秋葉原そのニ
交差点の上。
横一直線に伸びた4本の鉄の柱とそれを繋ぎ留める歪曲した鉄の網とその間の闇、空を覆う圧迫感と車両が通るたびに唸りを上げる幾分かの一の音階。
車窓からそれは映画の一部のように映って見えているだろうか。鉄橋の上を通り過ぎる電車、それは僕のうしろで爆ぜて地に落ちた。
土石流のように蠢き押し寄せる人と人、見通しの良い大通りだが靄のような土煙に閉ざされその近しい最果てにそいつは蜃気楼のように立っていた。
あれは《敵》だ。叫びが脳裏を穿った。
「おいおいおい、なんだよあんなの、これが現実かよ」「助けて子供が見たらないの」「誰かこっちにきてくれ、動けないんだ助けてくれ」「前が見えない前が見えない」「逃げろ早く」
雑踏の叫び声、ざわめきの中の静寂。
目の前の道路に刺さった大剣に吸い寄せられるように歩みを進める。
『掴め』
そう言われた気がして。
『《アマガ》』
だから静電気でも恐れるような手つきでゆっくりと柄に手を触れると全身に稲光が走ったような刺激とともに縮こまっていた筋肉から度胸までが全て解放された気分になる。
「これは《アマガ》、これが《アマガ》」僕は息を吐いた。
撫でるように這わせしっかりと握り締め剣を引き抜く、想像よりかなり軽いが質量を感じることが出来た。つまり、この剣は何か特別な力で質量と扱う重さが等しくないということを直感して。
縦にして目の前に掲げる、顔が鏡のような刀身に反射しきらめき写る。
軽く斜め下に振るとそれだけで突風が巻き起こった。
夕刻の陰りが見えてきた。爆発や崩壊、人の声、人外の呻き、それら全てが混ざって静寂を作りだしている。
規則的に乱れる建物に取り付けられた電飾と電光掲示板、鮮やかな動体的感触が生きている人々に忍び寄る暗闇より動きを促す。
邪気のような殺気に前を見る。せり出した細身の肢体その人外の顔には複数の目がぎょろぎょろと不規則に乱れ動き一斉にこちらへと焦点を合わせた。
『強い殺気』
とっさに大剣を目の前に構えた刹那の光と熱線。耳をつんざく高周波。
「熱っ」僕は奥歯を噛んで踏ん張った。
《敵》の顔面、八つの目玉それぞれから稲光のような光線が僕へと発せられている。それは《アマガ》によって防がれ飛び散り地面を焦がし、人を暖め殺した。
視界は赤い光に覆われている。
「いけない」前を見るが圧力によってこの状態を維持するのがやっと。剣の柄を握る手に精一杯の力を込める、湿る感触、手汗だ。死んでいく周りの人達。
突然熱線が止む。先の駆け出した二人が人外へと攻撃していた。
衝突する剣と人外の腕、甲高い音をたてて弾け合う。
僕は大剣を降ろして進みだす、熱の残る空気を吸い、歩みを加速させていく。幸いにして十戒を果たしたように道は《敵》のところまで開けていた。そう、ここからどうすべきか、この《アマガ》の扱い方は夢で見知っていた。
「黒火(コッカ)」
そう叫び剣を振るうと黒い刃が剣先より放たれ地面を霞めて《敵》へと伸びて行き、当たった、爆発した。知らない二人は距離を取る。
これは、しかし牽制でしかないことも認識している。続け様に黒火(コッカ)を放つ、放つ放つ。より力を込めて放つ。足取りは軽く、体は加速し火球は大きくなる。しかし飛んではいけない。飛べばこの前の持ち主のようになってしまう。
《敵》との距離は縮み、残り僅か、しかし会敵の時間は感覚の上で無限のように引き延ばされる。僕は雄たけびを上げて左肩に剣を乗せると右腕を思いっきり引き込みそのバネに合わせて剣を往復で振るった。切っ先は細身の人外の胸から肩へとなぞり衝撃が《敵》の腕を飛ばした。ぎょろぎょろとまた八つの目が混乱を表すように動き回る。
《敵》は空を覆うように僕の目の前に立つ。僕はひとくちの息を吐いて左手で持つ《アマガ》に右手を添えて構えた。ここで決めなければもっと大勢の人が死ぬ。僕の物語はもっとやさしい物語だったはずだ。人の死なない優しい物語。
「天使たちは眠っている、起こさなければ」僕は呪文のように唱えて飛んだ。
僕を支えてくれていた地面は反動で割れて巻き上がる。
《敵》の細い肢体、優しく優しく撫でるように腹差し込むと上半身は溶けるように曲がり、次に衝撃波とともに消し飛んだ。瓦礫を巻き込んで後方に飛散する人外の肉体。死んでいる人と生きている人の上に降る。
「《アマガ》を返せ!」
終わりの安堵した体に突然の声。僕は驚き身体を硬直させた。額から血を流して上半身だけ起こした状態の前の持ち主がこっちを見ていた。
「あんた誰?」
「おれはカガナミだ」
「何言ってるんだカガナミは俺だ」
もう暗いはずの空がさらに陰って全てが暗くなった。夢が終わるときのように唐突に。
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