恋愛は、押してダメなら、もっと押すっ! これが、唯一無二の必勝法よっ!!
「で――何が、あった、わけっ?」
「な、何も、ない、よっ?」
「もしかして……司と別れた?」
「!!!! そ、そんなことあるわけっ」
「隙ありっ!!」
「!?」
画面上で、キノコのキャラが放った赤い甲羅は、狙い違わず私の御姫様を直撃し、クラッシュ。抜かされる。
現在、時刻は午後1時。
今日の私は、朝、色々あって大学を自主休講し、姉さんの家で国民的レースゲームをプレイ中。天使の唯ちゃんは幼稚園の為、不在だ。なので、この場にいるのは私と――頬を膨らまして、隣で鼻歌を歌っている人に抗議。
「姉さん、酷いっ! ズルいっ!! 大人気ないっ!!!」
「ふっふっふ……弥生、西木家の伝統を忘れたの? 勝てば」
「……官軍」
「勝負の世界は」
「……非情」
「お姉ちゃんの言う事は」
「……お母さんとお父さんに密告」
「!?」
「隙ありっ」
雷を落とし、姉さんのキャラを足止め。小さくなったキノコをひく。
リビングに響き渡る悲鳴。
「や、弥生っ! い、何時から、そんな子に……司に、いったいどういう調教をされてるのっ!」
「ち、ち、調教って……わ、私達、べ、別に、そ、そんなこと……その……まだ、してくれないし……」
「あれあれぇ? な・に・を想像したのかしらぁ??」
「う……」
「うふふ、弥生の、えっち♪」
「…………あーとつぜん、えんじんとらぶる、がー」
わざとボタンを放し、速度を緩める。訝し気な視線。
それでも、後ろから姉さんのキャラが追い抜いていく。直後――再始動。
手持ちアイテムは☆。
「!? や、弥生」
「んーなーにぃ?」
「ま、まさか、そんな……わざと、抜かした上で、再度叩き落とすなんて……そんな、そんな悪辣非道なこと、しないわよね? ね??」
「ははは、しないよぉ。姉さんは私を信じてくれないの?」
「☆を捨ててくれたら、信じるわ」
「あー手が滑ったー」
☆を発動。どうにか、逃れようとするキノコを追尾。逃がさないんだからっ。
直撃。再度クラッシュ。良しっ。
「あ、ごめんなさい、姉さん。狙ったつもりはなかったの。でも」
「……いいのよ。いいの。ウフフ。弥生がそのつもりなら、もうっ、私はっ、容赦し――ねぇ」
「なーに?」
「どうして、また止まってるのかしら? しかも、赤甲羅を持って」
「今日、御姫様のエンジンが、調子悪いみたいなの」
「……せ、成長したわね、弥生。だけどっ」
姉さんが目を見開き、力強く宣言。
キノコがコース上を爆走。
「私はひかないっ! 止めれるものなら、止めてみなさいっ!」
「はーい」
抜いたキャラに赤甲羅を容赦なくぶつける。
――その後も、散々、楽しんだ。うん、少しは気分が晴れたかも。
隣でぐったりし、目を瞑って動きもしない姉さんを見る。
「あ~えっと……姉さん、その」
「……少しは気が晴れた?」
バレてたみたいだ。
何となく、頭を姉さんの肩にくっつける。
「……うん。ごめんなさい。いきなり来ちゃって」
「いいのよ。どーせ、愚弟が何かしでかしたんでしょ? 話してごらんなさい」
「…………あのね」
姉さんに、司の担当さんの話をする。
若くて可愛い女の人だということ。
しかも、どうやら司が気になっている(司は否定してたけど)みたいなこと。
司と私の関係を……壊そう、としていること。
昨晩、色々と話して一度は納得したこと。
今朝、打ちあわせへ出かける司の後をつけようとしたら、バレて口喧嘩になったこと。
色々と話す。
その間、姉さんは黙って聞いてくれた。
――懐かしい。
中学生の時も、司のことで悩んでて、姉さんに聞いてもらったっけ。
「それで――弥生はどうしたいの?」
「私は」
「……司のことが嫌いになった?」
「そんなこと、ない。ありえない。私は、ずっと、ずっと、ずっっと、司のことが好き。絶対に離れたくない。……姉さんの意地悪」
「うふふ、なら、答えは出てるじゃない」
姉さんが満面の笑みを浮かべる。
そこに迷いは一切無し。
「恋愛は、押してダメなら、もっと押すっ! これが、唯一無二の必勝法よっ!! あの愚弟のことだから、今頃、あたふたしてるに違いないわ。幾らでもお願い聞いてもらえるわよ♪」
「あ、うん。それは分かってるんだけど」
だって、さっきから延々と携帯に着信がきてる。
あれですっごく過保護なのだ。仮に私が愚兄の立場だったら、同じ行動を――私は司の位置情報を、秘密で入れてるからその場に行っちゃうかもしれない。あ、勿論、これはストーカーさんとは違う。万が一の担当さん対策。それ以上、それ以下でもない。ないったらない。
だけど、位置情報はいい。
大学で見てると、どうしてもニヤニヤしてしまう。
あー今、司は家で御仕事してんだなぁ、とか、あ、買い物へ行ってるー、とかが分かるのだ。出来れば、今度は脈拍が分かるのを――姉さんが、ジト目で見てくる。
「弥生、聞いてるの?」
「あ、はーい。恋愛はやっぱり押さないと、だよねっ! ……あれ? でも、姉さんは義兄さんに実践して全然、結果が出なくて、結局、義兄さんに一撃で」
「……人は、過去ではなく、今を生きる生き物なの。さ、どうする? 今日は泊まってく?? 一晩くらいやきもきさせた方が、後で燃えるわよ???」
「!? だ、だ、だから、わ、私と司は、その、あの……ね、姉さんっ!!!」
「うふふ♪ ほんとっ、弥生は可愛いわねぇ。私の自慢の妹よ」
抱きしめられて、優しく頭を撫でられる。
昔はよくこうやって、みんなに撫でられたなぁ。
お母さんとお父さん。姉さんと――指輪をなぞる。
「姉さん」
「ん~?」
「私……帰って司とちゃんと、話すねっ!」
「そうしなさい。愚弟が、泣かすことをいったら、お姉ちゃんが許さないからっ!」
「うん、ありがと」
よしっ!
西木弥生、頑張りますっ!!
猫被り妹と愚兄の日常 七野りく @yukinagi
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