第三章 王様の探偵

第37話 新たなる依頼─1

 その日、事務所に帰って来た私の目に飛び込んできたのは、ソファに腰かけた二人の人影だった。




 一人は私も見慣れた狼男・ネロ。彼の事務所なんだから、ネロがいるのは別におかしくとも何ともない。

 そしてもう一人は──


「お、帰ってきたね助手ちゃん。ちょうど良かった」

 私の方へ振り向いたもう一つの人影──リシュフォールさんが口を開いた。

「お久しぶり……ではないか。最近会ったばかりですね」

「そうだったね。お久しぶり」


 ニコニコしながら返事をしたリシュフォールさんを見て、ネロは大きなため息をつく。

「どうしたのよネロ。そんな大きなため息なんかついて」

「別に……強いて言うなら少し頭が痛いからかな」

「おいおいどうしたネロ? 君が頭痛持ちなんて聞いてなかったぞ? 熱でもあるのか? それとも頭が痛くなる何かが──」

「頭痛の主な原因はお前だよ!!」


 リシュフォールさんに向かってネロが吠える。


「会えばすぐに『友よ友よ』と言って、他に友人はいないのか!! それに人前でそんな事を言われる僕の身にもなってみろ!! 道行く人に『今日はあのご友人と一緒じゃないの?』って言われるんだぞ!!」

「なんだそうだったのか。だが別に問題は無くないか?」

「こっちにも世間体というのがあるんだよ!!」

「何を言う。別に僕はお天道様に顔向け出来ない生き方をしてきた覚えは無いよ。その証拠にほら、僕には王公貴族という肩書きがある」

「ッ~~~!! それが問題なんだよなぁ……」

「?」




 リシュフォールさんは「訳が分からない」といった顔をするが、私には何となくネロの言いたいことが分かる。

 結構立派な肩書きを持った人が知り合いにいるのって、こちらとしては肩身が狭い時もある。

 私も父が高名な弁護士だったから、比べられたりして色々と苦労することもあった。




「……まぁ、その話は一旦置いといて……」

 少し落ち着きを取り戻したのか、ネロは再び話し始める。

「舞も来たんだし、そろそろ概要を説明しても良いだろう。そのために来たんだから」

「概要? って、何の?」

 私の疑問に、ネロが肩をすくめて答える。

「決まってるだろ。事務所ここに来たんだから理由は一つ」




「依頼だよ。リシュフォールからのね」

 






「二人は、今度パルーシブで戴冠式が行われるのは知ってるよね?」

 リシュフォールさんの問いかけに頷くネロ。首を横に振る私。

「えっ、知らないの!?」

「こいつはトリンティアに来て日が浅い。王室の事情なんて知らないさ」

 ネロが私の頭を叩きながら答える。フォローしてくれるのはありがたいけど、この手は少し止めてほしい。


「そっかぁ……じゃあ一応トリンティアの王室について説明した方が良い?」

「あっはい……そうしてもらえると嬉しいです」

 よし分かった、と言って、リシュフォールさんは紙とペンを取り出した。





「まず初めに、言うまでも無いがトリンティアは王室制だ。一番上に国王様がいて、その奥さまが王妃様。その息子が皇太子で、さらにその奥さんが皇太子妃。ここまでは分かるね?」

 リシュフォールさんが髪にスラスラと、文字と家系図を連ねていく。

 どうやら基本的な仕組みは、この世界でも差ほどの変わりは無いらしい。



「他にも上げればキリは無いけど、取り敢えず王室の主要な人物はこの辺りだ。あとトリンティア王室には、少し変わった特徴がある」

「特徴?」

「うん──『王様は判子しか押せない』という特徴がね」



 判子しか押せない? とは、どういう意味だろう?

「王室と国の政治の関係は、国によって様々な特徴がある。王様自身が国会に立って一政治家として活動する国もあれば、王様が殆ど飾り物のような扱いをされる国もある。そしてトリンティアは、『王様が政治の最終決定権を握る』という方式を取っている」



 なるほど。王様が政治をするのではなく、政治の最終判断を下すのが王様というわけか。

「政治に口を出すことは無い。ただ飾りでも無い。微妙な立ち位置なんだが、一国の王がそうなっているのは、世界中から見ても珍しいと思うよ」

「へ~」

「ちょっと待ったリシュフォール」



 私とリシュフォールさんを遮って、ネロが口を出した。

「政治については今は別に良いだろう。それよりも、今回の依頼内容に沿った事を言え」

「なるほど。それもそうだ」



 そう言って軽く咳払いをした後、リシュフォールさんはこう告げた。



「ついこの間、先代の王が崩御された。もう年だったし、別に何かの陰謀というわけでは無いがね。それはともかく、王が亡くなったらすべき事が一つある」

「それが……戴冠式ですか?」

「その通り。察しが早くて助かるよ」



 ニッコリと笑うリシュフォールさん。しかしすぐにその目が鋭くなる。

「その際に新しい国王とその妃のパレードが開かれる。豪華絢爛な馬車に乗って、王都を中心とした場所でね」

「そうなんですか……え? それと私達がどう関係するんです?」

「……それがね」





 リシュフォールさんは頭を掻きながら、とんでもない事を口にした。

「今回のパレード……

「……へ?」

「だから君たち二人には、その際の護衛を頼みたい」

「へ?」

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