囚われのお姫様に必要な落し物
「もう、限界なの。皆んなで寄って集って私に圧力を掛けて。私だって遊びたいの」
今日のお姫様は囚われの身らしい。
そんな簡単な束縛では蝿すらも捕まえられないけどね。
「そうだねぇ。勉強が出来るってのも圧力がかかるんだね。僕はからっきしだから何も言えないよ」
自虐気味に笑ってやると安堵と怒りが芽生えたのか囚われのお姫様の愚痴は止まらない。
僕、こんな人種は大嫌いなんだけどね。
自分が幸せなのを分かっていない。
辛さを自ら求める阿呆。
選ぶのではなく求めてしまう。
マゾスティックなのかな。
僕はどちらでもないからつまらないんだ。
「もう! ちゃんと相談に乗ってよ」
「はぁい。すみません」
彼女は、マズイな。
僕の言葉を受け止めるタイプじゃない。
空っぽだ。
スッカスカの脳みそをしてやがる。
確かに詰め込む場所が多ければ勉強も覚えると言うことかしら。
そうでなくて。
過保護に育てられたんだろう。
人を疑う事はないが信じる事もない。
信念とは違う、一貫性の人間性。
臭い臭い臭い臭い。
鼻が曲がってしまいそうだ。
こんなに真っ直ぐな阿呆を見るとこちらが阿呆に思えてしまう。
まぁ、僕は馬鹿で阿呆なんだけど。
だって、道化師だから。
「私ね、勉強したくてしてる訳じゃないの。お母様がしなさいって言ってるから頑張ってるの。それで皆から凄いねって疎まれてばっかり。もう嫌になるわ」
あらあら、こりゃあ重症患者ですねぇ。
昨日の王妃様も中々だが、この子もこの子でかなり厄介人だ。
一番マズイのは自分自身で気がついていない事だ。
例えるなら、なりそこない。
「そうだねぇ。君はお母さんの為に頑張っていただけなのにねぇ。さぞ辛いだろう」
お涙ちょちょ切れるお話なんてつまらない。
おっと、道化師らしく笑っていないと。
こんなつまらないくても笑わないと。
つまらな過ぎるから逆に笑っちゃうのさ。
はぁ、つまんない。
「それにね、お母様も最近、忙しくて構ってくれないの。お料理だって自分でしなくちゃいけないの。もう、どうしようね?」
それは愚痴なのかねぇ。
僕は一人暮らしだからいつもの事だが。
全く、悩みは人間を操るプロセスとして聞いてやるが愚痴とか悪口は他所でやってくれないかなぁ。
こんなに可愛い子を卑下にするのも良くないし。
ホント、辛いねぇ。
誰かが変わってくれればいいんだけど。
「うーん。お母さんとキチンと話したら? 学校の事だって何かしてくれるかもよ? 僕は、昔から両親が居なかったから。わからないけど」
ふと漏れ出てしまった感情を敏感に察知するお姫様。
こういう所は鋭いなんて狡いじゃないか。
「両親がいないの? 何かあったの? 話して!」
嬉々とした表情で言われると辛いものがあるなぁ。
まぁ、怖いもの見たさだろう。
彼女はそういう箇所が抜け落ちてしまっているのが難点、だろう。
だから、愛想を尽かされる。
はぁ、話の進め方間違えたなぁ。
これじゃあ僕の話になってしまうじゃないか。
この天然なお姫様はどう調理しようか。
「まぁ、いいや。話そう。僕の両親は交通事故で亡くなってね。僕を庇って」
目の前のお姫様はこの時点で話の重さに気がつき、固唾を呑む。
もう、手遅れだよ。
囚われのお姫様。
今度は頑丈に捕らえてあげよう。
「僕が道路の真ん中に猫を見つけ、飛び出したんだ。それで、トラックがね。一瞬だったよ。命が散るのは。僕は今でも後悔している。どうしてあの時、手を差し伸べてしまったのか。全く、父も母も馬鹿だよ。二人して飛び込んで。お陰で今でも母の抱擁が夢に出てくるんだ。あの時の父の表情と一緒に。僕が死ねば良かったのに。」
「そんな事ない! その子猫ちゃんは助かったんでしょう? なら貴方は頑張ったのよ。ご両親だって、大事に思っているからこその行動なのよ!」
食い気味に答えられると心が痛むから辞めておくれ。
顔を横に大きく振るお姫様。
はぁ、こんな時に自分の演技力を恨むよ。
でも、本当の事は一つだけあるんだけど。
百の嘘より九十九の嘘と一の本音。
これ、騙すテクニックの一つね。
覚えておいて損は無いよ。
「あぁ、助かって、今でもウチにいるんだ。可愛いよ。名前はクラウンって言うんだ」
「そ、そう。良かっ、た?」
マジマジと言葉を詰まらせてしまうのは猫を助けて良かったと言えば両親の死を悲しんでいないようにも思えるからだろう。
答えは良かった、そして両親が死んだのは悲しい。
これが模範解答だろう。
彼女は一途で阿呆な不器用で愚鈍な天然さん。
これはここまで話してきての彼女のイメージ。
「あぁ勿論さ。でも両親の事は充分悲しんでる。だから、今でも懺悔の代わりに二人のしたかった事をしてるんだ。これが難しくてね。今だって辛いんだ」
