第57話  この子の七つ?のお祝いに

「う、うう……こ、ここは……?」

「あっ、我が君! お目覚めになられましたか!」

「良かった、下手すりゃこのまま目覚めないんじゃないかと思いましたぜ……」


 パチパチと目を瞬かせると、心配そうな表情で俺を見つめているクロとハタケの顔が視界に飛び込んでくる。二人の頭の向こう側には部屋の天井も見える。どうやらいつの間にか俺は布団の中で横になっていたみたいだ。


「さ、さっきまでエルカさんと一緒に鷲巣麻雀してはずなんだけど、あれは夢だったのか……一体、俺の身に何があったんだ……?」

「あれ、覚えてないんですかい? 旦那は三日三晩尻芸を見事やり切った後、盛大にぶっ倒れてそのまま十日も眠っちまってたんですよ」

「えっ、と、十日も寝込んでたの……? マジで言ってる?」

「ええ、我らだけでなく若君も大変心配しておりましたぞ」

「坊っちゃーん! 旦那が目を覚ましましたよー!」


 のろのろと上体を起こしながらハタケが声をかけた方を見やると、京四郎がトテトテと俺の方へ向かってくるのが目に入る。おお、我が守護天使よ……! その愛くるしい様子だけでご飯どんぶり三杯は余裕だぞ……!


「心配かけちゃってごめんな、京四郎……この通り、俺はちゃーんと生きてるからな。もう心配はいらないぞ……」

「いやはやしっかし、旦那の尻芸は鬼気迫るものがありましたねぇ。最後の方なんて村人全員感動のあまり号泣しちゃってましたもん。確かにありゃ一度目にしたら二度と忘れられませんよ!」

「我が君の雄姿、我らが責任を持って未来永劫に渡って語り継ぎ、伝説として世に広く知らしめて見せまするぞ!」

「京四郎、ちょっと外で超巨大ゴーレム作ってこの二人と遊んでやってくれるか。ここ最近の記憶が全部ぶっ飛んじゃうくらい豪快に頼むわ」

「ちょ、急になんでですか旦那!?」

「我が君ご乱心!? また横になった方が良いのでは!?」


 わたわた慌てるハタケたちの首根っこを京四郎が作ったヨウカさんとカンタさんのゴーレムがガシッと掴み、二人は「なんでぇーっ!?」「我が君ィーっ!」という悲痛な叫び声と共にズルズルと外に引っ張り出されて行った。お前たちは知りすぎたんだ、この世界の秘密をな……。


 すると出て行った京四郎たちと入れ替わるようにして、今度はセツカ、マリー、ハトちゃんの三人が家の中へと入ってきた。セツカは俺の姿を見るなり「あ、騒がしいと思ったらやっぱ起きてたんだね」と言葉を漏らす。どうやらあいつらの叫び声が外にまで聞こえちゃってたみたいだな。


「いやー、ちゃんと目が覚めて良かったね~。流石のシンタローも今回はもう駄目かと思っちゃったよ?」

「これはあたしの絶妙の合いの手と手厚い看護のおかげと言っても過言では無いわね! 寝てる間も妖精汁を欠かさず補充してあげてたしね!」

「待ってくれ、後半の情報のせいで今度こそマジで死にそうなんだが」

「どういう意味よ!? 霊験あらたかだってずっと言ってんでしょうが!」


 十日間も妖精汁漬けにされるとか、エルカ送りにされるのに負けず劣らずの拷問だろ……ウッ、吐き気が……。


「しかし、マキノさんが尻芸を披露するのをずっと渋っていた理由がようやくわかりましたよ。あれほど凄まじい芸をぽんぽんと披露されてしまっては見ている我々の身が持ちませんものね……」

「いや、見る側の問題じゃなくてやる側の問題なんだけど……」


 十日もぶっ倒れてたんだからそこは流石に気づいて欲しい。


「にしても、あんたが尻芸やり出して三日目に突入した時の顔つきと来たらすごい事になってたわよ? 今思い出してみても笑いがこみ上げてくるもの。前にあんたが言ってた『びでおかめら』ってので保存しときたいくらいだったわ!」

