第2話「聖福音女学院フェスティバル2017」

聖福音女学院物語





第二話「聖福音女学院フェスティバル2017」





聖福音女学院は、明治大正時代に組織・活動開始をした奉仕団体「聖福音会」が立ち上げた学校法人である。



1985年に正式に当時の文部省より認可を受け、1986年から生徒の受け入れを始めていた。



系列校として聖福音女子大学があり、下級校である幼稚舎及び小中の学校は有していない。



そのため聖福音の系列校に入るには、私立枠の高校受験ないし大学受験を受けなければならなかった。



最も学校自体の受験偏差値が50から高くてもせいぜい55程度であり、神奈川県内においてそう特別高くはなく、さらに一度女学院に入ってしまえばほぼエスカレータ方式で聖福音女子大に上がることがきる。



そのため神奈川県民にとってはメジャーな存在であり、県内において高い知名度を誇る学校だった。



この学校の特徴として、文化祭と体育祭の時期が神奈川県内の他の学校に比して大きく分かれているという点がある。



少し前までは関東圏の学校では、体育祭と文化祭を2学期のほぼ同時期にやるのがメジャーであった。



また学校によっては、ある年は文化祭、次の年は体育祭…と順繰りで行っているところもあった。



しかし、聖福音女学院では設立当初より5月ないし6月に体育祭を行い、11月初めに文化祭を行うというルーチンが定着していた。



これは聖福音会の幹部に北海道出身者がいたためである。北海道では運動会、体育祭を初夏のシーズンで行うのが定例であったためだ。



文化祭、修学旅行、大学受験の本格化とイベントが目白押しする時期に体育祭を行うのは重複による学校運営の煩雑を招くリスクがあるため、現在では半数以上の学校が、これと同じく5月か6月に体育祭を行う形としているようである。



このように、他の高校に比べ文化祭にエネルギーを注げる体制が当初より整っていたため、伝統的に聖福音女学院の文化祭、通称「聖福音フェス」は有名かつ大規模なものとして毎年開催されるのが慣わしになっていた。



第一話において2週間前まで出し物の受付をしているとの発言をあかしあ会々長三条院冬美がしていたが、このように生徒の自主性をかなり直前まで受け入れて流動性を確保している。



入場には特別なチケットなどは必要なく、誰でも入ることができる。無論、JKとの交流を目当てに来るお客さんも多い。



ただ無論、人が集まるということは違法行為の危険性も高まるため、警備員として民間のセキュリティ会社をアサインするほどの熱の入れようだった。



しつこく連絡先を聞く、ナンパをする、などの行為には、警備員が介入することがありますと事前にパンフレットや事務局がアナウンスしており、これにより、生徒と外部来場者の健全な交流を図るものであった。





聖福音女学院、正門。

午前10時。



颯爽とした心地よい秋風の吹く行楽日和。開催決定を知らせる花火が3発鳴ると、正門で冷姫と待ち合わせをしていたさやかのハートも、一層高鳴った。



服装は学生服だが頭にオフホワイトのヘッドドレスを装着し、鞄はバイブルを模したアンティークなもの、そして、厚底のロックシューズを履き、ロリータファッションのコーデに寄せている。



「おはよ!待った?」



冷姫が現れる。冷姫も制服だが頭にディープブルーの薔薇のコサージュを付けており、靴と鞄はさやかとお揃いのものだ。いわゆる「双子」を意識している。事前に、携帯のチャットアプリで「双子コーデしよう」と申し合わせていたのだった。



