第4話


   *


 落ち込んで布団にくるまりながら考えつくことに、ロクなことは無い。


 わたしはぐるぐると、頭の中で朱妃あけひの言ったことを再生していた。朱妃は言った。失敗すればいいと思っていたくせに、と。

 違う。それは違う。わたしは確かに冷血な人間だが、それは違う。誤解だ。


 けど、失敗するだろう、とは思っていた。

「失敗すれば」と「失敗する」――朱妃からしてみれば、おんなじことだったかもしれない。

 そもそも「相手の惨めなところが好き」というのは、相手を笑っていることに他ならないのでは。


 しかし、

 仲直りしたいとは思うのに、不思議なほどに謝りたい気持ちは無いのだった。

 なぜなら、わたしは全面的に正しいからだ。常識を持っているのは、わたしだからだ。

 だって、

 行きつけの靴屋の店員に恋をして品物を買いあさって、それで恋がうまくいくと思う方がおかしい。

 好きな相手にすでに特別な人があって、それが占いで解決できると思うなんて常軌を逸している。


 朱妃、間違っているのはあんたの方なのだ。なのに、どうしてあんたはわたしから離れてゆくのか? なのに、どうしてあんたはどんどん間違ってゆくのか?

 いや、いや、きっと問題は、わたしが正しいとか、朱妃が間違っているとかではないのだ――。


 そこまで考えたとき、

 スマートフォンが鳴った。朱妃からだった。

 すぐにはとれなかった。鳴り続けるそれを慎重に持ち上げ、たっぷり時間をかけて通話アイコンを押す。

 耳に飛び込んできたのは、車の走行音だった。もの凄い数。わたしも朱妃もすぐには喋ろうとしなかった。

 しばし無言のまま、朱妃の様子を窺った。


『今日はごめんね。ううん、今までごめんね。』


 朱妃の声がスピーカーから聞こえた。思い詰めたようなその声に、わたしは戦慄せんりつし、叫んだ。


 今どこにいるの? 馬鹿なこと考えてんじゃないでしょうねっ?

『高速道路の……上にいる』

 なんで!

『どうしても、やらなくちゃいけないことがあるんだ……』

 高速道路なんかで、なにするって言うの!

『どうしても、やらなくちゃいけないのよ……』

 だから、それはなんなのって聞いてるの!

『ひとりじゃできない』

 え?

『――手伝って』

 ……なにを?

『電話じゃ説明できない』

 ……。

『とにかく来て、お願い』

 ……。

『わたし、あなたにしか頼めない――』


 スピーカーから、朱妃の微かな泣き声が聞こえてきた。

 わかった。

 とわたしは言った。

 わかった、行けばいいんだね? どこ?

『ほんとう? ああ、なんて感謝したらいいのか!』

 いいから、とにかく、場所を教えて。

『うん、うん、そうよね。メールで現在地を送るから、それで大丈夫だと思う。ちょっと分かりにくいんだけど、高速道路には地上と行き来できる通路があって――』


 最後までちゃんと聞いたかどうかは忘れた。わたしは着るものも適当に、秋の終わりの寒空のなかへと飛び出した。満月だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アキコサマが聞いてくれる @accessallareas

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