雪風よ……
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雪の様な白磁の肌、絹糸の如き艶やかな髪、三日月を形どる唇、雫煌めく垂れた睫毛…。其の奇跡の美しさに僕は思わず息を飲んだ。言葉等出てきはしまい、否万が一出てきたとしても俗世に残る言霊で此の美しさを説明できる筈がない。其れ程にも端正で儚くも麗しく…。
…例え透き通った着物の奥にたった一筋走る歪な紋が在ろうと、彼の魅力は変わりはしなかった。
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桜の木の上、小さな箱の中に彼は居た。沢山の花、絢爛たる金銀宝石、更には無垢な白布とが彼に寄り添い護って居る様にも見える。其の為であるか、彼の表情は迚穏やかであらゆる柵からも解き放たれた様相であった。
周りの者達は口々に「良かった、此れで彼の苦悶も消えて無くなった事だろう」と言う。「安らかに」と手を合わせる者も居た。
僕はそんな彼等の姿を見て首を傾げた。
何故誰も彼の面を引き剥がせぬのだろうか。よくよく見よ、彼が唇を、力無く落ちた瞼の向こうを。あれは悲哀ではあるまいか?将又全てを捨てた諦念であるまいか?幼い僕に判るのだ、何故大人の誰もが気付かぬのか。
僕は口惜しくて堪らなかった。 何時までも木の上に縛り付けられて悲しく笑む彼に申し訳が立たなかった。併し乍ら僕に彼は救えなかった。彼を救うには明らかに手遅れであった。
すまない、助けてあげられなくて。
彼の屈託無い晴天の如き笑みを思い出す度に、僕は詰まった息の始末の付け方も知らぬまま只管慟哭した。
彼の面を引き剥がせぬのではない、引き剥がそうとしないのである。
そう気が付いたのは彼が木の上に吊るされてから暫く立ってからのことであった。彼は変わらず美しい姿の侭木の上に居り、彼の御霊がそろそろ往生するであろう頃のことだ。美しい彼にたった一つ走る歪な紋、僕は到頭忘れられなかった。
彼奴らは目を背けて居るのだ、彼の歪な紋が意味する真実から…。あの豪華絢爛に飾り立てられた箱に彼を押し込んで手を合わせては口にする。「安らかに」と。只彼が穏やかな眠りについたという幻想から覚めぬ為の暗示に過ぎない事に僕は気が付いてしまった。
取り戻さねば。今度こそ救うのだ。
あの木の上から彼を引き下ろし、抱き締め、誰も手出しは叶わぬ西の彼方まで逝くのだ。
凶刃に倒れた御前を彼奴らの為に何時までも木に縛り付けてやるものか、と……。
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その日、初めて雪と云うものを見た。箱を背負う僕の腹には彼と同じ一筋の歪な紋が刻まれて、真っ白な地に紅を点々と施していく。併し、紅は強い風に煽られた雪に埋められ、一面の銀世界に僕は倒れて最早動くこともできずに居た。
「嗚呼、雪風よ」
今日は寒くて眠くて敵わないなぁ。
「そっと、僕を」
眠れば又会えるのだろうか。
「殺して……」
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雪の中に二人の少年の亡骸を見つけた。どこか嬉しそうな表情は鏡に映した様に瓜二つ、手と手を固く握り合って静かに臥して居った。
きっと出会うことが叶ったのだろう。今度こそ安らかに…。
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完
隠者の昔話《短編集》 朱鳥 蒼樹 @Soju_Akamitori
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