「ぜんぜん待たなかったわ、それより、このアーチ見て!毎年すごいわねえ」



「ほんとだね」



正門には、「聖福音フェスティバル2017」と大きく文字打ちされたアーチが設置されていた。



いくつもの花や星の切り絵で飾られており、多々の色彩のセロファンを使っているため、それは一つの壮大なステンドグラスのようにも見えた。



近隣の都市でいえば平塚市のたなばた祭りにおける七夕飾りのように、毎年全校の生徒を動員して作られるこの壮麗なアーチは、凪浜市の秋そのものの風物詩となっている。



さやかと冷姫は、実はこのアーチ作りに参加していない。それは、単純に彼女たちが学校に来ること自体が少ないからだ。



さやかは日光がそのまま身体を突き抜けていってしまいそうなほど蒼白な肌を持ち、喘息、偏頭痛、ダニ・ホコリアレルギー、うつ病、適応障害、虚弱体質と、持病だけで百科事典が作れそうなほどの勢いの病弱少女である。



そのため、まともに登校できるのは、コンディションを整えてもせいぜい週に1日か2日くらいだった。



体育も毎回見学である。クラスの先生には病状をこまめに伝えており、試験日には登校しているので、一応、現状の出席日数でも聖福音女子大学への進学は可能と判断されていた。



そして…さやかとは逆のベクトルで出席日数が少ないのが、諏訪慶子こと冷姫である。



彼女は主に原宿界隈において、読者モデルやサブカルチャーのフィールドでの活動をしているのだ。



青文字系ファッションKIRA!の冷姫と聞けば、原宿のサブカル人のみならず秋葉原のオタクも名前くらいは聞いたことがある程度の知名度を有していた。



冷姫の場合、学校に来る日を、予め毎週木・金と決めていた。週の前半はモデル・アイドル活動に尽力し、後半は高校生活を謳歌する、というサイクルを回していたのだ。



こういう関係の二人であるため、彼女たちは1学期が始まり、7月初旬に期末試験が始まるまで、お互い全く面識がなかった。



「すずかけ」「すわ」と50音順で近いため席が続いているので、試験の合間の休み時間に、冷姫が試験の出来についてさやかに話しかけたのがきっかけだった。



さやかの第一印象では「KIRA!にいそうな原宿系の子が後ろにいる」程度であったが、その諏訪慶子の正体そのものがKIRA!モデルの冷姫とさやかが知ったとき、非常に面喰ったのも無理はない。



その後二人の関係はどんどんと発展していき、夏休み中はとにかく遊んだ、遊んだ。



さやかの体が弱いため遠出こそできなかったものの、横浜、秋葉原に毎週のように通って遊びに行く仲となっていた。



「まずはどこいく?本部?」



冷姫。



「えっとね…このまま漫研に行ってもいいかしら?」



「うん、私も興味あるな」



さやかは重度のオタク女子であった。



黒髪のおかっぱ頭と白肌が清純な雰囲気を醸し出しているが、実はゲーセン通いが趣味で、アーケードゲームにおける全国上位プレイヤーだったりする。



古き良き原宿文化、こてこてのゴシックロリータに身を包んだ少女が、アーケードゲームの筐体の操縦桿を握り戦闘に白熱する姿はなかなかに、ケレン味に溢れた光景だった。



「鈴懸さんだ!こんにちは」



さやかは漫研にもある程度顔が効く。



入学したての1年生のとき、あかしあ会と出会う前は漫研に入ろうとしていたが、会報誌の締め切りと納期管理がタイトであり、さやか自身、登校日数も少なく活動体制を確保できなさそうであったことから入会を自重したのだった。



結局、帰宅部(いや、病欠部というべきか?)のまま3年生に上がり、三条院冬美の勧誘を受けて、拘束の緩いあかしあ会に入ったのだった。



元々器量の良い言動と、紅茶、お菓子に関する造詣の深さ、さらに日商簿記3級を保有しており金銭管理に長けていたことからメンバーの信任を勝ち取り、在籍半年足らずで副会長の地位に昇格した。