「なぁセツカ、殴道宗の奥義に記憶消すような技ってねえの?」

「あ、それならちょうど『腹パン』に着想を得た新技を思いついたとこなんだよ! その名もズバリ『頭がパン』っ!」

「よし、それでマリーの記憶を消してやってくれ。綺麗さっぱりとな」

「いやそれ記憶だけじゃなくて命も消えるやつでしょ!? そんなに嫌ならあんたこそ消してもらいなさいよ! 存在ごとね!」

「ざけんじゃねえ! 俺は被害者だぞ!? それに前々からお前の存在を消してやりたいと思ってたからな、今回がちょうど良いきっかけだろうが!」

「ちょっとー、元気になったのは良いけどうるさいから喧嘩しないでよー? それに別にこの技に回数制限は無いんだから、お望みなら二人とも頭をパンってして記憶を消してあげ――」

「おっとなんだか急に記憶が薄れて来たぞ。そうは思わないかマリー?」

「あら本当ね。なんだかあたしも十日前の記憶が薄れてきてる感じするわ」


 命の危機を目の前にし、俺とマリーは息の合った連携プレーで頭をパンッとされる危険を未然に回避した。ふう、危うく共倒れになっちまうとこだったぜ……マリーの存在を消し去りたいのは山々だが、こっちの存在まで消えちゃったら意味無いしな。マリーを消すのはまた次の機会にするとしよう。


「さてと、十日も寝たきりだったし、ちょっと外で体でも動かしてリハビリでもするかな。久々に草原の小屋まで戻らなきゃいけないし、体力を取り戻さないと……そういや長いことピーちゃん放置してるけど大丈夫なんかな……前みたいに増殖してなきゃいいけど……」

「ぴーちゃん……? シンタロー、一体何の話してるの?」

「はあ? 何の話も何も、化け物植物のピーちゃんの事に決まってるだろ? お前が命名までして一番可愛がってたじゃんか」


 そこまで話してみてもセツカはきょとんとした顔で不思議そうに首を傾げているだけだった。こ、こいつまさか……!?


「お、お前……まさか、ピーちゃんの存在を忘れて……」

「あああ~~~~っ!! ピーちゃんねピーちゃん! いやあ本当に心配だなあっ! ずっと草原で一人きりで寂しがってたかと思うとこっちまで胸が苦しくなっちゃうよ! 帰ったらうんとかわいがってあげなくっちゃねっ!」

「いや白々しいわ! お前絶対ピーちゃんのこと今まで忘れてたろ!? 忘れるくらいならもう引っこ抜いても良いんじゃねえのか!?」

「良くない! ピーちゃんに手を出す輩は私が許さないよッ!?」

「うおいっ! わ、分かったから俺にこぶしを向けるな! ピーちゃんより先に病み上がりの俺に気を遣ってくれよ!」


 くっ、こんな事ならピーちゃんの話題なんて出すんじゃなかった……! ピーちゃんを始末する絶好の機会だったのに……今度またしばらく遠出する機会があったら、こっそり草原に戻ってピーちゃん引っこ抜いちゃおうかな……この様子じゃ多分セツカも気づかないだろうし。


「ねぇシンタロー、まさかこっそりピーちゃんを引っこ抜こうなんて考えてないよね?」

「あ、それ思ってるの俺じゃなくてマリーだぞ。さっき外で悪そうな顔しながら『ピーちゃんに妖精玉喰らわせて窒息死させてやる』とか呟いてたしな」

「いやあんたずっと室内で寝てたでしょ!? 流れるようにあたしに濡れ衣着せんなやゴラッ!」

「う~ん、二人とも怪しい……後でぽっくりと話を聞かせてもらうからね」

「それってもう既に俺たちの死刑が確定してるよね?」


 誰かこいつに推定無罪って概念を教えてやってくれマジで。


「まぁその話は一旦置いといて……とりあえず肩貸してくんね? ずっと寝てたからか体の節々が痛くてさ……」

「も~、しょうがないなぁ。シンタローって神の眷属のくせにちょっとヤワなんじゃない?」

「お前は三日三晩ぶっ続けでブリブリしてないからそんな事が言えるんだよ……俺に何か意見したいんならブリブリ地獄を味わってからにしてくれ」


 ブリブリ言いながらもセツカに体を支えてもらって布団から起き上がっていると、家の戸口からライタとムツメが順に家の中へ入って来るのが目に入った。ライタたちも俺の様子を見に来てくれたのかな……おや? 何だか急に視界がぶれ始めたような……地震か?


