16 売る者と買う者で買う者だけを選択的に撲殺する必要性について
変態撲殺女が電車内で張り込んだのは、当然「事件は現場で起きている」という大変に力強くわかりやすい信念に基づくものであった。現場という言葉は、すなわち現実、リアル、ということでもある。リアルはバーチャルの対義語であった。すなわち、バーチャルの極みであるネット上では事件など起きていないということになる。
だが、どうも違うようだ、と変態撲殺女は気づき始めた。バーチャルは、リアルを傷つけるために「利用されている」。撲殺もまたリアルを傷つける手段であることは変態撲殺女にはどうでもよかった。それはリアルな接触のためのツールであるにとどまらない。たとえば、スマホのカメラの前で妙な格好をさせ写真を送らせるような行為、あるいは恥を知らないメッセージを送りつけるといった行為、そのような恥ずべき行為がネットでは日々繰り広げられていた。
自撮り被害というのは、間違いなく被害であった。そこに自由意思があろうと存在しないものとされた。つまり、好ましくない行動が意思を持って行われた、という状況はもれなく洗脳であった。好ましくない状況、というのはあらかじめ全人類共通に定めることができるが、異常な割合の男性がこれに従わなかった。その割合はあまりに異常であったため、世界は破滅寸前であった。意識高くあるためには、終末時計が常にぎりぎりであることを想定する必要があった。
つまりはバーチャルの中に悪の巨大な本体が隠れていた。しかし、これは変態撲殺女にとって大変に都合が悪いものであった。バーチャル上の悪は物質体ではなく、従って撲することができなかった。撲することができないのでは、殺し滅することはできない。つまり、変態撲殺女の文字通りの最大の特徴である撲殺は一切不可能であった。
都合が悪い、といっても、これは克服すべき課題であった。都合が悪い、という状況には二種類あり、自分が正しく他人が悪であるという結論がおびやかされる場合と、正義の実行手段がおびやかされる場合とがあり、変態撲殺女が容易に思考を放棄するのは前者であった。
むしろ後者の場合はおびやかす存在はより一層悪人であり、それを批判し続けることができた。
変態撲殺女にとって、被害者の救済は最大優先事項であった。そのためには、インターネット創成者ですら悪人であった。それは、悪の手段としてネットが活用されることを見越して、防止する仕組みを盛り込んだ上で発明を行うべきであった。その仕組みについては、変態撲殺女にアイディアはないが、優秀な技術者が当然に考えるべきことであった。
撲殺不能な状況においていかに撲殺を果たすか。撲殺して良いかどうかについて考えることはなく、当然撲殺すべきであるというのは大前提とした課題設定がされなくてはならなかった。
結局、そこには本質が見いだされるべきだった。バーチャルを利用するリアルな存在が必ずあるため、そのリアルまで辿って撲殺を果たす。これがバーチャルな悪の本質であった。悪ではないのでは、という問題提起は本質ではなかった。
ここに変態撲殺女はネカマ化する。変態撲殺女は、生物学的に女性であるため、ネット上でオカマとして振る舞うのはそもそも理論的に不可能であった。しかしながら、変態撲殺女は逞しい女であったので、その精神を鼓舞するためには、心が事実上男性、という全体を持ったほうがやりやすかった。
この前提は、どこをどう見ても女性という前提が都合が良かった場合にはたちまちに撤回される用意があった。
そういうわけで変態撲殺女は、新たなSNSアカウントを作り、媚の最右翼と思っていた絵文字を最大限散りばめた呟きを作成した。変態撲殺女は、自分が努力したことを測る指標として、自身が作成したメッセージにどれだけ吐き気を催すことができたか、というものを採用した。
参考にした売る者たちのメッセージは、本物であった。一方、変態撲殺女が作成したものは偽物であった。しかし、春を買うような変態たちは知恵がないからこそ変態なのであり、従って真贋を見抜くことはできない。というわけで、偽物であろうと引っかかるのは間違いないことであった。
ここで事実を述べれば、春を買う者のうち賢い者と賢くない者の両方がいて、賢くない者だけが真贋を見抜くことができないのに過ぎなかった。物事が見通せれば善人になる、というのが変態撲殺女の持論であったが、世の中は逆に見通せるからこそ悪人になる場合があった。
ともかく、文面として、「夜はちょっとサビシイな☆優しいオジサンが慰めてくれないかナ……」的なものをさらに気持ち悪くして絵文字を過剰に散りばめた文面を量産しネットの海にバラまいた。参考にした「本物」については、変態撲殺女によれば歪んだ社会におけるかわいそうな犠牲者であった。買う側の者については、いかに社会が歪んでいようと自己責任で歪んだ方が悪いのであった。
そしてバラまいた結果、大半は引っかからなかったが、まれに引っかかる者がいたのでプライベートなメッセージを送って吊り上げた。引っかかった者はもれなく賢くない者であったが、変態撲殺女はランダムに下手な鉄砲が当たっているため効果的であると考えていた。引っかかった者に対して、ネットで拾った、か弱く犯しやすそうな美少女の写真を送りつけた。
肖像権については、より大きな悪、巨悪に対して実行するのでやむを得ない犠牲であり、やむを得ない犠牲というのは一切罪がないということであった。
しかし、肖像権以前に、ネットの画像検索により拾い画像であることを見破る者がいて、見破られるとちぃっ、と男性的に口に出した。このような時には事実上男性である方が勇ましくて都合が良いのだった。
就職面接のように、ついに変態撲殺女のところまで現れる者が幾人かはいた。これらの内定者を変態撲殺女はしたたかに蹴り上げた。拳だけでなく、キックによる攻撃もまた撲する行為に含めることとしたのだった。
数件に関しては、およそ予定通りこなすことができた。
しかし、ネットというのは口コミの伝搬も早く、ついに引っかかる者はいなくなった。変態撲殺女は、ちぃっ、とまた男性的に、SNS投稿の意味ではなくリアルに、男性的な呟きを漏らしたのだった。
リア充破砕男と変態撲殺女 解場繭砥 @kaibamayuto
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