第4話「クリスマスディナー/後半」

聖福音女学院物語



第四話「クリスマスディナー/後半」



12月23日。



都内 あかしあ荘



 ロビーに直結する円形の駐車スペースに、シルバーに塗装された一台のクルマが停まった。



車種は、ベンツ SLS AMGだった。



日本人にとっては高級車の代名詞ともいえる「ベンツ」ことメルセデス・ベンツ社のスーパーカーだ。

フロントヘビーのスポーティな外見、ガルウィングのドアを持つ2ドアクーペで、値段は新車で2,500万円程度とスーパーカーとしてはそう極端に高価ではなく、機動力と実用性を兼ね備えた、高級車を手にしたい者へ幅広く門戸を広げているカーだった。

世界的に有名なロボット玩具シリーズ「トランスフォーマー」のハリウッド映画版にも出演を果たしている。(最も正義のヒーローではなく、本作における彼の役割は敵の軍勢側だったりするのだが…)



このクルマはくれあのお気に入りでもあり、凪浜市から一時間余りのドライブをくれあは、母るりと共に堪能することができた。



「楽しんできてね」



運転席で、ギアブレーキを掛けつつサングラスを外しながらそういった女性は、くれあの母の祇園坂るりだ。

極度のカーマニアであるるりは肩一直線のパッドの入ったジャケットに身を包んでおり、少々バブル期のセンスが入っている風体だった。

都内の休日のドライブは、馬力を発揮して飛ばしやすく、るりにとっても楽しい行為だった。

全開すると2メートル近い高さになるガルウィングのドアが開き、小柄なくれあが、まるで往年のラジカセがカセットをイジェクトするような動作で、ひょこ、と出てきた。



「ママ、ありがとうございます!」



と、



「あら祇園坂さん、ご機嫌麗しゅう」



ロビーから現れたのは、和服を着こんだ気品ある女性。

冬美の母である、三条院直美だ。



「あら、直美さん!今日は冬美ちゃんと一緒に、くれあをよろしくお願いしますね」



「もちろんですとも。でも、今日の会は準備・実行・片付けと全て冬美に一任してありますから、私は最初に顔見せ程度の挨拶だけでしてよ」



そういって、ほほほ、と笑う冬美の母。



るりと直美は、授業参観で互いを知った仲だった。学年こそ違うものの、姉妹契約を結んだ娘たちのよしみで数回、顔を合わせたことがある。



「さっすが社交的ぃ!もうほんと、くれあはいろいろ呑気でどんくさい子ですけど、冬美ちゃんがかわいがってくれてるって、いつもお世話になりっぱなしですよ」



けらけら、と、るりは笑ってみせた。



「いえこちらこそ、くれあさんは何より、冬美の心の支えになっていますから」



そう言って、直美は微笑んだ。

日本有数の財閥である三条院グループの一族らしい、気品の高い笑みだ。



「いえいえいえ!これからもくれあをよろしくお願いしますね。あと、あかしあ会のみんなにもよろしくって伝えておいてくださいな!それでは」



「バイバイですわ、ママ!」



ベンツSLS AMGは駐車スペースを抜け、走り去っていった。



穏和で誰に対しても敬語を欠かさないくれあからは一見想像の付かない、快活なキャラクターを持つ母がるりだった。

一方、直美は冬美の親らしく、限りなく高い品格に溢れたおやかな物腰を有していた。



「直美お母様、他のメンバーはもう来ていらっしゃいますか?」



ロビーの奥へと進みながら、くれあは問うた。

現在の時刻は15時。



集合は16時半に設定されていたが、くれあとるりは渋滞を見込んで早めに家を出ていた。道中渋滞などに全く遭遇せずに済み、かなり早くに到着していたのだ。



「いえ、冬美以外はまだなんですよ。会場もまだ準備段階なので、ラウンジでお寛いでいてくださいまし」



「なら、お手伝いしますわ!」



「申し訳ないのですが、なりません、と言わせてください」



直美が制すようにそう返した。



「これは、冬美にとっての訓練なんです。大学に入ればサークルやゼミなどで幹事を仰せ使うことも多くなるでしょうから…一人でやりきらせてくださいな」



「なるほど!では、冬美姉さまにお任せしますわ」



ラウンジに来ると、オレンジジュースが運ばれてきた。

これは会費に含まれてますから、と直美は言った。





一方、レストラン「ジーリオ」ディナー会場。



「シャム猫の間」は、20人ほどを収容できる個室だった。

クリスマスということで、2メートルほどもある大きなクリスマスツリーを用意していた。中央に、ホワイトのテーブルクロスの乗ったテーブルを用意してある。

ツリーの飾りつけは、午後に入ってから、スタッフ数人と冬美で行ったものだ。



クリスマスといえばカラーテープや色紙などで派手に飾り付けをするパーティが一般に思い浮かばれるであろうが、冬美の個人的な嗜好から、部屋を飾り付けない、一種大人びていて質素なスタイルとしていた。



