現実の僕(仮)

 夢に近いとき僕は本当の自分にも近い。現実が忍びよってくるとそれだけ僕は何かを拗らせた醜い少年、否青年に成り代わる。

 昨日みた夢のように届かない近く、僕はそこにたどり着きたくてまた目を閉じる。君がいるのはその世界だけだった。


 思い出すには遠く、忘れるには近い。

 枯れ葉波、波ノ/彼ノように漂う。光子の空に浮かび、闇の光に飲まれる。




 朝、目が覚めて二階の自分の部屋から居間に降りるとそこには誰かが用意した朝食と誰かがいた痕跡、誰かとはつまり親。

 それを食べるか、もしくは残して家を出る。

 世界は茶色にくすんでいて家の前の駅へと続く緩やかな下り坂をいつも多角推の錆びた体にその先端から複数生えた細い針金のような手足、人の背丈ほどの蜘蛛に似た生き物が闊歩していた。これは妄想、いつも見る白昼夢。

 僕はそれらを無視しながら駅へ向った。

 坂を下ると駐車場に出る、駅は寂れていたこれはたぶん現実、お饅頭が売ってるお店が一件、駅舎は駐車場の先の道路を渡って階段を下りた先。無人駅のそこはいたるところに蜘蛛の巣が張っていた。静かなときが流れる、電車を待つ僕。

 そこに不快な雑音を伴った映像が重なる、夜、暗がり、線路はなく谷間の闇と続いていくその先の長い隧道(トンネル)、これは……この映像はたぶん。

 次に気がついたとき電車は来ていた、慌てて乗る僕。


「おい、昨日の秋葉原の事件見たかよ」

 辿った道は乏しく、習慣化された動作は薄暮の彼方へと記憶を追いやる。耳を傾けたとき僕は教室の自分の机の前で鞄から荷物を取り出しているところだった。秋葉原の事件――その話題を話す同級生数人の方を見た。

「嗚呼みたぜ、すごかったな、あれって怪物、怪獣、宇宙人かな」

「いよいよ世紀末って感じだよな。俺だったらやられねぇけど、ぶっ飛ばしてやるよ」

「おめえじゃ無理だろそれに後からのやつって3丈(約10メートル)くらいあったって、戦ってたやつの上に降ってきたってよ」

 昨日の記憶、たしかに途切れる前に空が陰り暗くなったと感じた。だとすれば僕はあそこで死んだんだ、おそらく。

「おはよう」

 僕は声をかけられた、横を向くと友人二人がこっちを見ていた。手前の優男がアル、その後ろに立ってる何事にも動じないような図体の熊っぽい太っちょが熊神。

「おまえも見たか昨日の事件」アルがさっき話していた同級生の方を見ながら言った。

「うん……、あのさ見たというより」僕は口ごもる。

「何だよ早く言えよ」アルは興味があるようで僕の机のところまでやって来た。

「俺昨日秋葉原に居たんだ」僕は俯く、小さくなる語尾で呟いた。

 間が空く。

「冗談にしちゃあ不出来だぜそれ。ここは熊本で昨日もおまえ授業受けてたじゃんあの後どうやっても距離的にあの事件には間にあわねぇぜ」

「でも俺戦って、……たぶん」僕は顔をあげた。

 たぶん死んだんだ、あの後真っ暗になった、潰されたんだ、さっき話題になってた後から来たやつに――そうは言えなかった。

「その上戦ったって言い出したよこの人」アルは自分の机に腰掛けて後ろでに大げさに肩を振って手をついた。

「でもそう言うならそうなんじゃない、俺は信じるよ」熊神は表情を変えず、わずかに頷いた。

「ありがとう熊神おまえだけが良心だよ」僕は鼻をすすって感謝の笑顔を向けた。

 そこで担任が教室に入ってきた。アルは少し顔を縦に振って椅子に座る、また後で話そうというような顔だった。熊神は既に座って先生の方を見ていた。その速さはどこから来るのか。

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