「ちょっとシンタロー、そんなにブルブルされると支えにくいってばー。体の震え止めてくんない?」

「ああなるほど、どうやらライタたちを見たせいでトラウマが刺激されて、俺の体が激しい拒否反応を起こしちゃってるみたいだな。悪いがこればっかりは俺の意志じゃどうにもならん。しばらく我慢してくれ」

「なんであんたはそんな妙に冷静に分析してんのよ……」


 窮地に陥るとかえって冷静になる現象、あると思います。


「おうシンタロウ、ずっと寝込んどったのにもうそんなに元気に震えおって。三日三晩通しての尻芸は流石に無茶じゃったかと思うておったが、その様子から察するにどうやらわしの杞憂じゃったようじゃな?」

「うん、『元気に震える』って言葉の時点でおかしいって事を察してくれるかな」

「たしかに思ったより元気そーだなっ! これならつぎは倍の三十日ぶっ通しとかでもいけるんじゃないかっ?」

「倍は倍でもまさかの十倍!? そこはせめて二倍じゃないの!?」


 もちろん二倍でもお断りだが……誰か「なんだかんだで生きてた」って結果よりも「十日間ぶっ倒れてた」って過程の方に着目してくれる奴はいねーのか。


「はぁ、目覚めたばっかだってのに早くもまたぶっ倒れそうだ……ん?」


 ライタの方に顔を向けたまま溜め息を漏らしていると、ふとライタの腰辺りに人間の手らしきものが回されている事に気づく。ライタの背後に誰か隠れているようだ。随分と小さい手だから、おそらく五、六歳くらいの子供だろう。


「なぁ、ライタの後ろに誰かいるのか? 村の子供か?」

「あっそうそう、みんなに紹介しよーと思ってつれてきてたんだっ! う~ん、でもなんかちょっと照れちゃってるみたいだなー?」

「ほれミズキ、いつまでも隠れとらんで出てこんか」


 ムツメに促され、「ミズキ」と呼ばれた子供がライタの背後からおずおずと顔を覗かせた。最初に目についたのは透き通るような水色をした髪の毛と瞳だ。中性的で整った顔立ちをしており、随分と緊張した様子ではあるが、どことなく迫力というか存在感があるような印象を受ける。


 あれ、でも待てよ……この村に滞在してもう随分になるけど、この子を村で見かけた記憶が全く無いぞ。こんなに特徴的と言うか目立つ子なら少しは見覚えがあってもいいはずだ。青い柄の小袖みたいな服を身に着けてるあたり、この村の住人っぽいし……あ、それか他所から来た新入りとかなのかな?


「へ~、ミズキちゃんかぁ。初めて見る子だけど将来は中々の強者になりそうな良い気配をした子だね! こりゃ今から待ち切れないよっ!」

「あんたの子供に対する誉め言葉っていっつもそれよね……まぁ見所ありそうなのは確かだけど、どうやらちょっと引っ込み思案みたいね?」

「やれやれ、自分から『一緒に付いていきたい』と言うたくせに……ずっと後ろに隠れておっては意味がなかろうが」

「しょーがないよなーっ、ミズキはママに会いたかったんだもんなーっ?」

「へっ? ま、ママだって?」


 疑念だらけの頭がライタの言葉で更に混乱する。この子のママがこの場にいるって事か? し、しかし一体誰が……マリーは羽虫だから無理だとして、普通に考えればセツカか? でも『初めて見る子』とか言ってたしなぁ……あるいは、ハトちゃんが実はメスだったとか? 勝手にオスだと思ってたけど、カッパの雌雄なんて良く分からんしな……。


「ほら、いつまでもそーしてないでママに甘えてこいっ」


 言葉と共にライタがミズキちゃんの背中をぐいっと前へ押し出す。それでもミズキちゃんはその場で少しの間もじもじとしていたが、やがて覚悟を決めたようにキュッと唇を結ぶと、俺やセツカたちのいる居間に向かって遠慮がちに一歩を踏み出した。