漫研については、SNSで幹部メンバーと個人的に交流しているようだ。



「このアニメ、2期まで見たよ!騎士の男の人のキャラが萌えるのよね、ああいう精悍で誠実な男の人、ツボだわ」



「褐色の肌を持つ領邦騎士団長、ラビ・ハルト・アムンゼンだね!2メートルもある剣で無双するし、熱いね!」



展示されているイラストや短編漫画をネタに、話が弾んでいるようだ。



冷姫は漫研にはコネがないので、展示をなんとはなしに閲覧していた。



クリエイター系の活動では、何がインスピレーションの基となるかわからない。



だが、普段はアニメゲームを消化する暇はほとんどない。



KIRA!モデルの子との話題作りにもなるので、興味のありそうなアニメ作品を2,3ほど脳内にインプットした。



「ごめんなさいね冷姫ちゃん。すっかりディープなオタトークに浸っちゃって、きひひひひ」



謎の電波笑いをするさやか。



やはり、かなり独特な雰囲気の少女だ。



まぁ、それは私も同じだけど…



原宿・アキバ界隈で勝ち取った名声に小さいながらも尽力していく、一種アヴァンギャルドな自分の人生の姿勢に対して、冷姫はそう心の中で独り言ちた。



「次はどこに行くかしら?おなかは空いてない?」



3階の廊下を並んで歩きつつ。



「一回、本部に行こうよ!ふゆふゆに挨拶したいし、パンフレット見て行き先決めよう」



冷姫は友人に独特の呼び名を付ける傾向があり、冬美のことを「ふゆふゆ」と呼んでいた。



「そうね!」



文化祭本部は、生徒会が直接的にスタッフとなり運営されていた。



冬美は生徒会では書記職だが、今回の文化祭では雑用要員らしい。



「冬美ちゃん、お疲れ様!」



さやかが、ソプラノに近いハイトーンで声を掛ける。



さやからが訪れたときには、冬美は受付に座り、パンフレットを来場者に渡す仕事に就いていた。



平安時代のお姫様のような、しなやかに腰まで伸びた姫カットの髪が目を引く。



背筋を少しも曲げない、凛とした姿勢で業務をこなす冬美。



さやかは引きこもりで少し猫背の気があるため、幼少からお嬢様としての人格を叩き込まれている冬美が、正直かっこよかったし羨ましかった。



「お祭り、楽しめているかしら?私は楽しいわ、ここに来る人、みんな笑顔だから」



冬美。



「まだ漫研しか回ってないんだ!パンフ見て決めようと思って」



「なるほど、じゃあこれ、ご覧になって」



パンフレットを2部渡す、冬美嬢。



「ありがとう!」



ぱらぱらとパンフレットを見るさやかと冷姫。



と、



「少々、失礼」



冬美は隣の役員に断り、席を外して立ち上がり、後ろを向いた。



どうやら、スマホを見ているらしい。



3年生になりあかしあ会に入ったとき、冬美は正直、非常にお堅いキャラクターだった。



電話以外はスマホの通知が鳴っても、人前では一切それを手に付けるそぶりを見せない。



それが、受付業務をしながらでもスマホを見るようになった今の姿を見て、彼女もかなりフランクになったものだ、精神に余裕が出てきたんだな、と冷姫には感じられた。



