幼女とクリスマスを
その幼女はバーのマスターである。
当然ここが紳士淑女の為に存在するバーである以上、クリスマスは書き入れ時だ。仕事仲間が居ない人、家族と離れて過ごす人、そもそも孤独でだけど今日位は他人の熱を感じたい人。
そんな彼らは幼女マスターのバーに訪れ、節度を持って楽しみ、そして日常に戻っていく。そして夜半過ぎには客は一人もいなくなる。
これはイブに間に合わなかった貴方と、
クリスマスイブが終わってしまった。スマホの画面を見ると既に深夜、終電は既に走り去った後。そんな日に限ってタクシーも捕まらず、そもそも家に待ってくれる相手もいない。
それもこれもこれがプレゼントだとばかりに、急に入った仕事が悪いし、それをクリスマスだからと断らなかった上司も悪いし、何より独り身だからとそれを投げられてどうにかしますと言ってしまった自分が悪い。
何よりとりあえず形になったが、これなら作業の流れから見て明日出社して仕上げても問題がなかったのがなお悪い。
これを報告したら上司は何故無理な残業をしたんだと怒るのだ。何も得をしない。残業代だって出ないし踏んだり蹴ったり、同じ辛いなら同僚の真似をして用事があるからと帰ればよかった。
そうすれば上司が多少不機嫌な顔をするだけで今日は終わったのだ。
そんな風にイライラしていたら、ふとビルの間に見覚えのある扉が見えた。依然見た場所は違ったはずだ。けれど恐らく同じ店だろう。あれはそういうものなのだ。
ああ、もう一度
「ああ、そういえば店を閉めていなかったな。すまない」
扉を開くと、珍しい事に酔いで頬を赤く染めたマスターが出迎えてくれた。パーティの余りと思わしき、クラッカーにチーズとハムをのせたつまみにシャンパンを飲んでいる。
改めてバーの中を見渡せば、発射されたクラッカーや、ツリーから落ちた星飾り等クリスマスパーティの残り香が漂っていた。紳士淑女の皆様は帰る前にある程度掃除をしたのだろう。けれどそれは完璧では無かったようだ。
「ねぇ、表の看板をCLOSEDにしてくれないかい? 手間を掛けさせるお詫びに碌な物は残っていないけれど。ちょっとしたお夜食程度ならご馳走しよう」
上機嫌でそんなことを呟く
あなたの記憶が正しいなら、ここにはコンロはなかったはずだ。暫く待っているとすっと
「出来れば暖かい物がよいと思ってはいるんだが、なにぶん材料がなくてな」
ハムと野菜が挟まった、シンプルなサンドイッチ。どうやらパーティで用意された残りを使ったようで、コンビニで見るものと比べるとハムの厚みが違う。多少見栄えは良くないが忘れていた食欲を思い出す。
頂きますと呟いてまずは一口、パンの端までしっかりとマスタードが混ざったバターが塗られている。時々ギリギリまで具材を詰めろと無茶を言う人間がいるが、実際はこんな風に端が空いている方が食べやすさの面では優れている。
そしてきゅうりとレタスの風味に混じって、濃厚なハムの味が口の中に広がる。安物の合成着色料で固められたそれとは違う、良い油の味が上質なものを使っている事実を示していた。
気づけば一つ、更に一つと皿に盛られたサンドイッチは消えて、最後の一個に手を伸ばそうとする。しかし次の瞬間
「ああ、悪い。君が美味しそうに食べてるからね。つい私もと思ってしまった」
そう、悪戯っぽく笑われると、なんだかあなたは得をした気分になってしまう。そもそも看板を裏返した報酬としてこのサンドイッチは過分な代物だったし、何よりミニスカサンタの格好で微笑む彼女をその瞳に納められたのだから。
「どうする? 足がないなら後ろのソファーを使ってもいいぞ。毛布も貸し出そう」
そんな
ドアベルを鳴らして外に出ると、背後で店の気配は消え去り。そしてすぐにタクシーが捕まった。ああ明日は折角だし有給でも取ろうかと、後部座席で貴方は思う。
正直自分が居なくても回るレベルの対応は済んでいる。上司が多少不機嫌になるだろうがそもそも代休までたまってるのだから、たまには仮病を理由に休んだとしても許されるだろう。
幼女マスターのバーはクリスマスの日はお休みだ。イブで全てを出しつくし後はゆっくり過ごすのが彼女のやり方だ。けれどまだ朝を迎えるまでは、間に合わなかった紳士淑女を優しく出迎えてくれる。
それでは皆様良い聖夜を。たとえあなたが今日を孤独に過ごしたとしてもこのバーにやって来て
幼女マスター ハムカツ @akaibuta
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