そしてその分色鮮やかなツリーを際立たせる、という算段である。

ツリー、テーブル、カトラリーと室内の準備は概ね完了し、あとは来賓を待つだけだ。



あかしあ荘は、三条院グループの創業者であり現会長である祖父が、戦後鉄鋼業への投資で財を成してから買い取った都内のホテルだった。

ホテルの他にもレストラン、ブライダル事業を並列で展開し、そのコラボレーションによって業績とブランド力を伸ばしてきた。



いうまでもなく、聖福音女学院の「あかしあ会」のネーミングの由来は、この物件名から来ている。



直美ら両親が結婚式を挙げた場所であることから、三条院グループへの思い入れを込めて「あかしあ」の名を付けたのだ。



生粋の令嬢である冬美は、当初、幼稚舎から系列を持つ名門の学校に通っていた。本当の意味での日本におけるエリートを育てる事を至上目標とする、道徳の授業に帝王学をすら導入するような超名門校だった。



そのレールの上で幅広く高い知識と教養と人脈を培い、冬美も三条院グループの跡継ぎという血統にストレートに乗っかって生きていく、その予定だった。だが、そのレールは中学校時代に突如、捻じ曲げられ閉ざされてしまった。



中学3年当時、冬美は中学校の生徒会で副会長を務めていた。生徒会役員の選挙時の集票では会長に僅差で迫るほどの票を獲得しており、冬美の学内での権力・名声は絶頂に達していた。



そして、その名声を認知した友人やクラスメートたちと高校へと上がり、蝶よ花よと学生生活を引き続き謳歌していく…はずだった。



しかしそれは、一つの大事件によってご破算となってしまった。



生徒会員と教師の一部がつるんで、生徒会の予算を多額に不正に懐に入れ私用する不祥事が発覚したのだ。



学校そのものが世間的にも有名な名門校であったためにこのことはマスコミにも大々的に報じられた。



不名誉なこの事件により、現在でも、インターネットの検索サイトで冬美の出身中学校名を検索すると、検索ワードに「不正会計事件」とサジェストされてしまうほどのスキャンダルであった。



当時、日本の大規模な財閥の一つである三条院グループの孫娘である冬美の周辺にもマスコミの取材が殺到し、生徒会は緊急決議で、全メンバーが引責を取り解任となった。



その後の冬美の学校生活はひどいものだった。日本の各財閥への利益供与やコネによる人材あっせんを学園が行っていると噂が立ち、全学年から冬美や旧生徒会メンバーへの露骨なヘイトが向けられるようになった。



そして、このまま同じ系列の高校に進んでは、ずっとマスコミや周囲の生徒のスキャンダラスな目に晒され生きていくことが確実であり、冬美は窮地に立たされた。



幾分の苦悩の末、冬美は決断した。高校は学校の系列を変え、「生きなおす」と。



時にしてちょうど3年前のこの時期だ。



その時出会ったのが、聖福音女学院だった。前述話で取り上げた「聖福音フェス」をキャンパス見学がてらに訪れ、その神奈川の湾岸地域らしい自由な気風が気に入ったのだ。



学費も三条院家の経済規模からしてみれば安く、また、偏差値も、今から頑張って勉強すれば入学は不可能ではなかった。



かくて冬美は私立枠の高校受験を経て、聖福音女学院の生徒になった。しかし2年の秋くらいまでは、庶民的な空気を持つクラスメートにあまり馴染めず、時々遊びや食事会に参加はするが、親友と呼べる仲の相手はいなかった。放課後や休日の活動は三条院家の社交に充てられることが多いため、部活や同好会は難しい。中学時代のトラウマで、あまり深い仲の人間関係を構築したくないという塞ぎ込んだ気持ちもあった。



そのとき、冬美は、社内サークルというシステムに目を付ける。この概念を知り、もう彼女は思い切った。自分から、自分のペースで付き合える交友関係を構築してしまおう、と。