「くれあさんと夏子さんも今合流したそうよ、もうすぐ受付に来る、て」



後輩に対しても、丁重に「さん」付けを崩さないのが冬美だ。



「ほんと!じゃあ、ここで会っちゃおうか!」



「3分も待てば来るはずよ」



そのとおりで、3分ちょうどと体感時間で思えるタイミングで、2年生組が来た。



「こんにちは、冬美姉様、さやか姉様、冷姫姉様」



くれあと夏子の2人は、丁寧な挨拶をしてくれた。



「あらあら、こんにちは。2人もたくさん楽しんめるといいわね!漫研がお勧めよ!」



にっこり、と慈愛を含んだ笑みでさやかは言う。



「漫研!今2期やってるアイドルアニメくらいしか見てないけど、話題合いますかしら?」



「大丈夫よ、あそこの子たち、みんなコミュ力高いから」



「じゃあ、あとで行こうか、くれあちゃん!」



夏子がさやかの提案に対し、そう同意する。



「うん、じっくり楽しんでね」



冬美の表情とトーンが、少しだけ落ちたのを、さやかは悟った。



冬美とくれあは、「姉妹契約」を結んでいる。



いわゆる先輩・後輩の関係をさらに強く結んだ、この学校に特有のインフォーマルな制度だ。



姉妹契約を結んだ女生徒たちは、学内、学外、色々な面で助け合い絆を深めていくのだ。



しかしくれあが2年生に、冬美が3年生に入ったとき、くれあには、夏子という無二の親友ができた。夏子が、厳しいスポーツ部活動の息抜きにとあかしあ会に入ったのもそのタイミングだった。



さやかにはわかっていた。くれあは、夏子におそらく恋心に近いレベルの憧憬を抱いている、と。



もちろん冬美との関係も大切にするだろうが、まず、くれあと夏子がカップリングを組んでこの文化祭に参加する、というのを先日の中間試験後に聞いた時点で、部外者のさやかにすら、何かしらこの人間関係にあらぬ誤謬を生じさせるのでは、という懸念を抱かせるものがあった。



しかし、それはスリリングな反面、ちょっと興味深い三角関係でもあった。



だって、「夏」子ちゃんに「冬」美ちゃん。



くれあちゃんを取り合う二人、名前の季節からして、正反対だしね。



さやかとしては、彼女たちの恋情・姉妹愛の行方をひっそりと見守っていく方針だった。



冷姫ちゃんや1年生組の佐月ちゃん、きさらちゃんたちとのいい茶飲み話にもなるし。



策略と野望に括りつけられた不敵な笑みを、誰にでもない虚空に向けてひとり浮かべる、策士さやか。



さて、ここからは登場人物を、2年生組の二人にシフトしよう。



受付で3年生組と分かれたあと、くれあと夏子はさやか姉様に勧められた漫研の展示を拝見し、そのあと、食堂に来た。



食堂では、あかしあ会とは異なる社交サークル―面々を見る限り、校内最大手のなでしこ会だ―が、メイド喫茶を開いていた。

ミニスカートにピンクの布地、白いフリルのキュートなメイド服に身を包んだ女の子たち。



「あ、近衛先輩だ!きゃあっ!」



「やっぱり夏子ちゃん、人気者ですわね」



夏子はバレー部のレギュラーだ。その長身とスポーティなルックスもあり、あかしあ会の内外に熱烈なファンを抱えていた。バレンタインのチョコレートも、今年はデパートの紙袋一杯にもらっていた。