 そしてそのまま二歩三歩と順調に足を進め、土間から居間へと上がり、たたたっと軽快な足音を立てながらこちらの方へと向かって来て――


「ママぁーッ!!」


 俺の足に、ガシッと力強く抱き着いた。


「えっ……?」


 子供らしい無邪気な笑顔を浮かべて、幸せいっぱいといった様子で俺の太腿あたりに顔をこすり付けているミズキちゃん。これだけ見ればとても和やかでほほえましい光景だ。だが、それとは対照的に場の空気が一気に凍り付いていく感覚が肌からヒシヒシと伝わってきていた。


「マ、マキノ、さん……?」

「そ、その子、確かに今あんたの事をママって……!?」

「ま、待ってくれ、これは何かの間違――」

「まさかシンタローってメスだったのッ!!!??」

「待てその言い方はやめろッ! 俺はれっきとしたオスだ! それにこの子の年齢って明らかに五歳ちょいくらいだろ!? 俺がこっちの世界に来てまだそんなに経ってねえだろが! 転生してすぐ産んだとしても計算が合わねえよ!」

「産めるって事は否定しないんだ……っ!」

「いや産めないよ!? 仮の話だろうが仮の!」

「えっ、ママはミズキのママじゃないの……?」


 足元から聞こえる震えた声に慌てて視線を落とすと、ミズキちゃんは俺の足に抱き着いた格好のまま俺を見上げてうるうると涙目になってしまっていた。ひ、否定しづれえええーっ!!


「い、いやその、ミズキちゃん、ちょっと落ち着いて……その、俺はママなんだけどママじゃないっていうかね……」

「てことはやっぱりメスだったのッ!!!???」

「いやそれはもういいっつーの! あっ、そ、そうだムツメにライタッ! これは一体どういう事なのか説明してくれよっ!?」


 ワラにもすがる思いで騒動の元凶であるムツメたちに目を向ける。するとライタは「ん?」と不思議そうな表情になり、一方のムツメはニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべていた。くそっ、ライタはともかくムツメの方はこういう騒ぎになるって分かってやがったな……!


「どーいうもなにも、シンタローがミズキのママなのは確かだぞっ?」

「い、いやだからさ、その辺をもうちょっと詳しく……」

「まぁ、ライタが言っておる事は間違ってはおらんぞ。ミズキはのう、わしやライタと同じく莱江山から生まれたのよ」

「へっ? ら、莱江山から生まれた……?」

「うむ、わしらの同族はみな莱江山から生まれたんじゃ。ミズキが生まれたのはちょうどお主が寝込んでおった間じゃな」


 よ、羊羹を吸収したり魔法に耐性があったりと普通の山では無いとは思っていたが、まさかムツメやライタみたいな尻魔人たちまで生み出していたとはな……ミズキちゃんも生まれたばかりの割には体でかいし……ううむ、莱江山恐るべし。


「しかしムツメ様、かなり前に莱江山は休眠状態だと仰ってませんでしたか?」

「うむ、その上ライタの傷を癒すのにもかなり力を使ってしまったようじゃからな、もう新たな仲間が生まれる事も無いじゃろうと思うとったんじゃが……」

「シンタローのヨーカンのおかげで山がまた元気になったんだっ!」

「え、俺の羊羹のおかげ? 一体どういう事だ?」

「聞くところによると、ライタが毎日せっせとヨウカンを莱江山に撒いておったんじゃろ? おそらくじゃが、吸収したヨウカンの魔力によって山が一時的に昔の力を取り戻したんじゃろう。こうして新たにミズキを生み出すほどに、な」

「マ、マジか……」


 俺の足に抱き着いたままのミズキちゃんに視線を戻す。そうか、京四郎が羊羹の力で人型になったみたいに、ミズキちゃんもまた羊羹の力によって生まれたってわけか……新たな生命まで生み出しちゃうとか、やっぱ色んな意味で法久須堂の羊羹って神だわ。


「と、とりあえず俺の羊羹で山が元気になってミズキちゃんが生まれたって流れは分かったけどさ……でもやっぱり俺がミズキちゃんのママっていうのはおかしくないか!?」

「そうだよ! この場合はママよりもパパって言った方が正しいよっ!」

「いやそこはどうでもいいわ! ママでもパパでも無いだろって話をしてんの!」

「えっ、ママはミズキのママでもパパでも無いの……? ぐすっ……」


 だあああっ! またミズキちゃんが泣きそうになってるううううっ!!


