ねぇ……何か、隠し事してるでしょぉぉぉ

 ここ数日、愚兄の様子がおかしい。

 電話をかければ出てくれるし、手を繋いでくれるし、腕も組んでくれるし、ご飯は美味しいし、頭は優しく撫でてくれるし、私を可愛いって言ってもくれるし、お風呂上りに時間があれば、髪も乾かしてくれるし、梳いてもくれる。

 でもでも……ソファに座り珈琲を飲んでいる愚兄の隣に座る。

 何時もなら、これだけで私が肩を置きやすいようにしてくれる。なのに


「弥生、暑いって。少し離れろよ」

「……私は寒いんだもん。いいでしょ!」 

「毛布を使え」


 こうである……おかしい。とてもおかしい。とっても、とってもおかしい。

 世界で一番可愛い妹にくっつけるチャンスをみすみす見逃すなんて、あり得ないっ! それに、よくよく考えてみたら撫でられる回数も減ってるしっ! 

 前までは一日五回は撫でてくれたのに、三回になってるしっ!!

 私は知っているのだ。

 普段は余裕があるようにしているこの愚兄が、本当は私に触りたくて触りたくて仕方ないと――あぅ。

 思わず、横にいる司を蹴る。


「ってぇ! な、何だよ」

「ふんっ! 司が悪いっ! 私、お風呂入る! 覗いたら殺すからねっ」

「覗くかっ、阿呆」

「阿呆って言った方が阿呆なんですー」

「……分かった、分かった。とっとと入れ」


 手を振りつつ私を促してくる。

 ……やっぱりおかしい。

 こういう時、多少はからかってくるのに。 

 そして、何より――私の顔を見ない。見た時は、少し困った顔をする。   

 ここ最近、喧嘩もしてないし、心当たりがない。

 遂先日までは普段通りだった。ハロウィンで遊園地に行って以降も……服を脱いでいた手を止める。

 我ながら性能が良い脳みそは、すぐに司がおかしくなった日を突き止めた。


 ――担当編集さんと打ち合わせに行った後あたりからだ。


※※※


 風呂から出た弥生は、眠くなったらしくすぐに自分の部屋へ行ってしまった。

 ……ふぅ、何とか今日も凌いだか。

 油断してると何時もの癖で、頭を撫でそうになるし、ひっついて何となく過ごしてしまいそうになる。

 多少は自分でコントロール出来るようになっておかないと、桃さんに突っ込まれた時、対応出来ない。


『た、担当作家さんを、真っ当な道に戻すのも、編集者の義務ですっ! 正直に、真実を教えてください!!』


 ……いいえ、編集者の義務じゃないと思います。

 とはいえ、一緒に仕事をしていくのだ。気にさせてしまうもの悪い。

 あの日はのらりくらり、と受け流したものの、目には強い疑惑がありありと浮かんでいたし……あの様子だと今に乗り込んできかねない。

 前担当にそれとなく聞き出したところ、桃さんは思い込みやすい所があるらしい。分かる気がする。

 かと言って弥生に話せば『私が司の……司の……う~!!!』となるのは目に見えている。傍目から見ている分には楽しいかもしれないが、あれであいつも暴走しがちなのだ。

 なので、内々に解決する事を選択。手始めに、もう癖になっている弥生の頭を撫でたり、くっつくのを少しずつ是正中。

 ……正直、少し寂しい。

 同時に、今までくっつき過ぎだったのかも? とも思っている。

 お互い成人してるわけだし、これを機に多少は大人な関係になってもいいだろう。

 

 ――強烈な睡魔。


 昼間、根を詰めて原稿を書いていたからか一気に眠くなる。

 まぁ、夜中に移動すればいい、か。

 少し寝ようと、横になり目を閉じ――いきなり、腹に衝撃。


「ぐぇ」

「変な声。カエルみたい」

「…………弥生さんや」

「なーに」 

「どうして、俺の上に乗られているので?」

「決まってるでしょ?」

「何がでしょうか」

「愚兄、私に何か言う事があるんじゃないの?」

「……ございません」

「本当に?」

「本当です」

「そ。なら、仕方ないわね」


 そう呟くと、弥生はこちらにしな垂れかかり、そのまま抱きついてくる。

 着ている寝間着は薄い。つまり、その……あー。俺も男なわけでして。

 頬をかきつつ、たしなめる。


「……弥生、はしたない事は」

「別にはしたなくなんかないもん。みんなしてる事だもん。……今まで、司はあんまりそういう事、してくれなかったけど。でもでも――私は、何時でも、いい、と思ってる、よ? 司は、違う……の?」

「うぐっ」


 は、反則だ。こんなのは反則に過ぎる。

 思わず手を出しそうになるのを、必死に耐え平静を装うも、弥生はニヤニヤ顔。


「ふ~ん、やっぱり、司もそうなんだぁ。ま、当然よね。私、可愛いし? スタイルもいいし?」

「……自分で言うと、半減するわな」

「はいはい。さて――お遊びはここまでにして、本題よ」 

「本題??」


 弥生が身体を起こし、ジト目でこちらを見てくる。

 こうして見ると、えろい――頬を赤らめ、両手で身体を抱く。


「み、見るなぁっ! こ、この、えろ愚兄っ!」

「痛っ、痛いって! クッションで叩くなっ!」

「うぅ……バカ、大バカ。べ、別に嫌じゃないけど、その……ム、ムードってものが、あるでしょ?」

「御自分からしてきたと思うのですがー」

「う、うっさい! 愚兄! ねぇ……何か、隠し事してるでしょぉぉぉ。ネタはあがってるんだからねっ! 担当編集さん絡みよね?」

「! な、何故、それ……し、しま」

「……ふーん、やっぱり。さ、観念して、吐きなさい。吐かないと」

「吐かないと?」

「…………」


 俯いて奇妙な沈黙。がばっと顔を上げた。真っ赤だ。

 そして、無言でぽかぽか、と胸を叩いて来る。 

 どうやら、恥ずかしさの許容量を超えたらしい。まったく。

 優しく抱きしめて優しく頭を撫でる。


「大丈夫だって」

「……何が?」

「あー……言葉にしないと?」

「駄目」

「……我が儘な妹だなぁ」


 耳元で囁く。

 するとすぐさまご機嫌になり、抱き着いてきた。

 ――その晩は、数日ぶりに二人で寝た。あーいい加減、理性が焼き切れるかもしれん。


 ま、腕の中で幸せそうに寝言を言っている姿を見ていると、何もかもがどうでもよくなってくるのが真実ではある。桃さんへは素直にそう伝えてしまうの手かもしてないなぁ。

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