第3話「クリスマスディナー/前半」
聖福音女学院物語
第三話「クリスマスディナー/前半」
「あかしあ会」のメンバーにどうしても打ち明けられない秘密が、祇園坂くれあには一つだけあった。
私、実はコーヒー派なのですわ。
あかしあ会の活動時には毎回、さやか姉様がとびきりの紅茶を淹れてくれる。その味わいとクオリティは別格だ。よって、その極上かつ芳醇な一杯を毎度、断りようがない。
さやか姉さまと冷姫姉さまがメインで調達してくるお菓子も軒並み極上で、素晴らしいお茶会の時間を毎回過ごさせてもらっている。
事実、このさやかのティータイムにより、くれあの頭の中の派閥の「コーヒー派」が相当数、「紅茶派」に移行したという歴史的事実も否めない。
しかし、学院の食堂などで一人で食事をするときは、食後のドリンクとしてくれあは極力コーヒーを頼むのだった。
地獄の激辛マーボーカレーの辛味で傷んだ喉を潤すビターな味わいは、格別なのですわ。
さらにいえば彼女はブラック派でもある。くれあは、12歳のときに初めてコーヒーの味わいと魅力に触れて以来、原理主義ともいえるほどにミルク、砂糖をさじの一杯も加えずにコーヒーを嗜むことを信条としている。
その点、今日の食後のドリンクは最高点だった。
あの有名ブライダルホテル、あかしあ荘のブラックコーヒーである。
2017年末を飾るあかしあ会のクリスマスディナーは、間もなく満を持して閉幕しようとしていた。
12月も、すでに10日を過ぎていた。期末試験が終わって3日経ち、師走特有の気ぜわしい空気が学院を、あかしあ会のメンバーたちの日常をすっぽりと覆い始めていた。
忘年会、あいさつ回り、年賀状、冬コミ…何かしらの活動が、各々の日常を埋めている。
だがそんな中で一人、最近、見事なまでに羽を伸ばしているあかしあ会員がいた。
その不埒(?)なメンバーは、他でもない近衛夏子である。
年末年始は部活動が極端に少なくなるし、試合もない。
期末試験の緊張から解き放れてから、彼女は一年のうち数少ない、完全休暇モードに入っていたのだ。
「夏子ちゃんは戦士だものね、そして、休むのも戦士の立派なお仕事なのだわ」
夏子の席の目の前に置かれたティーカップにルピシアの紅茶を淹れて、さやかは言った。
「ありがとうございます!部活のない日々はちょっと刺激が足りなすぎる気もしますけど、ね」
さやかがコンビニで買ってきてメンバーでシェアしているチョコ菓子を口にしながら、夏子は返す。
「いえいえ、いつもストイックに頑張ってる方がリラックスしている姿って、とても魅力的に映りますわ」
くれあは、夏子に対する恋慕を惜しげもなくさらけ出して言った。
と、
「はい、皆さんご注目」
部室の備品であるノートパソコンを操作していた冬美が、顔を上げて言う。
パソコンの隣には、小型のプロジェクターが先ほどから低い唸りを上げて起動している。
「こほん…これから、皆さんにプレゼンテーションをします、資料としてまとめたスライドを使って説明するから、ご清聴をお願いするわ」
「ふゆふゆのプレゼンとは!頑張れー!」
ぱちぱちぱち。
拍手をしながら、冷姫。
パソコンと連接されたプロジェクターが、ホワイトボードに最初のスライドを映し出す。
タイトルは「あかしあ会 2017年クリスマスディナーのご招待」
「クリスマスディナーだって、だって、佐月!」
それを見てにわかにテンションを上げたのはきさらだ。
「えぇ、皆さん、今年のクリスマスの予定はもうお決まりかしら?各々でデートをしたり、家族や親戚を過ごすというのも素敵だけど…せっかくの聖夜の一日を、我が三条院グループが都内で経営するウェディング施設を備えたホテル『あかしあ荘』にて過ごすことを提案するわ」
ホワイトボードに、「あかしあ荘」のロゴと、内外の景観のスライドが映し出される。
「都内の一等地のホテルだね、結婚式場として有名だよね」
冷姫。
「そうよ。今回は、普段あかしあ会のみんなにお世話になっているから…特別にご招待という形を取るわ。いつもの恩返しというわけね」
