第56話 スカーヒップ
「あれっ? あそこに居るのってもしかしてムツメじゃない?」
セツカにもムツメの姿が見えたらしく、俺と同じ方向を見つめながら驚きの言葉を漏らしていた。あいつ、ずっと顔見せてなかった癖に、なんでまたこんなタイミングで……しかも謎のデカい布袋なんぞ背負ってるし。サンタかなんかのつもりか? こっちの世界にはサンタいないだろうけど。
怪訝に思いつつも遠くのムツメをじっと見つめていると、突如として別の方向から「うおおおおおお――ッ!!」と馬鹿でかい雄叫びが上がる。ギョッとしてそちらへ顔を向けると、土煙を巻き上げながら猛烈な勢いでムツメに突進していくライタの姿が目に飛び込んできた。
おお、そういえばついに念願の再会か! 散々待たされたんだもんな、ライタが雷みたいな勢いでムツメに向かっていくのも当然ってもんだろう、と来るべき再会シーンを暖かく見守る。だが、ライタがムツメに正面衝突するかと思われた次の瞬間――ムツメは素早く小ジャンプし、ライタの頭を踏んづけて器用に衝突を回避してしまった。ラ、ライタを踏み台にした……!?
「おほー、流石はムツメだね! あんな大きな荷物を背負ったままライタの物凄い突進を軽々とかわすなんて、なかなかできる事じゃないよっ!」
「ああ、旧友を軽々と足蹴に出来るあたりもな……」
あんだけライタに放置プレイかましてたくせに、再会して早々に頭踏んづけるとか……まぁ、あの勢いのままライタに突進されてたらムツメと言えども吹っ飛ばされてただろうし、正しい判断ではあるがな。
「っと、ボサッとしてる場合じゃないな。ムツメんとこ行くぞ!」
セツカに声をかけながら立ち上がり、一緒にムツメの方へと駆け出す。ライタと原っぱで遊んでいた京四郎、ハタケ、クロの三人もムツメの所へ向かっているようだ。それにしてもムツメが担いでる布袋、ムツメの体よりも三回りくらい大きい気がするけど……一体中には何が入ってるんだろうか?
「おーい、ムツメー! これまで全然姿見せなかったのに、いきなり現れるなんて一体どうしたんだ? それにそんなでかい荷物まで持っちゃって……」
「おうシンタロウ。まぁ、その辺は追々説明するとして……お主らも久しぶりじゃのぉ、変わりなかったか?」
「えっとねー、シンタローがムツメの事を千年以上生きてる尻好もがががっ!」
「おっとセツカも久々にムツメに会えて喜びのあまり興奮してるみたいだな! こんなにジタバタ激しく抵抗しちゃってさ! こやつめハハハッ!」
咄嗟にセツカの口元を両手で押さえ込んで黙らせると、セツカはモガモガ息苦しそうにしながらも俺の手を外そうと試みていた。あ、危ねえ、こいつまさか出会っていきなり告げ口しようとするとは……あとほんの少し俺の反応が遅ければ尻がもぎ取られてるとこだったぜ……!
「ほほう、察するにまたシンタローがわしの事を変態扱いしておったんじゃな? その件はまた後で詳しく聞かせてもらうとしようかの……じっくりとな」
ダメだバレてるわ。グッバイ俺の尻。
「で、そっちの二人は宝物庫に保管しておった魔道具じゃな? 人化した状態で顔を合わせるのは初めうごはあっ!?」
「うおおおおおおおおおおッ!! 久しぶりだなムツメッ!!!」
突如、ライタがムツメの背後から腰辺りに豪快にタックルをかまし、ムツメは腰を前に突き出すようにして思い切り体勢を崩してしまっていた。おお、ムツメの不意を突くとは流石ライタだな。ムツメの貴重なドッキリシーンだ。
「いや~あれからいろいろとあったからな~っ! ムツメに話したいことがたくさんたまってるんだ! え~っとえ~っと、何から話そうかな……」
「お、おいライタよ、わ、分かったから腰はやめてくれ腰は……」
ムツメの腰に抱き着いた格好のままガクガクと揺さぶるライタに対し、ムツメは苦しそうな声を漏らしていた。なんかマジで年寄りみたいだな。
「あ、今シンタローがムツメの事『マジで年寄りみたい』って思ったよ」
「ちょっ、なんで分かった!? 心読んだの!? お前実はエスパーなの!?」
「ふふん、引っかかったね! 心を読んだわけじゃなくてカマかけただけだよ!」
「な、なぁんだ、そういうことかぁ……全く、あんまビビらせんなよな。それに発言にはもっと気を付けろよ? 今のがムツメにバレてたら尻を両方とも引きちぎられちゃうとこだったんだからな!」