「ミ、ミズキちゃん落ち着いてっ! ほら、あそこを飛んでる汚らしい羽虫を見てごらん! あっ、でもやっぱ見ない方が良いかな……マリーの醜さのせいで心に一生消えない傷を負っちゃうかもしれないし」

「ちょっと何あんたその子に目隠ししてんのよ!? あたしの美貌は子供の教育にも良いんだからね! ほら、遠慮せずその目に焼き付けるがいいわ!」

「ほほう、それじゃお言葉に甘えて……良いかいミズキちゃん? あそこを飛んでるそれはもう汚らしい羽虫にもたったひとつだけ誰にも負けない特技があるんだ。それはね、こうするとなんと――」


 喋りながらミズキちゃんの顔から両手を退け、マリーの姿がばっちりと見えるようにする。そして自由になった手でそのままマリーに狙いを定め――


「一瞬で燃え上がります」


 パチンッ、と指を鳴らした。


「ギョワアアアアアアアアアアアア――――――――――――――ッ!!?」


 途端、マリーは空中で炎に包まれてファイヤーフライへと進化する。それを見たミズキちゃんは一瞬だけビクッと体を震わせたが、すぐに「わぁー! すごいすごいっ!」と喜びの声を上げていた。流石はマリーだぜ、子供を喜ばすためにここまで体を張ってくれるんだからな……。


「どうだいミズキちゃん、マリーの炎上芸も中々のもんだろう?」

「うんっ! あっ、ミズキもまほう出せるんだよっ! 見ててっ!」


 ミズキちゃんは元気良く言うや、マリーの方へ両手を差し向けた。そしてその次の瞬間、ミズキちゃんの両手から水の弾丸のような物が勢い良く放たれ、炎上するマリーに見事直撃して「パァンッ!」と豪快な音と共に弾け飛んだ。なるほど、ミズキちゃんは見た目通り水魔法に長けているようだ。


「ほほう、もう魔法をここまで制御出来るとはのう。ヨウカンの尋常ならざる魔力が良い方向に働いたのかもしれんな」

「いや~、ミズキはたいしたやつだなっ!」

「ねっねっ、ミズキすごい? ミズキすごい?」

「ああ、文句無しですごい! 球速、球威、コントロールどれを取っても一流だ! こりゃ将来は甲子園優勝投手間違いなしだぞっ!」

「確かに将来はかなりの強者になるよ思うよ! 流石はムツメたちの同族だねっ」


 ドッ、ワハハ!


「おい和気あいあいと話してないであたしの心配をせんかゴラッ!」


 和やかなムードを引き裂くようにして、水の弾丸で地面に叩き落とされたマリーがむくりと起き上がると同時にぎゃんぎゃん吠え立てた。この耐久度とメンタルの強さ、流石は炎上芸を持ち芸にするだけの事はあるな。


「おいおい、後になってから文句言うなよな。さっきマリーが自分から言ったんじゃないか、『遠慮せずあたしを焼き上げるがいいわ!』って」

「言って無いんですけど!? あたしは『目に焼き付けろ』って言ったのよ!」

「むっ、ちょっと違ったか……でもまぁ結果的に目には焼き付いただろうし、誤差の範囲だよな?」

「そだね~。より印象深くなったし、むしろ燃えて良かったんじゃない?」

「その燃えたのが一番の問題だって言ってんのよッ!!」

「なるほど、燃えたのが問題ってわけだな? なら今度はキンッキンに冷やしてやろうじゃないか! ミズキちゃん良く見とけ、あの羽虫が一瞬で氷漬けに……」

「ひいいいッ! せ、戦略的撤退ッ!!」


 俺が再び手を差し向けるのを見たマリーは素早く踵を返し、弾かれたように家の戸口から外に飛び出して行った。ほう、逃げ足も熟練の域に達しつつあるじゃないか。


「なんじゃなんじゃ、最初は迷惑そうにしておったくせにもう随分とミズキと打ち解けておるではないか。それとも実は前にお主が話しておった『焦らしぷれい』とか言うやつじゃったのか?」