「素敵ね!」
さやかが黄色い声で言う。
「日にちは12月23日、天皇陛下のご生誕日でもあるけど、この日が土曜日でちょうどいいからここに設定するわ。そして、会場はホテル内のイタリアンレストラン『ジーリオ』。15,000円相当のコースを御馳走するわ」
「い、15,000円!」
次々映し出される豪奢な画像の並ぶスライドを見ながら、きさらが面喰らったのも無理はない。
15,000円というお金は、きさらの小遣いの実に5か月分に相当するのだ。
「冬美姉様、一つ、ご意見よろしいですか?」
くれあが、す、と席を立ちそう、断る。
「許可するわ」
「非常にお気持ちは嬉しいのですが…完全に無料、というのは流石によろしくないと思いますの。全額とはいかなくても、各メンバーに多少は負担させて頂きたいですわ」
「え、でも、ホテル部門の役員にも奢る件は合意を取ってあるし、大丈夫よ」
「いいえ。私たち、高校生で義務教育も終えてるし、もう完全にモラトリアムというわけでもございません。何か恵みを得られるなら、その対価を少しでも個々で負うのが、あるべき姿だと思いますの」
背丈のシルエットが小さく、幼いボイスで話しながらも、その意見具申の口調は、凛と張っていた。
何より、筋が通っている。
「くれあちゃん、正論!かっこいい!」
さやかの声色(こわいろ)が、先ほどにも増して黄色い。
「え、えぇ…たしかに、くれあさんの意見も一理あるわ」
「多数決取ろうよ!あとそうするなら、金額も決めてさ」
冷姫が、挙手しつつ提案した。
「そうね、では、まず、会費を徴収することに関して、賛否、異論はあるかしら?」
「大丈夫です」
佐月。
他の者も手をまっすぐに上げている。全員一致のようだ。
「でも会費といえば、きさらちゃんはお小遣いが制限されてるし、大丈夫かしら?もしなんなら、私と冷姫ちゃんで出してあげても大丈夫よ」
さやかが、きさらを気遣って言う。
「問題ないです!ちょうど、短期バイトのサイトに登録してるし、最近年末で、マネージャーから来れないか、とよく電話来るんで!」
きさら。
「私も、問題ないです!」
夏子。
「じゃ、異論はないわね…金額については」
「半額負担にしましょう。一人あたま7,500円でいかがでしょうか?」
ホワイトボードに表示された「ジーリオ クリスマススペシャルコース(1万5千円相当)」の表示を指さしながら、くれあは言った。
「賛成です!」
夏子、佐月、きさらは即座に同意した。
「了解したわ。それでは、会費を半額ずつ徴収ということで…さすがね、くれあさん」
くれあには、幼く小柄な愛くるしい容姿に似合わず、非常にビジネスライクで大人びた一面があった。
カーカスタムメーカーの役員を勤める母の、幼少からの英才教育の賜物であった。
「よっし…今週日曜にクリスマスグッズ販売のバイト、今入れました!一日詰めてやって9,500円だそうなので、これでいけます!」
いつの間に手続きをしていたのか、操作していたスマホの画面を見せつつ、きさらがそう言った。
「テストも終わっているし、集中できるわね。戦果を期待するわ、きさらちゃん」
さやかは、きさらに軽く、敬礼のしぐさをしつつ、そう言った。
「寒いから、防寒対策はしっかり、ね」
佐月が続く。
「はいー!張り切ってやっちゃいます!」
その週の土曜。きさらはリースやミニツリーなど、クリスマス用のグッズを凪浜市のデパートの特設売り場で販売するバイトを見事にこなしてのけた。
支払いは現金、さらに色を付けて500円プラスの1万円をきっかりもらえたのは、年末の繁忙期に労働する者にとって小さな歓びといえた。
そうして、気ぜわしい日々の中、12月23日はあっという間に到来したのだった。
次回。
格式高きホテルレストランで、豪華なディナーを堪能しつつ、少女たちが聖夜を過ごす。
「クリスマスディナー/後半」
お楽しみに。
【続く】
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