かくて、ホテルレストラン「あかしあ荘」から名前を借りた「あかしあ会」は産声を上げたのだ。



また、インフォーマルな制度である姉妹契約を、学生が自主的に運営するSNSで募集を掛けたところ祇園坂くれあが名乗りを上げた。そして、くれあの勧誘を受けバレー部の華である近衛夏子が入り、学内SNSであかしあ会の新規オープンを知った聖護院佐月と七夕きさらが加わり、さらに3年生になりクラスメートの鈴懸さやかと冷姫=諏訪慶子を夏子自身がスカウトし、現在の7名の体制となったのだ。



さやかと冷姫については、双方とも前回お話したとおり登校が著しく少ない「レアキャラさん」であり、それゆえ冬美が期末試験後にチャンスと捉え声掛けしたところ見事に勧誘が命中、さやかと冷姫もクラスの席順とKIRA!モデルの関係でお互い仲良くなってすぐに入会してくれた。

そして2学期に入り、2017年度の聖福音フェスを経て、現在に至る。



そう、ここまで、我ながらうまく立ち回ってきたわね。

三条院グループの血族というバックグラウンドはあれど、結婚や社会人としての生活はうまくいくかどうかはわからない。聖福音に移る前の学校の強力なブランド力やコネは使えない。ただ、今自分には、頼りあえる妹と、あかしあ会の仲間がいる。



回想しつつ、ずっとツリーを見つめていて、冬美は、はっと我に返った。

スマホで時計を見ると、すでに16時半を過ぎている。

そして、



「お姉さま、こんにちは!」



くれあだ。きっとラウンジで待機していたのだろう。他のメンバーも、ぞろぞろと入ってくる。



「あらあら、素敵なツリーね!」



「シャム猫の間、て名前がもうかわいいよね!」



「すごい、本格的!フォークとかナイフが一列に並んでるよ、佐月!」



口々に感想を言い合うメンバーたち。

冬美は思った。

この子たちは、私の名声や地位で得た仲間ではない。ほんとうの「友達」なんだ、と。



「皆さん、ようこそおいでになったわ、さ、楽しいクリスマスディナーを始めましょう」



皆に向かって、冬美は明朗なトーンで言った。



もう私は、一人じゃないわ。



あかしあ荘 イタリアンレストラン ジーリオ

クリスマススペシャルディナー2017「もみの樹の一夜」



お品書き

リースに見立てたプチオードブル

北海道北見産たまねぎのオニオンスープ

湘南の海産物と三浦半島の野菜のゼリー寄せ

オマール海老のグラタン包み焼き

フォアグラと鴨肉のステーキ

クリスマススペシャルケーキ

食後のドリンク



冬美の母、そして冬美本人の挨拶のあと、次々と、メニューが運ばれてくる

さすが都内一級のレストランだけあり、どれも格別の味わいだ。

食べ盛りの10代の女の子たちであるので、冬美として、メインディッシュは肉と魚両方をチョイスしていた。この方策も当たったようで、皆、満腹になりすぎず、それでいて満足した様相でコースを消化していってくれた。



一時間半ほど経ち、フォアグラと鴨肉のステーキまで食べ終え、メンバーは腹ごなしに談話をしていた。

その合間を縫うようにくれあが立ち回り、集金業務を完了させる。



「はぁー最高だった、バイト頑張った甲斐があったよお」



「きさらちゃん、短期バイト頑張ったもんねえ」



さやかときさら。



「ご苦労さんだったし、肩揉んであげようか?」



くすくす。

さやかの魔性の笑み。



「いえいえ、そこまで疲れてませんよ!むしろ、いい退屈しのぎになりました!」



右手で左肩を軽く揉む動作を見せつつ、きさら。



そして、



「ちょっとトイレ行ってきますね」



「あ、なら私も」



きさらに続いて、佐月も用を足しにいく。

冬美、くれあ、夏子の3人は、ツリーを見ながら談話している。

テーブルには、さやかと冷姫の2人きりになった。



そっ。



さやかが手を伸ばし、そのもみじのようにか細い手を、真横の冷姫の脚に潜り込ませる。



「ひゃっ?」



「くすくす」



今日の冷姫の服装は、ヴィヴィッドライトガーデンで固めたゴシックパンクだった。

紅のネクタイを締めたトラッドな黒シャツに、プリーツの大きく入った黒地のミニスカートを穿いている。スカートは階段で少し見上げるだけでパンツの見えてしまいそうな、超ミニだ。

