一章 花隠しの帰還

#01

「そりゃ絶対幽霊の仕業だって。そうじゃなきゃ未来予知だ」

 文芸部きっての変人と名高い蒲田幹也かまたみきやは、放課後。手紙の話を聞くやいなや興奮気味にそう答えた。予想通りの反応に、彰人は多少後悔する。

「まあ、幹也ならそう言うと思ったよ」

「だろ? よく分かってんじゃん。んで、例の手紙はどこにあるんだ? なんて書いてあったんだ? あーもうワクワクが止まらないぜ」

「怖くてまだ見てないよ」

「じゃ俺が読んでやる」

「学校にも持ってきてないって」

「んだよー、いじり甲斐ないじゃん」

「いじるって、お前なあ……」

 蒲田幹也は自称・有間一の技術屋。同じ文芸部に所属していて多少は本も読むものの、それ以上に機械をいじるのが好きな男子生徒だ。

 元々は未確認飛行物体やオカルトにも興味があったらしいものの、どういうわけか今では完全に機械オタクと化している。携帯が壊れたら、とりあえず幹也に渡しておけばなんとかなるだろう――そのくらいの技術は持ち合わせているそうだった。どこで学んだのかはさておき、それに加えて幹也は他人のゴシップにも必要以上に興味を示すきらいがある。未知の化学を追求することに近しいものがあるのかもしれない。そんな知的好奇心の塊の御前で、「死んだはずの友人から手紙が届いた」などと言ったのは、やはり間違いだった。

「なあなあ。今日お前ん家行くからさ、手紙見せてくれよ」

「嫌だよ。お前、この間もウチに泊まっただろ。狭いんだよ」

「堅苦しいこと言うなって」

「蒲田くん。三上くん、嫌がってるじゃない。無理は良くないよ」

 助け舟を出したのは、部室の隅の方で椅子に腰掛けている少女だった。

 久世都子くぜみやこ。同じくクラスメートで文芸部員。取り立てて目立つわけではなく、かといって根暗と言うほど非社交的ではない、小市民的な女子生徒。しかし友人に関することになると、人並み以上の正義感を発揮する。文芸部でこういうことがあったときも彰人を助けるのはいつも都子だった。

「人の嫌がってることをしたらダメなのは、蒲田くんも分かるでしょ」

「いやまあ、そりゃそうだけどさ……でも、姫だって知りたいだろ?」

「三上くんが嫌がるなら、私は別に」

 都子はパタンと音を立てて本を閉じる。

 文芸部の面々をはじめ、同級生は都子のことを「姫」と呼ぶ。

 いつも複雑に編みこまれている長い茶髪、物静かな佇まい、その他諸々が評価され、久世都子は「姫」の愛称を獲得した。ただ、呼ぶ人間によってはマイナスなイメージも含まれているからなのか、都子はその名前で呼ばれるといつも眉根を寄せていた。だから彰人は変わらず久世と呼んでいる。

「そんなこと言いながら、姫だって本当は知りたいんだろ? 一体誰からの手紙なのかーとか、そいつは男なのか女なのかーとか」

「………………別に」

「差出人なら、どういう奴か分かってるけど……」

「! お、教えて三上くん! どんな人!? 女の子!? 可愛いの!?」

「あぁ!? ちょ、ちょっと落ち着きなさい久世」

 意表を衝かれ、両手を構えて都子を制する。

 差出人の話題を出した瞬間、それまで否定的だった都子が一気に身を乗り出してきた。座っていた椅子を蹴飛ばすほどの勢いだ。一体、差出人のどこに魅力を感じたのか。たまに久世はこういうことになるので、本当に予想がつかなかった。

 視界の端で幹也がほくそ笑んでいるのが見える。謀のようだった。彰人は諦めて口を開く。

「七薙ハルって言って、気の知れた友達みたいな感じだよ。たまに遊んでた程度かな。見かけなくなったと思ったらある日、突然いなくなってたみたいだけど」

「で、女の子なの」

「? ああ、もちろん」

「可愛い?」

「そこまでは覚えてないけど、人並みじゃないかな」

「ふーん……」

 伸ばし棒長めに、どこか意味ありげに、久世は伏し目がちで頷く。

「ふぅ――――ん…………」

「く、久世?」

 今の話から何を汲みとったのか。彰人は聞いてみようと思ったが、都子はそのまま元の椅子に座って、何事もなかったかのように読書を再開してしまった。集中している様子なので、これではとても声がかけられない。

「で、そのハルって奴はどうなったんだ?」

 わざとらしく微笑んだままの幹也が問う。彰人の溜め息は増える一方だった。

「僕も詳しいことはわからないんだよ。ただ、親御さんが亡くなったと言って法事も数年来行っている以上、死んだって事実に変わりはないんだ」

「そうだ。いい加減くどいぞ蒲田」

 都子とは別の女子の声。ただし物腰柔らかい都子と違って、その声は男と見紛う怒気のこもったものだった。

「死んだ人間は生き返らん。死んだ人間からの手紙など、誰かの悪戯に決まっている。以前からオカルトだの何だの、いい加減現実を見たらどうだ」

 拳銃を突きつけられるような威圧感と鋭い視線。自分に向けられているわけではないことが分かっていても、わずかに心臓が跳ねる。これほどクールというレッテルが似合う女子は他にいないだろう。一条透花いちじょうとうかとはそういう女子生徒だ。

 徹底した現実主義で、文化部の割に体術も巧み。その強さに惚れた者たちによるファンクラブがあるという噂だ。挙句の果てには「女王」「女帝」なんて二つ名が引っ付いて回る。本人の心情や、いかに。

「なんだよ、一条まで俺の敵なのかよ」

「阿呆。敵か味方かという問題ではない。私は事実を客観的に捉えただけだ。死人から手紙が届くなど、後にも先にも聞いたことがない」

「まあ、そうだけどさあ……」

 透花の言葉を聞きながら、彰人は小さく頷いた。

 普通に考えれば、死人から手紙が届くということは考えられない生前に前もって送っていたならともかく、数年前に死んでいる人間が今このタイミングで手紙を送ってくることは不可能だ。たとえば未来予知で大昔に送られたものだと仮定しても、それなら紙が経年劣化しているだろう。残念ながら届いた手紙は綺麗な紙で包まれていた。つい最近何処かで封が綴じられたものと考えていい。だからいたずらに決まっている。わざわざ文芸部のメンバーに相談することではない。

 しかし――

「それにしても、七薙か。昔からここに住んでいるが、聞いたことのない苗字だな」

「俺も。生まれも育ちも有間だけど、七薙ってのは初めてだねえ」

 七薙ハル。

 その存在を知っていたのは、彰人と、ハルの父親だった。

 母親にだって詳細を話したことはない。そもそも知っていたところで、母親はこんなくだらない、下世話ないたずらをするような性格じゃない。だから、ハルの名前を騙っていたずらをするなど、誰にもできるはずがないのだ。


 ならば手紙を出したのは誰なのか。

 どうしてあの手紙を出そうと思ったのか。


 真相の究明を、彰人は強く望んでいた。

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