シュガー・メルト

六連 みどり

第1話

 はちみつ、ガムシロップ、シュガーに角砂糖。女の子はあまい、あまい砂糖でできている。素敵な飲みおとこのこに出会って溶けて、ひとつになって甘い恋ができるのを夢みている。


 なんて、これは親から伝えられてきた甘い甘い夢物語で、現実は18歳までにパートナーに出会えなければ期限が切れてしまいますよってそう言う意味の物語だった。


「あぁ、現実は甘くない」


「ため息なんでついてどうしたの、すみちゃん」


 幼馴染みのお茶であるみどりくんが心配そうに覗き込んでくる。彼をみて、わたしは再び大きなため息をついた。

 幼馴染みなんて少女漫画では王道中の王道なのに恋愛に発展しないのは、私が角砂糖で彼がお茶だからだ。溶けあえても上手くはいかない。緑くんには、おはぎのようなゆったりとした女性が合っている。

 かくいう私自身も紅茶やコーヒーなどの男性の方が合っている。お互いにどんな人と合っているのかわかっているからこそ、良い友人でいられるのだ。

 いや、でも、たまに幼馴染みがお茶ではなく紅茶やコーヒーだったらよかったのにと考えてしまうのは、私がもうすぐパートナーもいないのに18歳を迎えるからだろうか。


「人生ってこんなにも辛い」


「人生って……またパートナーのことで悩んでるの? コーヒーなら角ちゃんの近くにいるでしょ。ほら」


「やめて、アレの名前は言わないで。呼んだら来る」


「呼んだらってまさか、マキくんは……うわぁ!?」


 いきなりソレは緑くんと私の間に割って入るように現れた。ニコニコと静かに笑いながら立っている。


「呼んだ?」


「呼んでない、呼んでない。呼んでないからお帰りください」


「……うわぁ、ほんとにきた」


 若干引きぎみの緑くんにほら見たことかと頭を抱える。割って入ってきた彼こそ、コーヒーのマキくんだ。


「角ちゃんに呼ばれた気がしたんだけど……?」


「私はこれっぽっちも呼んでない」


「そっか……」


 しょんぼりと落ち込むその姿は、まるで黒い犬が耳を垂らしている姿と重なる。

 コーヒーとは苦くて甘い大人な恋ができると雑誌の体験談でみたことあるが、今の彼とその体験談は到底結びつかない。


「マキくん、やはりここでしたか」


 ひょこり、と男性が窓から教室を覗き込んできた。少し赤みがかった髪色の彼は紅茶のこうくんだ。優しくて気がきくとても穏やかな人だ。


「あー、紅。どうかした?」


「どうかした? じゃあ、ありません。会長のあなたがいなきゃ会議もすすめられませんよ」


 会議を抜け出されては困りますと紅くんは困ったように眉をハの字にさせて笑う。


「あー、うん、もどるよ」


 マキくんと紅くんとの関係、それは意外にも生徒会長とそれを支える副会長という関係だ。そのことにも驚くが、この学校を仕切る生徒会長なのがマキくんというのがなによりも驚きだ。


「じゃあ、角ちゃんまたね」


 ゆったりと手を振ってマキくんは教室を出て行く。彼はいったい何をしに来たのだろうか。


「あの、紅くん」


「これは、これは角さん……なんでしょうか?」


「マキくんが生徒会長で本当に大丈夫でしょうか? 紅くんは、不満に思ってたりしません?」


「不満に……ふふっ」


 何がおかしいのだろうか。笑う紅くんを見つめながら首を傾げた。


「どうやら、角さんは生徒会長としてのマキくんを知らないようですね」


「生徒会長としての、マキくん?」


「えぇ。ところで角さん。今日の放課後お時間ございますか?」


「え? ありますけど」


「それでは、教室まで迎えに来ますので待っていてください」


 生徒会見学をいたしましょう。


 紅くんはそう言って私の答えも聞かず、教室を出て行った。



 放課後、紅くんは宣言したとおり迎えに来た。にこにこといつもよりどこか生暖かい笑顔なのは気のせいだろうか。

 しばらく歩くと渡り廊下から特別棟にうつる。この棟には美術室や音楽室があるが通常あまり来ることのないところだ。特別棟の最上階へとたどり着き、そのまま奥へと進むと一番右端に生徒会室があった。


