第3話 僕②

大学進学に伴い、僕は独り暮らしをするとこにした。隣県の大学なので通おうと思えば実家からでも通えたがはやく実家を出たいという思いが強く、独り暮らしを決意した。

きちんとした料理は作れないが大雑把な料理、つまり俗に言う男の料理は作れる。

最悪料理ができなくても近くにスーパーや24時間のコンビニもあるので大丈夫だろう。

元々地元が田舎だったので新しい土地は都会に感じた。

引っ越し作業をできるだけはやく済ませ、日は暮れていたが僕は近所を散策することにした。

行く宛もなくゆっくりぶらぶら歩いていると小さな公園が目に留まる。

無意識に『なんだか似てるな』と小さく独り言を呟いてしまった。

確かに地元のあの公園に似ていた。狭い敷地に桜の木、そして塗装の剥げかかったベンチ。

その空間はあの冬の日の景色を彷彿とさせる。


彼女とは高校卒業以来連絡をとらなくなってしまった。

僕は大学生としての慣れない生活で疲れていたし、彼女には僕と連絡を取る必要性がなかったのだろう。

彼女も大学進学したと聞いた。何処のどの大学に進学したか、教えてもらったが忘れてしまった。

彼女は今、どこにいるだろうか。




しばらくして勉強とバイトに追われる日々が始まった。

朝起きて支度をして大学へ行き勉強、学校帰りにまっすぐバイト先に向かいバイト、バイトが終わると家に一直線に帰ってすぐ死んだように眠った。たまに休みの日に大学の友人と出かけもした。

こんな生活を繰り返していた。




当初は大変だった生活リズムのループにも慣れた頃、誰もが待ち望んでいる夏休みがやって来る。

今日はバイトが休みで大学の友人と近くのファミレスで駄弁っていた。

『大学生ってもっと遊べると思ってたのになー、実際は想像の何十倍も辛いわ』

そう言ったコイツは佐藤智宏。同じ大学同じ学科で出会った。知り合ってすぐに意気投合、智宏とはとても馬が合った。

智宏は背は高く、体は細くてとても整った顔をしている。要するにイケメンだ。当たり前のように彼女がいる、とても羨ましいやつだ。

『智宏には彼女っていう癒しがいるからいいよな』

『確かにめっちゃ可愛いくて日々癒されてるよ』

それを聞いて智宏を小突いた。

智宏はかなりの頻度で惚気話をする。智宏じゃなかったら小突く程度ではすまなかっだろう。

『拓真、今度他の大学の女子誘って遊ぼうぜ!』

『どうやってだよ』

深く考えず僕は応えた。

『美緒に誘ってもらう』

智宏は悪戯っぽい笑顔で笑う。

美緒、フルネームは望月美緒。ご察しの通り智宏の彼女だ。

『なるほど。そういうことか。・・・なにすんだ?』

『とりあえずバーベキューでもするか』

どうやら何をするかまでは考えてなかったみたいだ。

『わかった。決まったら教えて』

『りょーかい』

智宏はすこしふざけて敬礼する。

『じゃあ、そろそろ店出るか』

『そうだな』

と言ってコップになみなみ入った野菜ジュースを一気に飲み干し、お願いしますと智宏は財布から自分の金額分を僕に手渡す。僕はレジでまとめて支払い、智宏と店を出た。

なんやかんや店に三時間くらい居て、ほとんど話をしていた。ま、半分は智宏の惚気話を聞かされただけだったが。




そして遂に、智宏&美緒カップル主催のバーベキューが決行された。

バーベキューと言っても男四人女四人の軽い合コンみたいなものだ。

男どもで借りたバーベキュー器具を準備していると、女性陣がすこし遅れてやってきた。

僕は驚いた。

まとめられているが長いということがわかる黒髪、細く白い手足、そして硝子玉のような綺麗な瞳。間違いない峰岸さんだ。

なんと女性陣の中にあの峰岸さんが居たのだ。向こうも僕に気付き、『あ、久しぶり。高校卒業以来だね』と小さく手を振って近づいてきた。

『久しぶり。綺麗になってたから気づかなかったよ』

『ありがとう。社交辞令でも嬉しい』

社交辞令ではなく。本当に綺麗になっていた。

高校時代はあどけなさがあり可愛かったのだが、大学生になって・・・・うまく言葉にできないが峰岸さんは大人っぽく綺麗になっていた。


それから短く全員が自己紹介して、バーベキューが始まった。

自己紹介の前にあんなやり取りをしていたからか自然と僕と峰岸さんが同じグループになった。同じグループになったからといって二人で高校時代の思い出話に花を咲かすこともなかった。

楽しい時間はあっという間で何事もなくバーベキューは終わった。あ、いや、一つ大事件があった。


それは、智宏の彼女である美緒ちゃんが飲み物を取りに行った時のこと。

『手伝おうか?』

と僕が尋ねる。

『たくさん持ってくる訳じゃないから一人で大丈夫だよ』

と言って美緒ちゃん一人で取りに車に戻っていった。

それから少しして智宏が周りを見渡しながらやって来た。

『な、拓真。美緒見なかった?』

『車に飲み物取りに行くって。一人で大丈夫って言ってた』

こんなやり取りをしてたら遠くに車から戻ってくる美緒ちゃんを発見した。

袋を両手で持ち、体勢が斜めっていた。どうやら袋に入っている飲み物は少しではないみたいだ。

そして、智宏が美緒ちゃんの方へ陸上短距離の選手になれるんじゃないかと思うくらいの速さで走っていく。

重いものを持って不安定なバランスの美緒ちゃんが何かにつまずいた。と同時に智宏が美緒ちゃんを抱き締める。だが智宏もバランスを崩してしまい二人とも芝に倒れ込んだ。

帰ってきた美緒ちゃんの手には飲み物の入った袋ではなく智宏の手が握られている。

『危なかった。美緒はドジだからやらかすと思った』

『ドジじゃないです。智宏いなかったら転ばなかったよ』

なんて熱々ラブラブな所を恋人のいないフリーの四人が見せつけられるという大事件だ。

みんな大火傷した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の左手 僕の右手 @Shiiharu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る