「おい、安心しとるとこ悪いが全部聞こえておるからな。後で覚悟しておけよ」
ダメだまたバレてるわ。グッバイ俺の両尻。
「ま、待て待て! カマをかけられるって事はセツカだってムツメの事を『マジで年寄りみたい』って思ったはずだぞ! 俺だけを処罰するのはおかしい! それにぶっちゃけハタケとクロも『マジで年寄りみたい』って思っただろ!? そうだよな!?」
「いや、『マジで旧友の再会って感動的だなあ!』って思って見てました」
「あっ、それがしもそう思いながら見ておりました」
「お前ら保身に走りやがったな!? あからさまな嘘ついてんじゃねえぞコラ! 正直に吐け! そして俺と一緒に尻を引きちぎられろ!」
「この期に及んで見苦しいよシンタロー! 大人しく一人で引きちぎられなよ!」
「断る! お前らも道連れにしないと納得がいかん!」
「あ、引きちぎるのってなんか楽しそーだからおれにやらせてくれ! それにキレイに引きちぎれたら長老の家に飾っておきたいしなっ!」
「なんて怖い事言うの!? 俺の尻のはく製でも作る気か!?」
たぶん加減を知らないライタに引きちぎられたら尻どころか全身の皮が一気にズルンッて剥がれちゃうと思う。超大型巨人みたいな筋肉丸出しの見た目になっちまうわ。
「やれやれ、相変わらずお主らは仲が良いのか悪いのか……お、長老もこっちに向かって来ておるようじゃな。騒ぎに気が付いたか」
ムツメの言葉を聞いて背後を振り返ってみると、村の方からハトちゃんだけでなくマリーや村人たちも何人かこちらへ走って来ているのが見える。となると、いよいよこれで全員集合ってわけか。
「ム、ムツメ様! お久しぶりでございますっ! ゼェゼェ……」
「おう、長老も元気そうじゃな。ちと運動不足のようじゃが……ふむ、それじゃ皆集まったようじゃし、そろそろ『コレ』のお披露目といくかの」
ムツメはそう言うと、右手で担いでいる謎の布袋をぐいっと引っ張って体の前側へと回した。袋は全体的にふっくらと膨らんでいるが、所々ゴツゴツと出っ張っている部分もあるようだ。てか微妙にモゾモゾ動いてるような気が……ま、まさかのナマモノ……!? なんか呻き声っぽいのも微かに聞こえてくるし……魔物が入ってるとかじゃないだろうな……。
ちょっと気圧されて何歩か後ずさってしまうが、ムツメは特に気にした様子も無いまま布袋を地面に下ろして、右手をズボッと袋の中に突っ込んだ。そして次の瞬間、引き抜かれた右手の先に掴まれていたのは――手足を縛られて、顔には小さな布袋をかぶせられた人間だった。随分と太っており、顔は見えないが体格や服装の感じからしておそらく男性だろう。
「お、おまっ、それまさか誘拐か!? だいぶ前に『その手の事はもうやめた』みたいに言ってたのに……あ、さっき『追々説明する』って言ってたのは人さらいとかを再開したって話をするって意味だったのか?」
「阿呆、早とちりするでない。こやつをさらってきたのは確かじゃが、これからも続けるつもりは全く無いわ」
ムツメは「ほれ、こやつの顔を見れば理由が分かるじゃろうて」と言葉を続け、引っ張り出した人間の顔にかぶせている布袋をグイッとはぎ取った。途端、猿ぐつわをされた男の顔が露わになる。顔を覆っていたものが急に無くなったせいでまぶしいのだろうか、その男は苦しそうに目を細めていた。
あれ、というかこの性悪そうで下品なオヤジ顔、なんかどこかで見覚えがあるような……?
「あら? こいつ、ちょっと前にあたしらで懲らしめてやったヨーゼフ・カントレックじゃない?」
「ああ! それだよそれ! 性根が腐り切ったマリーに負けず劣らずの性悪中年デブオヤジ貴族のヨーゼフだ!」
「ああ~っ! 道理で性根が腐り切った感じがマリーに似てるわけだねっ!」
「あんたら喧嘩売ってんの!? あたしを引き合いに出す必要無いでしょ!?」
そうだ、このマリーを連想させる私腹を肥やした悪代官みたいな顔はまさしくヨーゼフその人だ。秘密施設の破壊任務が無事に終わって以降は特に思い出す事も無かったから、パッと名前が出てこなかったけど……でも、なんで今更ムツメがヨーゼフを袋詰めになんかしてたんだ?
