第8話 予感


「学校で一番仲の良い子にちゃんとジュン君を紹介したい」


彼は嬉しそうだった。


「幸の友達に会えるなんて嬉しい!良い印象を持ってもらえる様に俺頑張るよ!」


ニコニコしながら私の肩をぎゅっと引き寄せるジュン君を見て、私も嬉しかった。

きっともっと早くこうするべきだったんだ、そう思った。



約束の日、


「雑誌の撮影で教えてもらったの!簡単だからやってあげるね!」


優花は私に化粧をしてくれた。

薄めのアイシャドウにマスカラを重ね、リップを塗っただけの簡単な化粧だったが、ほとんど化粧をしたことが無かった私は、鏡に映る自分が信じられなかった。


「幸、めちゃくちゃ可愛い!!このアイシャドウの色、幸によく似合うね」


照れながら鏡を見つめる私を見て優花は本当に嬉しそうだった。

化粧品がパンパンに入ったポーチを持ってきていたにも関わらず、優花は一切化粧をしなかった。


「今日の主役は幸だからいいの!私は脇役だから」


優花が脇役……。

今まででは考えられない様な状況に正直興奮した。

恋愛で自信がついていたプラス、初めての化粧で少し目が大きくなった私は、

今日は優花より私の方が輝いてる。

と、ばかみたいに自信でいっぱいだった。


少し早めに約束のお店に着いて、二人でカフェオレを飲みながらジュン君を待つ。

さっきまでの自信は何処へやら、不安と緊張で胸がいっぱいで吐きそうだった。

化粧をしてジュン君に会うのは初めてで、さらに不安になり何度も鏡を見返した。


「大丈夫、きっと可愛いってびっくりしてくれるよ。幸、可愛いよ」


不安そうに鏡を見つめる私の肩にそっと手を置いて優花が微笑んでくれた。



「ごめん!お待たせ!」


待ち合わせ時間を少し過ぎた所でジュン君が来た。


不安と緊張を必死に飲み込んで、

よしっ。

と心の中で呟いてから、ジュン君を見た。


「ジュン君、この子が親友の優花だよ」


話しているのは私なのに、ジュン君の目線は優花に向けられたまま動かない。


とてつもなく嫌な予感がした。


「初めまして」


そう言って微笑む優花を見て、ジュン君は頬を赤くして笑った。

それは私が見た事のない顔だった。


その瞬間、予感は確信に変わった。


不思議な事に私はひどく冷静だった。

ジュン君の気持ちと自分の置かれた状況を瞬時に理解して、どうこの場を乗り切る事が適切かを必死に考えた。

何でもない話を三人でしながら、頭の中では今起こった事と、これから起こるであろう事を一つ一つ整理しながら必死に笑顔を作った。


約三十分のお茶会の間、ジュン君の視線が優花から外れる事はなかった。


私は女優だった。

何事も無かったかのように、何にも気づいていない顔で、笑顔でジュン君を見送った。


「優しそうな人だね。良かった」


この時初めて、

優花のことが憎いと思った。


恋愛とは恐ろしい物だ。

八年近くも毎日一緒にいた大好きな人を、一瞬にして憎いと思わせてくる。


優花と別れた後、

どこにぶつける事もできない怒りと悲しみに体を支配された私は、公園の砂場で一人砂を蹴っていた。

思いっきり力を込めて、何度も何度も砂を蹴り上げた。

蹴った砂が目に入り、痛くて擦ると涙が出てきた。


オレンジに染まった夕暮れ時。

まだ子供が二、三人いる公園の砂場の真ん中で、私は膝をついて泣いた。

不思議そうに私を見てくる子供たちの視線に恥じらいを感じながらも、小さくウッウッと声を上げながら泣いた。


マスカラが滲んだ涙は黒かった。

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