現実の僕(仮)二

 僕の後ろの席はなぜだかいつまでも空席のまま、間違っても転校生が来る気配などない。夢の情景を反芻して授業中いつも校庭を見つめていると背中にたまに違和感が走る、誰かが昔に僕の背中を突いていた感覚……。ちり紙を投げてくるいつものアルのいたずらかもしれないけど、一緒に空を眺めてくれる人はいない。まだいない。


 前の席の美人、中村レイ。

授業中に彼女から左後ろ手に差し出される小さく折りたたまれた紙、教師からは見えない位置、僕はそれを受け取り広げて読んだ。

「いつも外の何を見ているの?」

 僕は返事を書いた、書いたはいいのだが彼女のどこを触って知らせようか悩んだ。いろんな感情が入り混じりながら教壇で喋る人間の目を盗み差し出す手、恐れながら人差し指で慎重に肩にやさしく触れる。女の子の柔らかさが制服の上着を通していても指先から腕を電撃のように伝い脳へと伝達された。

 また後ろでに差し出される彼女の左手、手の白さ細さ、爪の透明な光、華奢な腕、近くにいるとわかる柔和な体温、彼女、中村レイの存在を感じていた。

 僕は「見張ってる」とだけ書いた紙を渡した。

「何を?」

 すぐに彼女から帰ってくる紙切れ。

「ここにも事件のやつらが降ってくるんじゃないかと思って」

「降ってきたら?」

「僕が倒す」

「正気?」

「本気」

「やめておきな、君じゃ勝てないよ」

「男にはやらなきゃいけないときがあるんだ」

「そういう馬鹿っぽいとこ嫌いじゃないけどね」

「ありがと」

「ずっと外見てて飽きない?」

「うん」

「ほかに好きなことはないの?」

「宇宙とか映画とか」

「どんな?」

「宇宙船に一人で乗ってる気がする、他の人といるはずなのに実は独りとかいう映画」

「大丈夫わたしはいてあげる」

「ありがと」

「変な会話ね」

「たしかに」

「でもあいつらと戦うなんて妄想するよりいいことよ」

 なんでもない、内容の無い会話をしていた。それでもそれはすごく大事な貴重な時間で僕の心を豊かにしてくれた。途中でアルから「うらやましいぞ」と書かれた紙を投げつけられたのもなんだか嬉しくて顔がにやついた。


 夕日が君の肩を優しく染めている、中村レイ、君はなぜだか僕にやさしい。そんなに沢山しゃべったことはないのに。

 荷物を手早くまとめていた前の席の美人な彼女は僕の目線に気づき口元を優しく緩めて手を振った。そして彼女の真紅に透明がかった唇が僅かに浮いて白い歯が見えたがすぐにそれは閉じられた。

 君が何かを言いかけてやめた、僕は彼女を抱きしめたかった。でもそこまで持っていく度胸や器量はない。

 中村レイは教室を後にした。

 相変わらず僕は窓を見る、事件は嘘、朝見た幻も嘘、校庭に奴ら”敵”が降ってくることはない。目線を落とすと中村レイが校門で待ち構えていいた女性と話しをしてその女性の車に乗り出て行くのが見えた。母親には見えない若さ、遠めでの既視感、勘違い、またいつもの妄想、中村レイと話していた女性もどこかで知っていると思った。

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異世界転生したけど前の世界と一緒だった、嘘。 シウタ @Lagarun

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