ストロングゼロ文学②

 社屋を出たら雪が積もっていた。糞。数センチであっても糞。電車が止まらなくても糞。なぜなら俺の履いている靴はずいぶん前から靴底が剥がれておりそこから無限に雪やら雨やらが入ってくるからである。横薙ぎに雪が降る中を傘も差さず樹氷みたいになりながら駅まで歩いて地下鉄に乗る。靴下が濡れて冷えている。地下鉄を降りてまた歩く。これでも雪国育ちなので上手に歩くことができる。ペンギンのように背中を丸めてペンギンのように小さな歩幅でちまちま歩いていると気分が沈む。どこにも帰りたくないような気がしてくる。どうせ帰ったって暗く冷え切った部屋があるのみである。靴の中が冷たい。帰ったらタオルを詰めて乾かしておかねば明日履くものがない。明日。そうだ、明日が来る。やっと今日の仕事が終わったばかりなのにもう明日のことを考えている。コンビニに寄ってストロングゼロを買う。店を出るなりプルトップを引いて一口飲む。寒い。冷たい。胃の奥が暖かくなってくる。また飲む。寒さが薄れていく。降りしきる雪がちょっといいものに見えてくる。昔は雪が好きだった。積もった新雪に足跡をつけるのが好きだった。雪を丸めて投げるのが好きだった。ひんやりした雪を触るだけでも楽しかった。雪が景色を変えていくのが好きだったし、滑って転ぶのもおもしろくてしかたなかった。それが今はどうだろう、こんな数センチの雪でいちいち腹を立てて、憂鬱にならなくてはならない。全部仕事が悪い。仕事さえなければ雪を嫌いになることなんてなかっただろうに。またストロングゼロを飲む。降ってくる雪を捕まえようと腕を振ってみる。開いた手のひらには一瞬前まで雪だった水の粒が付いている。捕まえようとした雪がどれなのかもわかりやしない。そもそも雪の粒をそれぞれ見分けられるような状態ではないのだが。なんとなく可笑しくなって笑う。ストロングゼロを飲む。このまま死にたいと思う。ストロングゼロを飲む。このまま世界が雪に埋まってしまえばいいと思う。この時期なら酔ってそのへんで眠るだけで死ねるだろう。死体も腐りにくくていい。とろけた死体は処理が大変だ。冬はいい。冷凍庫の豚肉を想像し、それから凍った自分の死体を想像する。部屋のドアを開けて靴を脱ぎ捨てる。ストロングゼロを飲む。ぐっしょりと濡れた靴下を脱ぐ。ストロングゼロを飲む。濡れた靴は放置する。濡れたコートもマフラーも放置する。明日の準備なんてしてやらない。明日が来なければいいと思う。冷蔵庫には今日食べようと思って昨日のうちに作った野菜炒めがあり、炊飯器には米が炊いてある。どちらも食べる気がしない。捨ててしまいたいとすら思う。ベッドに腰掛け、テレビをつける。雑音にしか思えなくてすぐに消す。ストロングゼロを飲む。空になった缶を適当に潰してその辺に放り出す。このまま眠ってしまおうと思う。暖房もつけず、パジャマも着ず、風呂にも入らずに。そうしたら明日が来ないんじゃないかと思っている自分がいる。


 やはり寒かったので十分後にはパジャマを着たし布団も被ったし翌朝は普通に起きた。頭痛がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストロングゼロ文学 豆崎豆太 @qwerty_misp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る