ショートショート

ひどく背徳的ななにか

 死体と食材の線引きはどこで行われるのだろうか。調理をするとき、わたしはたびたび考える。

 犬が道路で内臓をぶちまけていたら死体だろう。それを見て美味しそうだと思う者はなかなか居ない。豚のホルモンがパックに詰められて棚に陳列されていたら食材だろう。それを見てグロテスクに感じる者もそうそう居まい。結局のところ、我々の倫理と忌避感はぎりぎりのところで爪先立ちを続けているのだ。--で、あるならば、調理とは、死体を食材に、そして食材を料理に変える技術に他ならない。

 今日、仕入れてきた“肉”は活きの良いメスだった。眉間に風通しの良い穴が空いている以外は、美形である条件を満たしているといえよう。高い鼻に大きな瞳、他の部位には損傷らしい損傷は見当たらない。彼女の命を奪ったのは頭蓋の奥深く、淡い桃色の脳をムース状に攪拌した銃弾だった。きっと腕利きが事にあたったのだろう。転倒時の骨折も見当たらないし、無粋な血液や汚れは洗い落とされていた。頭部への狙撃に関しても、わたしは脳を食さないので都合がよかった。

 わたしが調理に取りかかる場所は決まって自宅の庭だった。わたしが仕入れる“肉”はまな板に収まる程度のものではないし、“肉”を吊し上げるために改造したウインチ付きのバンを乗り入れるには、わたしの台所は狭すぎた。

 刃物は3本用意してある。刃渡り10cmのナイフ、ハンマーのような形の厚刃の中華包丁、そして鋸だ。どれもメンテナンスには細心の注意を払い、最高の切れ味を保っている。電動のチェーンソーは使用しない。あれを使うと肉が飛び散り、歩留まりが悪くなる。なにより、美しくない。

 まずわたしは、彼女の首の右側にナイフを滑らせる。まだ温かい血液がどばどばと流れ出す。そのまま左側へと肉を裂いていく。首まわりの肉を一通り斬り終わると、頸椎の継ぎ目に中華包丁を数度振り落とす。どさっ、という音ともに頭部が落ちた。もはや一片の光も無くなった双眸は、わたしを睨むことなく、阿呆のように虚空を見つめていた。

 アキレス腱にナイフを入れる。特に弾力を感じることはなく断ち切れたが、厚手のゴムが弾ける音がした。足首の骨に向かって鋸を引く。あっけなく両の足を分断することができた。切断面に鎖を巻き付け、ウインチを起動させる。駆動音とともに、首の無い死体が逆さ吊りになる。ホースを向け、血液や汚れを洗い流す。首の切断面にナイフを薄く滑り込ませる。右手はナイフを踊らせて、左手で皮を剥いでいく。20分ほどで、彼女は“丸裸”になった。

 わたしは彼女の腹を手で撫でる。指で押すと、脂肪の奥にしっかりと筋肉が感じられた。わたしは下腹部に狙いを定め、ナイフを差し込んだ。そこから肋骨に至るまで直線を描く。両手で腹を開くと、腸が零れ落ち、続いて胃や肝臓を素手で引きずり出す。さすがに臭うが、たじろぐほどでもない。わたしはナイフを手に取り、心臓と肺を注意深く摘出する。この一連の処理を誤ると、肉の汚染が進んでしまう。内臓も食用足り得るので、バケツに入れる。五臓六腑をあらかた取り出すと、空洞が出来た。仕上げの時は近付いていた。

 鋸で股から深く切れ目を入れ、中華包丁を連打していく。骨盤を、腰椎を、背骨から生える肋骨を、骨ごと叩き切っていく。彼女が分断されるまでに要した時間は、たった3分ほどだった。それは、死体が枝肉に変わった瞬間でもあった。

 ウインチを操作して“枝肉”をバンの中に収用する。仕入れてた“肉”は取り分けてすぐ食せるわけではない。熟成期間が必要となるのだ。

 ひと仕事を終えたわたしは、邸内に戻りシャワーを浴びた。自らの汗と、付着した彼女の様々な体液が、熱い湯とブレンドされて排水口に流れていく。タオルで身体を拭きながら、わたしは携帯電話を手に取った。わたしに“肉”を卸してくれる業者に、感謝を述べたくなったのだ。コール音が6度鳴って、男が電話に出た。

「やあ、スミス。きみから購入した“肉”なんだが、さっき捌き終えたよ。さすがに8度目ともなると、慣れたものだ。あれほどの上物を一撃で仕留めたきみの処理も素晴らしかった」

「それはよかった。あんたはお得意様だからな。またいつでも注文してくれ」

「ああ、そうするよ」

「ところで、これは業務とは別の個人的な疑問なんだが」

「なんだ?なんでも言ってくれ」

「あんた、なんだって自分の手で牛を捌こうとするんだ?」

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