幼女にクリスマスを
その幼女はバーのマスターである。
けれどいつも彼女がマスターの顔を保っている訳ではない。時には彼女だってただの女の子に戻ってしまうこともあるのだ。
これはバーを訪れたお客ではない誰かと、マスターではない幼女の物語。
「……おいおい、まだ開店には早いんだが?」
時刻は昼過ぎ、街がイブの夜に向けてお祭り騒ぎを盛り上げていく最中。あなたは名もない店のドアベルを鳴らし、不機嫌な幼女に睨みつけられる。
彼女は白が飾られた赤いワンピース。いわゆるミニスカサンタ風の格好でツリーを飾りつけようと苦戦していたらしく、眉を歪めた顔にことんと星がぶつかった。
あなたはそれを見て吹き出しそうになるが、どうにかその寸前で思いとどまる。仮に噴き出してしまえばただでさえ低めの彼女の気分は急降下。そのまま自分が魔王に襲われる哀れなソ連戦車になってしまうのは目に見えている。
「お客様扱いされたいならちゃんと時間を守れ、全くお前はいつだって――」
腰に手を当てお小言モードに入る前に、あなたは一気に距離を詰めひょいとアームウォーマーに包まれた彼女の腕を取り小箱を落す。機先を制され彼女はクルクルと視線を揺らしその後であなたの顔と、そして渡された物に目を向ける。
「これは?」
見ての通りプレゼントだと貴方は微笑む。赤と緑の包装紙を白に金で縁取りされた、丁度彼女の掌に収まる大きさの贈り物。暫く幼女は惚けた顔した後で、それが何なのか理解したようだ。
「……私は良い子ではないぞ?」
わたしはニコライさんじゃないからねと、あなたは微笑む。もっともニコライさんだって多少悪い子だったとしても彼女にプレゼントを渡してしまうかもしれない。
「返せと言っても、返さないからな?」
むしろ返されたら困るとあなたは笑った。これは彼女のために時間をかけて選んだ最高のプレゼント―― という訳ではない。何となく街の雰囲気に浮かれて買ったは良いけれど渡す相手が思いつかずに困っていた代物である。
だからこそ、突っ返されると処理に困る。しかし大切そうにプレゼントを握りしめる彼女の姿を見ているとそんな風に雑に選んでしまった事実に対し、少々罪悪感を抱いてしまいそうだ。
「今ここで、開いてもいい?」
素直に嬉しそうな声色に、あーとあなたは言葉に詰まる。もし彼女がプレゼントを気に入ってくれなければ微妙なお世辞なんかで返されたらちょっと困る。悲しい、折角の良い気分がしわしわとしぼんでしまう。
自分が帰ったあとそっと開けてくれないか? と返事をするとちょっと不満そうな顔をしてプレゼントをスカートのポケットにしまった。
「ごほん。それで、このまま店が開くまでここでグダグダしていくかい?」
声色を整えどうにか幼女から
実のところ幾つかネットの向こうにいる相手と約束があるのだ。彼らを無視して自分だけ彼女の店で幸せな時間を過ごすのはそれはそれで罪悪感がある。
彼女にプレゼントを渡せただけで、今年はリア充として胸が張れる。それ以上はちょっとあなたの身を滅ぼすだろう。灰は灰に、塵は塵に、土に還る間もなくそれこそ吸血鬼も驚く勢いで。
「そうか、なら―― 君は良いクリスマスを迎えられるのだな」
目にしたわけではないが恐らく、今の彼女の顔は先ほどプレゼントを渡した時よりもずっと魅力的な顔をしているに違いない。それをあえて背中で受け取ってそれじゃと手を上げもう一度ドアベルを鳴らして街に一歩踏み出した。
雑踏に足を進めると、背後でバーと彼女の気配が消える。あそこはそういう類の場所で、半分夢みたいなものである。けれ確かにポケットの中の小包は消えていて――
あなたはウキウキした気持ちで家路に向かう。
幼女マスターのバーは聖夜も店を開け、紳士淑女の皆様をシャンパン片手に待っている。そしてもし聖夜にここにやって来るような人々がカウンターの端に目を向けたなら。そこに飾られたあなたからのプレゼントを見つけるかもしれない。
それはありふれた品物だが、あなたとマスターを繋ぐ絆なのである。
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