「いや、いきなりママ呼ばわりされたら誰だって困惑すると思うけど……」

「それではマキノさんも無事に打ち解けたようですし、これからミズキ様誕生を祝う宴会を盛大に催しませんか?」

「おっ、長老いい考えだなっ! 良かったな~ミズキっ! こんなに早くママのひぞーの尻芸を見れるなんてなっ!」


 んん?


「なぁ、いま『尻芸』って聞こえた気がするんだけど俺の聞き間違いだよな? 『秘蔵の尻芸』じゃなくて『秘蔵のセルゲイ』さんに関する話なんだよな?」

「誰じゃセルゲイって。『尻芸』に決まっておろうが。まさかお主、ミズキが生まれた事を祝う宴会じゃというのに尻芸を披露せんつもりじゃあるまいな?」

「いやその尻芸を披露したせいで十日間もぶっ倒れてたんですけど!? 今度こそ俺死んじゃうから! ミズキちゃんをいきなり孤児にするつもりか!?」

「お主、ミズキのママやパパと呼ばれる事を頑なに拒んどったくせに、こういう時だけ親を装うというのはちと卑怯ではないか? おん?」

「ミズキもママのひぞーの尻芸みたいよなーっ?」

「うん、見たい見たいっ!!」

「おうおう、子供は素直じゃのう。たんと見せてやるから楽しみにしとれよ?」


 だ、駄目だまずいっ! これ何だかんだで尻芸やらされちゃう流れだ!


「くそっ! こ、こうなったら俺も戦略的撤た……い……?」


 慌てて体の向きを変え、家の戸口に向かって駆け出そうと思ったまさにその時。家の戸口の方へ顔を向けた俺の視界に飛び込んで来たのは、先ほど家の外へ向かって飛び出して行ったマリーと――そのすぐそばで立ち尽くしている、京四郎の姿だった。しかも京四郎の視線の先にあるのは、まるで実の子供を抱いているような構図の俺とミズキちゃんだ。


 嫌な予感が全身を駆け巡る。喉の奥がひくつき、背筋が一気に毛羽立つのを感じる中、マリーの顔をそっと窺うと――これでもかというくらい、凄まじく嫌味ったらしいゲス顔を浮かべていた。


「ほらね、言った通りだったでしょ? あいつ、キョウシロウの事捨てるってよ」


 こっ、この羽虫やりやがったああああああああああああっ!!!!


「こ、これは違う! 誤解なんだ京四郎ッ! 決して俺はお前の事を捨てないぞ! 俺はいつまでもお前だけの物だからなッ!!?」

「えっ、ママはミズキのママじゃないの……? う、うううっ……!」

「ああああああああ泣かないでミズキちゃんッ! 俺は京四郎だけの物だけど同時に君のママにもパパにもなり得るというかなんというかね!?」

「こっ、これが噂に聞く修羅場ってやつだね……! いやあ~、直に見るとやっぱ迫力が全然違うねっ!」

「のん気に見物してないで助けてくんねえかな!?」

「ほれほれ、ここまでこじれてしまってはもはやお主の尻芸で収拾をつけるしか手は残っておらんのではないか? いい加減観念せい!」

「いいや俺の尻芸に代わる起死回生の選択肢がどこかにあるはずだ! えっとえっと……そ、そうだ! エルカさんが俺に仕込んだ自爆装置を作動させよう!!」

「いやあんた、それじゃ結局死んじゃってるでしょ」

「よーし長老、この前の宴会よりもっと盛大にやるぞっ! 今から準備だっ!」

「ええ、分かりましたライタ様! 村の者をかき集めて参ります!」

「ブッ、ブリブリはもうらめええええええええええええええええっ!!!!」


 親父、お袋、杉下さんに吉田、お元気ですか――


 俺、異世界でママになりました……。




              <第三章 完>

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辺境のアラサー転生者は黒くて太いのがお好き 東野木 @east_field_wood

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