「それって?」
ふぅ、なんとか軌道修正出来そうだ。
正直、嘘も方便。
使い方は簡単で深いモノ。
ごめんね、今の話は殆ど嘘だよ。
上手く話が進み、天秤を傾けることに成功した事で頰が緩む道化師。
その依然として笑い続ける彼に違和感を抱かないのがこの束縛されたお姫様なのだ。
「いや、話してもわからないから言わないでおく。それに、あまり他人に話すべき事ではないんだ。そうだね、君の話に戻ろうか。お母さんとどうしたいの? 友達とどうなりたいの?」
「あっ、そうね。えっと。お母様にはもっと見てもらいたいし、お友達も仲良くしたいな」
僕には友達と呼べる存在がいないからなんとも言えないのが傷だね。
でもまぁ、適当に繕ってやればモーマンタイ。だね。
「お母様はもっと努力したら大丈夫。けど、もっと努力したらお友達は離れていく。ならどうするか? 正解は努力しないのさ」
お姫様は困った顔を傾げてウンウンと唸っている。
そらそうだ、これじゃあ元も子もないからね。
そもそもの話、二兎を追う者は一兎をも得ずってヤツさ。
君は捨てるべきなんだ。
母か友を。
なら、捨てさせてあげる。
全てを。
「それってどうなるのかな?」
「ん? そりゃあ友達と点数の低いテストで和気藹々と出来る。お母さんには怒られる。別の意味で注目されるだろ?」
すると二瞬程の時間が空き、沈黙が流れる。
僕はポケットの中のコインを握り、丸い形を手に覚えさせていた。
コインが嫌に身に軋み、どこか痛みを感じた。
「あっ! でも、お母様に怒られるのは嫌だわ。でも、お友達は」
はぁ、支離滅裂だね。
とっ散らかった脳みそでよく考えて欲しいんだが。
仕方ないね、時間も取りたくないから答え合わせだ。
つまらないものに時間を割くほど優しい人間じゃないんだ。
悪虐非道の道化師なんだから。
「さて、答えは単純! 君は普通になればいいのさ。今迄、上か下かで捉えていたから解せないんだ。なら、普通ならどうだ? テストはまずまず。お母様にはもっと頑張れと応援されるかもね。お友達は先程述べたように分からなかった所で湧いてみるといい」
僕は今日久々にニヤついてみる。
目を細めて、口角を上げて。
刈り取るように笑ってやる。
「普通、普通。普通? 普通ね」
何度も繰り返さなくても意味は変わらないよ。
けれど、回転の遅い頭じゃ理解できないからこそ捻っているんだろうね。
「わかったわ! 普通になればいいのね」
あらあら、ごめんなさいねお母様。
安く脆い鎖じゃ壊してくださいと言っているようなもんだからね。
だから、壊してしまうけど問題ないよね。
「あぁ。けれど約束して」
僕は僕の大嫌いな匂いの薄れた彼女に近づき、小指を立てる
身体を触れてやれば堕ちるのも早い道理さ。
「お母様は頼らない。お友達は自分以外にも友達がいる。この二つを心の隅に置いておいて。さぁ、小指を掴んで。僕の耳元で、ゆっくりと復唱」
お姫様はしっかりと僕の口と目を見ている。
これで終わりにしようか。
お姫様は僕の小指と自身の小指を絡ませて距離を近づける。
僕の耳に彼女の吐息がかかる。
こそばゆい気持ちに浸りながら彼女の浸りを感じた。
「お母様には、頼らない。お友達は、私以外にもお友達がいる」
「そう、ゆっくり。もう一度。しっかりと」
目が虚ろに向いて、口も怠慢になっている。
あぁ、気味が良い。
落し物は鎖を解く鍵さ。
だけどね、僕はピッキングも得意なんだ。
鍵が無かろうが心の錠すら解いてみせよう。
道化師は器用なんだ。
「お母様は、いらない。友達は、いつか、裏切る」
「正解。ほうら、ゆっくり目を閉じて。力をこちらへ預けてごらん」
彼女の顎が肩に重さを感じさせ、柔らかい匂いが髪の毛からする。
女性の匂いは好きだよ。
美味しそうで堪らないよね。
お姫様を壊さないように身体の向きを変えてあげる。
こちらへ向いたお姫様は眠ったように目を閉じている。
「最後のおまじないだよ」
そう言って、髪を掻き分けてお姫様のおでこに口付けをする。
彼女の身体から力が抜けてこちらへ完全に預けきる。
これで終わり。
あぁ、つまらなく楽しかった。
「おやすみ」
僕は彼女を家に戻してやり、手をひらひらと振って宵闇に消える。
ただ、振った手のひらにコインの跡がしっかりと付いていた。
今日は一段と吐き気が強かったが不思議とコインの跡とミスマッチして寝れない夜になっただけだった。
あぁ、気分が最悪だ。
何もかも道化にしてやりたい。
学園の吐き溜め、道化師のメメントモリ ステツイ @suteituinnzu
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