の精神力で、彼女の誘惑を振り切ろうとしているようだ。


 三歩、歩いて立ち止まり。

 二歩、歩いて涙を流し、

 一歩、歩いて――


 彼女にぱくりと飲み込まれた。


 身体の支配権が戻って、彼は叫び続けるが、それは誰にも聞こえない。

 女性の姿に戻った彼女はお腹をさする。その喚きは誰にも届かない。


 歩き出して夜の闇に溶け込んでいく。残ったのは彼の血痕だけだった。

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