夢喰う聖夜【青子/クリスマス】

 夢花の青い花びらが舞う夢の中。青子は横たわる夢主の頭を膝に乗せ、クリスマスの歌を口ずさんでいる。口元には、満足げな笑みが浮かんでいた。

「……クリスマスなんて、嫌いだ」

 青子に抱かれた夢主が、ぽつりと漏らす。すると青子は歌をやめて、小首を傾げた。くたびれたグレーの背広を着た夢主の男は、ゆっくりと身じろぎし、口をゆがめる。

「誰が、恋人同士の日なんて、決めたんだろう。仕事は忙しいし、恋人はいないし、みんな幸せそうで、きらきらしてて、すっごく嫌だ……誰もいない部屋に帰るなんて、嫌だ……」

 放心した表情のまま、とつとつと語られる独白。青子は何も言わず、優しく彼の髪を撫でるだけだ。

「最近、仕事もうまく行かないんだ……休むなんて、出来ないのに……でも、体が動かない日も……あるんだ……気づいたら何もしてなくて、職場でぼーっとしてしまって。うまく、いかない……誰も、俺を助けてなんか、くれない……」

 夢主の目から、すっと一筋の涙が落ちる。

「あんなに、俺、がんばってるのに。うまく、いかない……」

「大丈夫だよ、青子、アナタががんばってる事、知ってるよ……」

 夢主に向かって囁き、額に優しく口づける。すると男は、安心した顔でとろりと微笑んだ。いつの間にかゆるめられたネクタイが、すとんと落ちる。

「ずっとここにいよう? 青子と、一緒にいよう? 寂しくないよ」

 うん、と、男は子供のように頷く。瞬間、胸元に夢花の蕾が現れ、あっという間にツタが彼の身体を包み込む。

「もう、一人きりじゃないよ。だから、アナタの夢を、青子に頂戴――」

 青子の声が合図だったかのように、夢花の蕾が開き始めた。男の顔はなぜか穏やかで、自分の身に何が起きているのか、どうでもよくなっているようだった。

 やがて開花した夢花の中から妖艶な雰囲気を持つ女――陰獣が現れ、ぐったりとした男を見下ろす。

「さ、頂きましょう」

 青子の言葉に誘われたかのごとく。

 陰獣は覆いかぶさり、男の匂いが漂う首筋へ、紅い唇を近づけた。



 ◆◇◆



「ふふ、クリスマスの時期は、ちっちゃいけどたくさん夢花が集まるなぁっ」

 青子は指先でつまんだ、一輪の夢花を眺めながら呟く。

「クリスマスって、そんなに一人が寂しくなるのかな……」

 出来たてほやほや、人間を喰った後の新鮮な夢花――哀れな背広男のなれの果てが、青子の吐息に儚く揺れる。

「小さいからあまり大きな花じゃないけど、花束にはたくさん夢花が必要だから……新鮮な内に、おうちに飛ばしておこう」

 つまんだ夢花に青子が軽くキスをすると、青い光に包まれて消えた。

「さてと」

 うーんと背伸びをして、ステップを踏むように跳ねる。目指すは次の目標だ。

「聖夜はまだまだ、長いんだもの。秋の間に植え付けた種から、たっくさん刈り取らなくちゃ」

 ――そしたら、もしかしたら、黒姫が居るかもしれないもの。自分勝手な希望的観測に、青子はにんまりと笑顔を作る。

「メリー、クリスマスっ」

 弾む声が白昼夢に響いて、そして消えた。


 了

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夢守人黒姫 Love in a mist 服部匠 @mata2gozyodanwo

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