「アンタ、如何どうしたの?」


 治癒魔法で其の身を包む。送る魔力治癒魔法を絶やす事はせず、オレは言葉を掛ける。

 あの雪の日に、初めて会った時。彼から掛けられた言葉を、今度はオレが。

 初めて会った時、オレは無言を答えとした様に、此の人は何も話してくれない。

 此の人の胸を裂いた大きな傷は、それなりに力がある筈のオレの治癒魔法でも塞がる気配がない。


「大抵の事情は推測出来るけど、どれも決め手に欠けるんだよね。勝手に推測されて的外れな結論を出されたくないなら、口を開いたらどう?」


 城内に聞こえるのはオレの声だけ。

 あれだけ沢山いた眷族家族も、もう誰もいない。


 此の人が追い出したから。でもみんな此の人に逆らったから。

 だって何時も助けてくれたのに。

 “あそこ”から救い出してくれたのに。

 危険になったからって見放せる筈がない。


 オレも先輩達も何時か“こんな時”が訪れてしまったら。其の時は盾になる事を何処かで望んでいた。にも関わらず此の人は1番守りたい時に、オレ達全員を切り捨てたんだ。


 乱暴な口調で「もうお前等は用無しなんだよ」と言い捨てる様に告げた後、彼は城に呪いを施した。其れは侵入を阻む呪い。だけど阻んだのは城を襲いに来る人間じゃない。

 オレ達眷属を阻む呪いだった。

 1人だけ城に残った彼は、最早簡単な魔法さえ練れない程衰弱しているにも関わらず、1人だけで人間と対峙し続けたのだ。


 其の結果がどうなるかなんて。

 その結果がこうなる事なんて、本人が1番分かっていたというのに。


 魔族がいる限り人間は襲ってくる。自衛の為退ければ怒りを増して更にまた。

 人間が全滅するか、魔族が全滅するかしなければ終わらないと此の人は呟いていた。但し人間の場合はもう1つ動きを止める可能性があると彼は口にしていた。

 其の時、此の人は此の未来現状を描いていたのだろう。



 魔王自分が死んで、他を助ける未来を。



 そんなもの、いらないというのに。

 使い捨ての彼の盾として敗れた方がオレも先輩達も幸せだったのに。


「流石魔王。酷い人だよねアンタ。こんな形で助けられたら無駄死になんて出来ないじゃん」


 努めて皮肉っぽく笑おうとする。成功したのか否かは分からない。

 鏡なんて此処には無いし、確認しているだけの余裕も無い。

 それに失敗していたら子供らしく笑ってみせたんだろう眼下の青年は、今やどんな笑みも浮べてはくれないから。


「……魔王が死ねばめでたし、って一体誰が決めたんだよ……」


 オレの呟きは、虚しく城内に溶けた。

 あの時、路肩に蹲る薄汚い少年に差し伸べられたやさしさは、もう其処にはなかった。





 1人の人間の活躍で魔王は殺され、人間は平和になりました。

 魔王の眷属は彼を守る事も叶わず。

 それでも魔王の死によって、人間からの攻撃は止み、表面上の争いは一切なくなりました。


 ……めでたし、めでたし?

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ハッピーエンドの定義 夜煎炉 @arakumonight

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