第29話 契約の真実
おれと茉莉はピンチに駆けつけてくれた透さんと露亜にお礼を告げ、そのまま別れた。
そして家に戻った茉莉はやけに静かで、一緒に居て居心地が悪くなるほどだ。
「茉莉。どうかしたのか?」
リビングに入り、そのままベッドに転がる茉莉にそっと訊ねる。
茉莉はその言葉に反応するように、体を丸め布団に抱きつくような体勢のままかぶりを振る。
「もうすぐで二ヶ月も茉莉といることになるんだぞ。何もないことくらいわかるって」
そう零しながらベッドに腰掛ける。
「ごめん」
消え入りそうな声でつぶやく。
「謝らなくていいよ」
「うん。でも、これから話すこと考えると先に言っておきたくて」
「そっか」
どんな話をされるか分からない。でも、茉莉がここまで意を決しているんだ。おれが水を指すようなことはできないな。
「これは全部が正しいってことかどうか分からない。でも、魔法を全部取り戻したモンローから聞いた話だから、うそだとは思えない。だから……言うね?」
真剣に、言葉を一文字一文字噛み潰すかのようにして言葉を紡ぐ茉莉。おれはそれに対し、ゆっくりと静かに頷いた。
「じゃあまず。私がどういう理由で拓武くんと暮らすようになったか覚えてる?」
「あぁ。魔女になるための研修か何かだって言ってたよな」
よくよく思い出してみると、今やってることと当初の理由って結構違うよな。
ただの研修がいつの間にか激しい亜人界の今後を決める戦いに巻き込まれてる。
「うん。でもいま、ぜんぜん違うことしてるって思わなかった?」
おれの思考を読まれたかのようにドンピシャのタイミングで続けられた言葉に、おれは動揺が前面に出てしまう。
「あはは、分かりやすいね」
茉莉は苦笑を浮かべながらそう告げ、続ける。
「でもその通りなんだ」
「どうしてそんなことになってるんだ?」
何から訊けばいいのか分からなかった。だからまず脳裏に過ぎった疑問を口にする。
「私たち亜人種のトップなる人は魔女之帝。たぶん拓武くんも名前くらいは知ってるんじゃないかな?」
「あぁ、たぶん分かるよ。茉莉がこっちに来たときに手紙書いてた人だよな?」
おれの言葉に茉莉は小さく頷く。
「そう。で、その人なんだけど……いま囚われてるの」
「……は?」
手紙に書いてあった毎月通帳にお金を振り込むってやつはちゃんと行われている。そんなの囚われてる人が出来るわけじゃない。
「そうなるよね」
茉莉は苦笑を浮かべる。
「私たちの帝は異端審問の頭によって軟禁状態にあるの。それこそ、私たちがこの世界に送られる前からね」
「全然意味がわからねぇーよ」
茉莉の口から告げられる事実に頭がこんがらがり、理解が追いつかない。
「姉上が全種族から亜人界を束ねる王を決める選挙に全種族から代表を立てることを異端審問に決定させたって話は前したよね?」
「あぁ。それで姉上は死んじまったんだったよな」
「うん……」
茉莉は少し俯き、悲しみを噛み殺すように声を絞り出す。
「それでね、異端審問の王……つまりは亜人界の王は代表者は地上界の人たちとタッグを組み戦うことを決めたの」
「どうして! どうしておれたちを巻き込んだんだよ!」
茉莉に言っても仕方ないことだってのは分かってる。分かってるけど……、言わざるを得ない。茉莉と暮らすのが嫌というわけじゃない。でも、これに巻き込まれたせいで悲しんでる人もいるんだ。
「異端審問の王は自分たち異端審問が勝つために決めたの」
「どういうことだよ」
「異端審問はただの人間なの。ただの人間が魔法を使える私たちや、王鳳くんたちみたいな半魔種に勝てるわけがない。そう考えた異端審問の王は空気中に漂う魔力が圧倒的に少ない地上界を選んだの」
どう言葉を繋げばいいか分からなくなった。用意周到で勝つ手順を立てた異端審問。それに従わなくちゃならない他種族。それを語る茉莉の顔は悲しみに満ちており、どんな言葉をかけても泣き出してしまうような気がする。
「ごめんね。本当に……」
「茉莉が謝ることじゃないだろ」
涙色に濡れた声音。おれは咄嗟にそう言う。茉莉は濡れた顔に微笑みを刻み、口を開く。
「そして私が参加するってことを知った異端審問の王は、強硬手段に出たの。それが魔女之帝の軟禁」
「どうして茉莉が参加するって分かったら魔女之帝が軟禁されるんだ?」
「それは私が姉上の妹だから。姉上は異端審問に刃向かった家族を許さなかった。父上は仕事を辞めさせられ、母上は娼婦として異端審問に売られた。今はどこにいるのかもわからない。でも私だけは手をつけられなかった」
「茉莉が代表者だったからか?」
おれの言葉に茉莉はゆっくりと頷く。
「そう。私は知らなかったんだけど、魔女之帝と半魔之帝、それから異端審問の王の中である取り決めがあったらしいの」
「取り決め?」