そして、黒と紫の縞の入ったニーソックスを履いている。



一方のさやかは、イベントには恒例のムーンライトガーデンのゴスロリルックだ。



「ちょっと、やめてよ、こんなとこで」



ニーソックスと露出した太ももの合間、読者モデルにふさわしい形のいい絶対領域を愛撫するさやか。



少女感全開の繊細なゴスロリ服の姫袖のやらかい布が太ももをくすぐり、思わず冷姫はきゅん、と胸が高鳴った。

頬を紅潮させる冷姫。



「冷姫ちゃんかわいいっ、きひひひひ」



「はあっ…やめてよ…」



「そんな言い方されたら、もっと悪戯したくなっちゃうわ」



そういって、さやかは指先を強引に伸ばして、冷姫のスカートを捲った。

白地にピンクの水玉の入った下着が、露わになる。



「こ、こらっ」



「パンツもかわいいのを穿いているわね…襲いたくなっちゃう、きひひひひひ」



吐息を少しだけ荒くして、さやか。



「さやかの変態っ」



「モデルをしているようなかわいい子に悪戯したくなっちゃうのって、健全だと思うわ?」



「ひどい理由付けだよ、それ…」



さやかの手を払い、スカートを抑えて、冷姫は言った。



「でも、今は宴の途中だし、今回はここまでね」



そういって、さやかはやや荒々しげに冷姫の肩を掴み、頬を引き寄せて、キスをした。



くちゅ。

儚げな色彩と小さなリップが、冷姫への恋心をさらけ出して鳴く。



さやかの理性がうまく働いたのだろう、セクハラは、そこで終わった。



「そうそう、冬美ちゃん、あれいっちゃう?」



振り返って、冬美に話しかけるさやか。



「行きましょう。

さ、スイーツお願いします」



スタッフが、部屋の外から大き目のテーブルを搬入する。

数人掛かりで押すローラーで運ばれる、その上に載っているものは。



「うわ、すごい!」



「お城のケーキだ!かわいい!」



デザート

クリスマススペシャルケーキ

スーパーゴージャスゆめかわときめき「さやキャッスル」ビッグサイズのお城のケーキ



運ばれてきたのは、くれあの背丈でいえば腰までほどもある、淡いピンクとパープルの「ゆめかわいい」センスに彩られた巨大ケーキだった。

ユニコーンやアニマルのマジパン、カラフルなクリームやマカロンなど、いかにも女の子のハートをくすぐるエッセンスであしらわれた、素敵なクリスマスケーキだ。



「サプライズよ!私がデザインして、冬美ちゃんに伝えて作ってもらったのだわ。量もたっぷりあるから、存分に楽しんでね」



「素晴らしいです!さやか姉さま!」



「ふふっ、あれですね、まさに」



佐月が、普段のクールな口調とは明らかに違う、高揚したトーンで言う。



「そう、『甘い物は別腹』だわ!」



にっこり笑って、さやかが落ちをつけてくれた。



1ホール丸ごととまではさすがにいかないが、数ピース分のケーキをお腹に収めると、時刻はすでに20時近く。

食後のドリンクとして、めいめい紅茶、コーヒー、ウーロン茶を頼んだ。



あかしあ荘のコーヒーは、さすが一流レストランであるだけに別格だった。



お姉さまのプロデュースで、最高のクリスマスの思い出ができたのですわ。

コーヒーを飲み干し、くれあはふふ、と、一人で小さく笑みを作った。





次回



毎年恒例、歳末の勝手すぎる大騒ぎ。

クリエイティブな者どもの祭典に、冷姫、さやかのサブカル少女コンビが乱舞する。



「冬コミ」



お楽しみに。





【続く】




【あとがき】


こんにちは、雪ノ下ヒスイです!



なんとか4話までこぎ着けました、「聖福音女学院物語」。

元々連載が苦手な短編派ゆえ、続けられているだけでもえらいかな?とは思いつつ…。

って、次回が冬コミ回なので、また年末までにFIXせなあかんというプレッシャーが…w



この作品は、一応、2018年春あたりまでの連載を予定しています。

挿絵加えて同人誌とかの現物にできたらいいな~。百合百合な挿絵をですね。ふふふ。



これからも精進していきますので、よろしくです!

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聖福音女学院物語 ヒスイ @hisuiyuki

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