「きっと、驚きますよ」


 紅くんはそう言いながら扉に手をかけ、開く。

 静かな音しか聞こえていなかった耳が一気にたくさんの声と機械の音で騒がしくなる。


「うーくん、これ。出来上がったから風紀室」


「ほいほい」


「会長、次の予算案報告書ですが……」


「いまやってる」


 カタカタとキーボードを打ち、他の役員に指示を出しながらも自分の仕事に取り組む。いつもゆるっとした雰囲気とは違うその姿に、思わず見惚れてしまった。


「会長、どうぞ紅茶です」


「ありがとう、紅の入れる紅茶は美味しいから。嬉しいよ」


「おそれいります」


 いつの間にか、隣にいた紅くんはマキくんの隣でティーカップを置いていた。

 ふぅ、と一息ついたマキくんがこちらを向き視線が合う。


「角ちゃん、来てたんだね」


「う、うん」


 いつものゆるっとした雰囲気のマキくんなのに、何故か心臓が壊れそうなくらいに高鳴っている。落ち着かなくて視線をあちこちに向けていると紅くんにトントンと肩を叩かれた。


「紅茶とケーキを用意しましたので、ソファに座って待っていてください」


「あ、はい……」


「ごめんね、すぐ終わらせちゃうから」


 申し訳なさそうにしながらマキくんは、目の前の作業に戻った。

 タップダンスを踊るかのようにキーボードを打つ指、画面を見つめる真剣な眼差し。その姿をただひたすら見つめているとマキくんはグッと背筋をのばしてから全身の力を抜いた。


「ふぅ、おわったー」


「お疲れ様です」


「え、もう終わったの?」


 壁にかけてある時計をみると長い針が9つも進んでいた。せいぜい10分くらいだと思っていたからか、そんなにも経っていたのかと驚いた。


「おわったよ。角ちゃんいるから、いつもより捗っちゃった」


「それで?」


「はい?」


 にこにこと笑顔で紅くんが聞いてくる。首を傾げた彼に対して私自身も首を傾げた。


「生徒会長のマキくんはどうでしたか?」


 生徒会長のマキくん。ふわふわの綿あめみたいに優しくてゆるっとした雰囲気とは違って、コーヒーの大人っぽさが微かにみえた気がした。そう、生徒会長のマキくんは——。


「……かっこよかった」


「え! ほんとに?」


 マキくんの顔が急に近づいてきた。きらきらと何かを期待するかのような瞳に耐えきれず、わたしはそっぽを向いて小さく頷いてから逃げるように生徒会室を出た。

 心臓も顔も、全身すら火照ったように熱くなる。このままだと全身が甘くとろけてしまいそうだった。




***



 角砂糖の一欠片が真っ黒なコーヒーに落ちて、溶ける。


 まるで夜空に星が落ちたみたいですねと紅は言った。


「夜空にすべての星が落ちるのも、そう遠くないんじゃないんですか?」


 そうならいい。早く落ちて、すべて自分のものになればいいと思う反面、すべては落とさなくていいと思う。


 砂糖は溶けると消えてしまうから。


「もしかしたら、俺はブラックホールなのかも」


「どうかしましたか、マキくん」


「いや、なんでもない」


 はちみつ、ガムシロップ、シュガーに角砂糖。女の子はあまい、あまい砂糖でできている。コーヒー、紅茶、お茶に炭酸、男の子は飲み物でできている。


 女の子は男の子に恋して溶けてひとつになって、消えていく。

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シュガー・メルト 六連 みどり @mutura

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