「うん、言い出しっぺは魔女之帝らしいの。特に私の家族に危害が与えられた辺りから動き出して代表者にだけは手を出さないようにって……」
「それを異端審問の王は聞き入れたのか?」
おれの問いに茉莉はわかりやすくかぶりを振る。
「だよな」
「でも魔女之帝と半魔之帝は引かなかった。その結果、異端審問の王は2人を自分の城に閉じ込めることで2人の言い分を飲んだの」
「どうして閉じ込めたりしたんだ?」
そんな面倒くさいことしなくても2人の言い分を飲まなければいい話。それなのに何故異端審問の王は……。
「簡単な話だよ。その方が都合がよかったんだよ」
「都合がいいって……。代表者に手は出せないんだろ? ならどこに都合のいいところが」
おれがそう言うと、茉莉は静かにかぶりを振る。
「監禁しちゃえば外で異端審問の王が何をやっているかなんてわからないよ」
「まさかッ……」
「そうよ。異端審問の王は私たちにちょっかいを掛けてきた」
「そんなの契約違反だろ!!」
腰を浮かせ、茉莉に詰め寄るようにして叫ぶ。
「そうだよ! でも異端審問にそんなの関係ないのよ! 魔女や半魔はその生まれの性質上契約を重視するの。でも、何の縛りもなく生きてきた異端審問にとって契約って言うのはただの口約束であって守る意味のないものなの」
口早に告げられる事実はあまりにも理不尽で、無性に腹が立った。
しばらく間をおき、茉莉はゆっくり息を吸ってから再度口を開く。
「手を出すって言っても体が傷つき汚されるなんてことはなかった。でも、その代わり異端審問の王は私たちの記憶を操作し、魔法を取り上げた」
「だから茉莉は魔法を使えなかったってことか?」
「うん、そうなるね」
これで魔法が使えるや使えないについてはわかった。でも、まだクリアになってない部分がある。
「じゃあ、研修って言ってたのは何でなんだ?」
「それは……」
茉莉は俯き、言葉を選ぶようにしてから切り出す。
「本当にそうだったとしか言いようがないのかな」
「どういうことだ?」
「魔女に研修があるのは事実なの。でもこのタイミングで魔女之帝が実施するかどうかって言うのがわからないの」
「それは……」
言われてみればそうだ。上辺だけの契約とはいえ異端審問の王はそれを認めた。つまりは表立った悪事はできないということだ。ならわざわざ自分たちから遠く離れ、亜人界の目がない場所に送り出すか?
「半魔種は魔女種が立ち上がるのを見て同調したような感じだったの。だから本気で反旗を翻したのは魔女種で、異端審問のとってもっとも迷惑な存在は魔女種。もしかすると魔女之帝は……」
声を震わせながら、茉莉はありうる最悪の事態を口にする。
「そういえば」
茉莉がここに住み始めた日。茉莉に通帳とともに渡された魔女之帝からの手紙があったことを思い出す。おれはあわてて立ち上がり、通帳を入れたベッドの向かい側に並ぶ棚の引き出しを開ける。
「どうしたの?」
茉莉の問いかけを無視して探す。確か……この辺にいれたはずなんだけど……。
「あった」
引き出しの奥の方から出てきた紙を茉莉に見せる。茉莉はそれが何か分からず、怪訝な表情でそれを受け取る。
「なに……これ」
「どういうことだ?」
驚愕に満ちた声音でそう吐き捨てた茉莉に素早く返す。
「はっきりと魔女之帝の字を見たことはないんだけど、これは魔女之帝の字じゃない!」
「はっきり見たことないなら何で魔女之帝の字じゃないって分かるんだ?」
大きな目を更に大きく見開いた茉莉に訊くと、茉莉は生唾をごくん、と音を立て呑んでから口を開く。
「
「会ったこともない相手に手紙を出すんだぞ? 私って表現してもおかしくないだろ」
おれの言葉に、茉莉は瞳を伏せ大きくかぶりを振った。
「魔女之帝は馬鹿なの」
「は?」
「魔女之帝は手紙出すからとか、貴族と会うからとか、そんなこと全く考えない人なの」
「それがほんとならマジであほだぞ」
「マジだから言ってるの」
茉莉は苦笑を浮かべながらそう言い、一呼吸おいてから口を開く。
「魔女之帝の一人称はどんなときでも
……あほだな。
その言葉は発する前に飲み込む。
「だからこれを書いたのは魔女之帝でない別の人ってこと」
茉莉は真剣な表情でそう言いきった。
「まじか」
それがもし本当なら、この戦いは最初からフェアじゃない。フェアに見せかけたアンフェア。卑怯の塊ってわけだ。
実際、毎日送られてくる位置情報のそれも異端審問に限っては事実なのかどうかもわからなくなる。
「運営が敵のゲームとかたぶん相当クソゲーだよな」
歪んだ表情でそうこぼす。
「そうね。でも、勝たなきゃ」
茉莉は少し震えた声でそういった。おれはそれにあぁ、とだけ答えた。
魔女契約 〜おれと彼女の同棲生活〜 リョウ @0721ryo
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