Ⅷ.ハッピーエンドの定義
「目を開けてよ」
返事はない。
此の人が寝起き最悪なのはオレもよく知っている。下手に起こせば“不機嫌”なんて可愛らしいモンじゃ済まない有様になるだろう。
でもオレは声を掛けずにいられなかった。
「とっとと起きないと、先輩達がまぁた心配するんだけど?」
オレの、眷属としての先輩達。新参で元人間のオレさえあたたかく迎え入れてくれた。
オレの過去を詮索する事だってなく、同等に接してくれた人達。
彼等は皆心配性で、彼等は皆此の人を慕っているし、此の人の身を案じている。
だからなかなか此の人が起きないなんて一大事で、正に上を下への大騒ぎになるんだから。半ば文字通りの意味もあって、城はどったんばったん、煩くなる。
でもオレだってもう、彼等の事を遠巻きに見たり、笑ったりは出来ない。
何時からかオレだって立派に心配する側にまわっていた。魔王なのに、威圧感はあるのに、何処か放っておけないところがあるんだ。
「ねぇ」
声を掛けながらオレはぼんやりと考える。無意識の内に脳が己の記憶を辿っている様な感覚、と言った方が近いかもしれない。
何時からだっけ?
此の人が持つ治癒の力が弱くなったのは。
魔王というだけあって其の力は凄まじく、結構な怪我であっても直ぐに自然治癒してしまっていた。
それが彼の力であるというのは、本人からも先輩達からも聞かされていたのだけれど。
何年前からだっけ?其の力が目に見える程弱くなっていたのは。
恐らく治癒の力は枯渇していただろう。持って生まれた“体質”も、魔力に準ずるものも。
それにも関わらず此の人は、治癒魔法を自分に使う事はなかった。オレ等に与えていた。
治りが遅くなるだろうと言われれば、無邪気とさえ言える様な笑顔を見せて言ったのだ。「オレの怪我は優秀で心配性な眷属達が看病してくれるから其れで良いんだよ」と。
何時からだった?
あの怪我も穢れもなかった白い肌に、白い包帯が、生々しい傷跡が、火に爛れた痕が目立つ様になったのは。
其れでも其れ等全て隠して、何時も通り余裕そうに此の人は笑っていた。
初めて会った時と、まるで変わらなかった。
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