ストロングゼロ文学

豆崎豆太

ストロングゼロ文学

 終電ギリギリまで仕事をした帰りにコンビニで投げ売りされている干からびたホットスナックとストロングゼロを買ってアパートのドアをくぐるなりプルトップを抜く。十二時すぎにコンビニ弁当を流し込んでから何も入れていなかった空っぽの胃に冷えた炭酸が突き刺さる。頭を掻き回されるようなアルコールの匂い。ホットスナックをかじる。ストロングゼロを飲む。スナックをかじる。口の中が脂っぽくなるのでまたストロングゼロを飲む。仕事はクソだ。何もわかっていないプロジェクトリーダーと何もわかっていないマネージャーが適当に線を引き、その責任は現場が取らされる。遅れ、不具合、傷病に至るまで全てが現場責任で上の奴らは何の責任も取らずただ適当に線を引く。それだけで俺よりも給料をもらう。クソだ。客にいい顔して、上にいい顔して、貧乏くじだけ他人に引かせるクソ。ホットスナックをかじる。ストロングゼロを飲む。こちとら二十五時過ぎにクソ寒い部屋に戻って暖房をつける間もなくあとは寝るだけだ。温かい飯なんて無縁、あってもカップラーメン。健康は金とトレードオフだ。買おうとすれば手も届かないくせに売るときには二束三文にもなりやしない。クソだ。スナックを食い終わってしまったのでただストロングゼロを呷る。味はもうわからない。だがそれでいい。一口目に爽快なレモンの香りさえあれば、あとはどうでもいい。目が回る。酒の飲み方が大学生だった頃から変わっていない。変わったのは着るものと、飲む場所と、飲む相手。それからかける金。カネがないカネがないと言っていたはずの大学生の頃の方がよほど良いものを飲んでいた。いや、あの時飲んでいたものだって良くはなかっただろう。量と度数だけはある安い酒。それでも今飲んでいるこれよりはずいぶんいい。あの頃は吐いても潰れても気分が良かった。明け方まで飲んで馬鹿笑いして授業をフケて。何の問題もなかった。何の問題もなかったはずなのに、今のおれはこうしてストロングゼロを飲んでいる。くたびれたスーツで二十四時近くまで働いて、暖かい部屋も温かい飯も待っていない生活。大学当時の彼女はそのへんの適当な男に寝取られて、まあ浮気から本気になるような女なんかと笑い飛ばしていたら結局この歳まで次の彼女はできないまま、きっとこの先も恋人を作る時間なんて持てやしないだろう。そもそもいつ終わるのかもわからない。何が? この生活が。いつまで待てばこの生活は終わる? いつまで耐えればこの生活が良くなる? いや、そもそもいい生活とは? 暖かい部屋? 温かい飯? あるいは恋人? あるいは子供? それを維持するのにどれだけの金がいる? それだけの昇給は存在するのか? 転職? そこまでを考えてまたストロングゼロを飲む。現実に追いつかれてはいけない。思考に飲まれてはいけない。目が回る。視界が点滅し始める。ふらつく足元から靴下を引き抜く。ジャケットを脱ぎ、スラックスを脱ぎ、シャツを脱ぐ。ストロングゼロを飲む。時間は二十六時を回っている。あと五時間もしたら起きなくてはならない。缶を逆さまにストロングゼロを飲み干し、そのままベッドに沈む。

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