「とりあえずお紅茶を二つと、クッキーセットをお願いしますわ」



「はい!」



ほどなく、紅茶とクッキーをトレーに盛り合わせたものが運ばれてくる。



紅茶は…正直、さやかが淹れるそれに比べて圧倒的にクオリティは低かった。



茶葉はオレンジペコーだろうか。



こんなぬるい温度で淹れていたら、茶葉が開ききらないのですわ。



だけどクレームは付けず、今はこの場の雰囲気を楽しむことを重視しよう、そう、くれあは心に決めた。



「文化祭って、いつもと学校の雰囲気が違っていいね」



夏子がそう言う。



「ですわね、聖福音っておとなしい子が多い印象ありますけど、自由闊達で活気もちゃんとありますのね」



茶を啜りつつ、くれあ。



「何か見たいものはある?」



「えっと…実は私、特にないんですの」



「偶然ね、私も!」



「じゃあ、ここでのんびりお話しましょうか」



2人きりで、積もる話もありますし…



くれあが言う。



「そうだね、私さ、ずっと気になってることがあるんだ。1年生の、優等生な佐月ちゃんとギャルギャルした子のきさらちゃん、あの二人って」



「えぇ、もう本物レズの領域ですわよ」



おおっ。

予想はしていたのだろうが、呆気に取られた、という表情の夏子。



「やっぱり!この学院、百合カップル多いよね。くれあちゃんと冬美姉様みたいな、姉妹も多いし」



百合カップル。



姉妹。



夏子からこの単語が出て、少しだけどきっ、とくれあの胸が鳴った。



冬美姉様は心の底から慕っている。



くれあの母親は会社役員、冬美の家系は日本有数の財閥。



それゆえ、幼少より英才教育を受け令嬢的な立ち位置を求められてきた二人には、ある種戦友として世間を渡り歩いてきたような連帯感があった。



くれあも、幼いころは相当習い事をさせられていたし、冬美は社交界のどこに出しても通用するよう、マナーやお作法を叩き込まれている。



だから、その苦労を分かち合えたので、あかしあ会に入ると同時に、冬美と姉妹契約を結んだ。



ずっと、在学中、そして将来に亘って、生活を共有しサポートし合っていこうと、心に強く決めていた。



しかし、2年に入ったとき、夏子との出会いが関係に変化を与える。



1学期に入りたての体育の授業の日、その日の種目はバレーボールだった。



クラスで6組に分かれ、試合形式で短時間のゲームを回していく。



くれあは小柄で、運動神経も最低ランク。



必然、相手チームはくれあを「穴」とみなし、執拗にアタックを仕掛けてきていた。



こういう時、女社会の本質が出るものだ。



ボールに懸命に反応し返そうとするも、そのまま転がって、どちらが自分でボールかわからないくらい、無様にこけて地面を回ったりしていた。



後半になって、体育教師がそれぞれの成果でチームのメンバーを振り替えなおした。



そのときだった、くれあと夏子が邂逅したのは。



「祇園坂さんだよね、私がサポートするから、無理して動かないで大丈夫」



くれあを狙う弾を、完璧なレシーブとトスで返す夏子。



中途半端なアタックであれば、そのまま壁となってスパイクを返し、ポイントに繋げてしまうプレーすらあった。



そしてチームは全戦、全勝。



まるでナイトのように、私を守ってくれる近衛さん。



この日を境に、くれあは夏子の、そのスポーティなキャラクターに惚れてしまったのだった。



それから数日して、部活動も素晴らしいけれど、社交サークルで息抜きはいかが、と、半ば会を利用する形であかしあ会のメンバーに勧誘、そして、今に至る。



ここは食堂であるので、そのまま食事を取った。



無論、くれあは例の地獄の激辛マーボーカレーである。夏子はデミグラスハンバーグ定食、無難なチョイスだ。



1年生や3年生の事情、冬美の社交界での活躍と困難など積もる話を平たくなるまで消化すると、すでに時刻は14時に近かった。



「そろそろ何か観に行きましょうか」



「そうだね」



パンフレットを広げつつ、廊下を歩く二人。



と、


「ここ、何の部屋?」



教室の一つに、人影のないところがあった。



「あぁ…これは、単なる器材置き場ですわ」



「なるほど…」



夏子。



「どんな器材が置かれているのかしら?ちょっと見てみませんこと?」



そうして、二人はがらがら、と引き戸を開け、その孤立空間に入り込んだ。



