第4話

 見なかったことにしよう。


 うん、それがいいそうしよう。っていうかそれしかない☆

 何度も言うけど、わたしってば箸も割れない超非力美少女なので、お兄ちゃんが骨盤吐き出そうが、限りなく黒に近いグレー判定が出ようが、実はお兄ちゃんじゃなかろうが、どうしたところで腕力勝負で勝てるはずがない。

 っていうか、骨盤吐き出すとか、それってマジでヤバイ。それってつまり人を丸吞みするか、引きちぎって吞んでるわけでしょう? それって本当にヤバすぎるし、わたし一人でどうこうできる次元を軽くK点突破してるわけ。

 仕方ないね。うん、仕方ない。

 そんなわけで私はいつものように報道番組を付けてお部屋のお掃除中。ルンバちゃんも「へっ、嬢ちゃん今日は掃除に力入ってるじゃねぇか」と褒めてくれている気がするゾ。

『昨夜未明、白骨化した10代女性のものと思われる人骨が、辰系高校のグラウンドで発見されました』とかなんとか言ってるけど無視無視。わたしには関係アリアリだろうけど『遺体からは骨盤のみが持ち去られており』どうこうできないわけだし、実際『歯形鑑定の結果』無関係に近いっていうか『辰系1年芦葉香菜さんのものであると』

 香奈。

「芦葉」

 香奈。

「芦葉」

「芦葉……香奈」

 私はダイソンを放り出し、スリッパを放り投げ、クローゼットに飛び込んだ。

 クローゼットっていうのは、わたしのすべてが詰まっているといっていい。お洋服だってあるし、お兄ちゃんだって体育座り待機してるし、各種専門書、ああ……恐らく二度と着ることのない制服、可愛いデザインだから気に入ってたんだけど、でもやっぱり二度と着る気も起きないその制服と……アルバム。アルバムだ。

 中学に入ってからたぶん1か月くらいしか行ってないんだけど、家で3年引きこもってたらなんとまぁ。卒業アルバムが送られてきたのだ。おかしくない? 私1か月しか通ってないんだけど。つか卒業してないし。どういう仕様? これを私に送る決断をした教師たちは、わたしに一体どんなことを思ってほしくてこんなの送ったの?「わーみんな楽しい学校生活を送ったんだね! 私をイジメたくせに!」って思えと? ……バカにしてるのかな(怒)。

 そんなシロモノ、わたしが大事にするはずないんだけど、これはこれで私のうっ憤晴らしに一役かったのだ。通称デスノート。わたしのクラスのページを開くと、オッソロシーことにおよそ半分くらいの顔が真っ黒に塗りつぶされている。怖いね。いったい誰がこんなことしたんだろう。たぶん引きこもるようなすっごい陰気な奴ダゾ!

 まぁそれはよくって。いや、全然よくないんだけど、そのページを開いたまま、わたしはニュースサイトを開く。ここ最近、周囲で起きている失踪事件の被害者たちを、検索した。

「結城優菜」

黒く塗りつぶされている。

「秋葉れいか」

黒く塗りつぶされている。

「……芦葉香菜」

黒く、

「……ああ」

するりと卒業アルバムが手から滑り落ちた。クローゼットを振り返る。お兄ちゃんは何も言わない。いつもの通り、中空を見つめている。

「お兄ちゃん……」

 なんせ卒業アルバム。名前さえわかれば、住所だってばっちり載ってる。

 お兄ちゃんは、本当にお兄ちゃんなのか。わたしにはまだその結論が出せずにいる。

 だけど、お兄ちゃんが、なぜ、どういう基準で、被害者を選んでいるのかはわかった。

「お兄ちゃんは私のリュークだったんだね」

 ギャクセン1億点の私にしては……笑えない、冗談だった。



 覚醒する。ドッ、ドッ、ドッと心臓が早鐘を打つ。深夜。

 クローゼットの扉が開く。ガサガサと何かを探す音。

 ぺたり。ぺたり。粘土の足が床を踏む。

 扉が開く。扉が閉まる。

 静寂。

「……すう……はぁ……」

 冬明けを待つカブトムシの幼虫のように、わたしはベッドの上で身を丸める。決意したのに、身体は正直。だってビビッいるんですもの。女の子ですもの。

「……よし」

 1分と経たずに、私は布団から這い出た。

 でも。だって。

 やるって、決めたもの。

「私の……せい、かも……その可能性が、なきしもあらず……だもの」

 ぺたん、ぺたん。裸足のまま、我が家の最終防衛ラインに近づく。

 ……扉を開ける。外気がパジャマ越しにひんやりとこちらの肌を撫でる。

 家人は熟睡しているようだった。寝息ひとつ聞こえてこない。ぺたり、ぺたりとそのまま階段を下りる。

 玄関の前まで、たどり着いた……なんて感慨深い。最後にこの場所に立ったのはいつだっただろう? 正直もう思い出せない。引きこもりを初めて数か月たった後、深夜のコンビニに向かって以来だろうか。その時は確か……そう。

 デスノートの1人がコンビニで雑誌読んでいて、すごすごと家に帰ってきたのだ。さすが地元の中学だけあって、エンカウント率が高いことを思い知らされそれ以来外には一切出ていない……だから、ほとんど4年。4年ぶりの、玄関だ。

 当たり前だけど、私の靴はなかった。靴箱を探すと……あ、ない。

 え? ないんだけど? 私の靴。うっそー。

 がっつりお母さんに見捨てられてた事実に、私は膝から玄関に崩れ落ちた。

 捨てられちゃった可能性が高いけど、誰かにあげちゃったのかも。なんか親戚の子供がうんぬんで靴がどうたらって話を、お食事通信(引きこもり始めて1年くらい、食事と一緒に手紙が添えられてた。2年目から廃刊した)に書いてあったような。

「まーじかーい」

 ガン萎えの萎えなんだけど。やる気がしゅるしゅるしぼんでいく音が聞こえるみたいだ。やめよっかな……いや、それはないか。くっそーばーろー。

 お母さんが使っているでろう、突っ掛けに足を突っ込んだ。

 玄関を、開ける。

 外気が。

 外の、空気が、全身を撫ぜる。

 ちりんちりん。

「にゃっ!?」

 目の前を横切った自転車に、思わず猫ちゃんポーズで警戒心をむき出しにしてしまう。

 ……引きこもりだって、バレたかな。携帯を見れば、午前二時。こんな時間に出歩くなんて、引きこもり位だと思われないかな。しかもパジャマのまま出てきちゃったし。引きこもりだってバレた可能性がけっこう高い。

「帰りたい……」

 回れ右すればその願い、秒で叶うわけなんだけど。

 なんだけど。

「……帰れないよ」

 てか、眠れないよ。

 無理だよ。

 私のせいで、また誰かが死んでるなんて思ったら、無理。

 それは……できない。

「……しゃー」

 私は気合いを入れて、外へ一歩、歩きだした。

 引きこもり生活4年目。

 これは小さな一歩だが、人生にとって大きな一歩である。

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お兄ちゃん水溶性 佐藤一郎 @satoitiro

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