置いてあるものは机が大半で、ほかに、軽音部がライブで使うと思わしき楽器やアンプ、そしていくつかの段ボール箱が置かれていた。



施錠していないことから、貴重品はないようだ。



廊下からは女生徒が行き交う黄色い声が時折響いてくるが、誰もこの教室に目を留めない。



「本当に何もないね、出ようか」



夏子がそう言いかけたとき、



とさっ。



「…っ!」



突然の「壁ドン」。



積まれた机に向かって、夏子を押し付けるくれあ。



「夏子ちゃん…こういう密室で、みたいなの…ちょっと興奮しません?」



少しだけ頬を紅潮させて、くれあ。



お互い身長差があるので、媚びた上目遣いでこちらを覗き込んでいる。



「で、でも人が来たら…」



「大丈夫ですわ、誰も気づきませんわ…」



そういって。



ぎゅう。



机が上下逆さになって形成されたエアポケットの空間に夏子を押し倒し、そのまま抱き着くくれあ。



「夏子ちゃん…どきどきしてる…」



「だって、こんな急に…」



「そんなに心臓を鳴らせていたら、外の子に気づかれちゃいますわよ?」



「ちょっ…そんなわけ…」



詭弁に近いレトリックであることを理解しながらも、その言葉の攻勢に、自身の感情を大きく揺さぶられてしまう夏子。



「ね、キスして…よろしいですか?」



「え?えっと…」



そのとき。



がたっ



上に積まれていた机が傾いて、落下しそうになった。



危ないっ



夏子をそのままひっくり返して、上部の机を背中に押し付けて、落下を食い止める夏子。


「きゃっ?」



机はまた安定姿勢に戻ったが、今度はくれあが夏子に押し倒されている形になる。

体格差があるから、まるで夏子ちゃんに包まれているみたいっ。



ポニーテールが首から胸の部分に掛かっていて、女の子の元気なさらさらヘアの感触が、恋心を燃やしていく。



あ、あ、これっ…



私が望んでいたシチュエーションですわ…



きゅうん。



ときめきを抑えきれないくれあ。



そして。



「ちゅっ」



夏子の制服の襟を柔らかく掴み、夏子を下方に抱き寄せて、そのまま唇を奪ってしまった。



あぁ、夏子ちゃんの唇、柔らかくて甘い味がしますわ…



くれあちゃん、こんな積極的だなんて…



お互い、貪りあうように唇を交わす。



そして、



「はぁっ…くれあちゃん、ずるいよ、こんなの…」



唇を離すと、しっとりと濡れた唇から唾液が糸を引く。



「ふぁっ…冬美ちゃんが素敵過ぎるからいけないのですわ」



お互いがそういい出して、女同士の関係特有の、どこかアンタッチャブルで気まずい空気が流れた。



が、



「ふふっ…憧れの夏子ちゃんと密室キスできて、夢が一つ叶いましたわ」



「私も…くれあちゃんとてもかわいくて、ずっと、ちょっとくらいならこういうのもいいな、て思ってた!」



自然に、明朗な笑みに変わった。



「でもこれ以上机が倒れたら危険だし、このへんにしておきましょうね」



共同作業で机をがっしりと組み合わせ、二人は空き教室を出た。





文化祭は16時に全ての展示が終了、18時まで撤収や片付けがあり、その後は後夜祭となる。



後夜祭は、生徒のみが参加するイベントだった。



グラウンドでのキャンプファイアーである。



座席と木材の設置、点火作業を終え、冬美は、集合していたあかしあ会のメンバーと合流した。



ほのかに当たる火の熱が優しく、頬に熱を与えてくれる。



冬美、さやか、冷姫、くれあ、夏子、佐月、きさら。



全員が一か所に固まって座っている。



天気は一日、快晴に近かった。



完全に落ちかけた夕焼けが美しい。



「楽しい一日だったわねえ…でも疲れた、眠いわ」



さやか。



「そうね、明日はお休みだし、ゆっくり夜を楽しみましょう」



生徒のうち十数人が火元に円を囲み、マイムマイムを踊っている。



あかしあ会のメンバーは秋の夜の風と炎の熱に酔いながら、うっとりとその光景を眺めていた。



あかしあ会にとっても、2017年の文化祭は最高の思い出になったといえよう。





次回。



気温が一気に下がり、厳冬の到来を仄めかす年末。



近づくクリスマス、あかしあ会々長冬美の提案により、会のメンバーを招いた華やかな宴が開催される。



「クリスマスディナー/前半」



お楽しみに。



【続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る