疑問に思いながら縛られたヨーゼフを眺めていると、ヨーゼフは「む、むううっ! むう~っ!」と一段と大きく呻きながらジタバタと身をよじり始めた。袋から外に出されて元気を取り戻したのかな。
「おうおう、なんぞ言いたげな様子じゃのう。よし、ではそろそろ口元を縛っとる紐を取ってやるとするか……ほれ、これで存分に話せるぞ」
「ぶはっ! はぁ、はぁ……お、おのれ、よくもわしをこんな目に! 貴様らこんな事を仕出かしてタダで済むと思っておるのか!? わしはあのキューカー家やロッセン家やゴールドウィン家とも懇意にしておる身なんだぞ!?」
「オマエ、あいかわらずさわがしーやつだな~。なぁムツメ、やっぱ縛ったままの方がよかったんじゃないのか?」
「ぬおっ!? お、お前は悪雷!? それにムツメというは、もしやあのムツメノカミの事か!?」
随分と威勢の良かったヨーゼフだが、ライタとムツメの存在に気づくと一転して青い顔になって身を縮こまらせてしまった。うむ、見事な小物っぷりだ。やっぱマリーに似てるわ。
「なぁムツメ、ヨーゼフの顔見ればさらって来た理由が分かるとか言ってたけどさ、まだ理由が良く分かんないんだけど……」
「ふむ、ではもう少し丁寧に説明するか。王都からここへ兵が更に送られてくる、という話は既にお主らも耳にしておるな? そうなるように裏で仕掛けたのが、他ならぬこやつというわけじゃ」
「……は? ヨーゼフが仕掛けた? え、一万もの討伐軍を?」
「うむ、お主らがこやつの施設を台無しにして以降、こやつは貴族たちとの伝手を使って全力で裏工作し続け、この前ようやく本格的な討伐を採択させるに至った、というわけよ。散々吹聴しとるだけあって、こやつ自慢のコネは中々の代物だったようじゃな」
予想外の事実に思わず言葉を失う。一万もの部隊を動員させたのが、まさかこのヨーゼフのコネの力だったなんて……どっからどう見ても虎の威を借る性悪小物オヤジなのに……。
「こ、この野郎……お前の悪だくみのせいで俺が一体どれだけの心労を重ねたと……! コネ使って他人の力を利用するだなんて人として恥ずかしいと思わないのか!? ありのままの自分で勝負しろよこの性悪デブオヤジ!」
「まぁシンタローもエルカ・リリカ様っていう最強のコネ使おうとしてたけどね」
「いや、俺のは正しいコネの使い方だから別に良いだろ。てか神の眷属の本来の仕事ってそういうのじゃねーの?」
神の使いとして世の中の争いの調停とか、そんな感じだと思うんだけど……エルカさんにろくに説明もされないまま草原に放り出されたから何すりゃいいのか良く分かんないね、悲しい事に……。
「え、ええい、さっきから黙って聞いておれば好き勝手言いおって! わしが本当に大物と懇意にしておるのが分かったのならさっさと解放せんか! 今すぐ開放するのなら命だけは助けてやらんこともないかもしれんぞ!?」
「やれやれ、鈍いのう……いまだに察しがついとらんようじゃな。何故わしが貴族たちの事情を知っていて、しかもその庇護下にあるお主をあっさりとさらって来れたのか、まだ分からんのか?」
ムツメは呆れたような顔と声で言うと、ヨーゼフが入っていた布袋をひっくり返し、袋の中に残っていた物を一気に地面の上へ放り出した。何やら高級そうな布や盾みたいなのに加えて、壺や皿とかまであるようだ。袋が所々ゴツゴツしてたのはこんなのが一緒に入ってたからか。でも、これが一体何だってんだろう?
ヨーゼフも怪訝そうな顔をしていたが、少しすると地面の上に広げられた物に手を伸ばした。そして高級そうな布を手に取って広げた途端、ヨーゼフは「なっ、これはまさか!?」と驚愕の表情を浮かべ、慌てて布以外の物も拾い上げて観察し始めた。顔中から汗が吹き出し、目はギョロギョロと血走ってしまっている。随分と焦っている様子だ。
「こ、これは、キューカー家の紋章……それにこっちはスタージェス家とメイヨー家……シュードサック家まで……!? お、おい貴様! これらを一体どうやって手に入れた!?」
「どうやっても何も、直接もろうてきただけじゃが」
「何、ちょ、直接? それは一体どういう意味だ!?」
「そのまんまの意味じゃ。わしが貴族たちの屋敷に直に出向き、それぞれの当主から直接もらい受けた、というだけの話じゃよ」
ムツメの言葉を聞いたヨーゼフは理解が追い付いていないのか、あんぐりと口を開けた格好のまま固まってしまった。貴族の屋敷に直に出向いたって、まさか王都の方まで遠出してたってのか?
「こう見えて、実はわしも昔は結構やんちゃしておってのう。今は随分と丸くなったが、若い頃はあちこちの貴族の屋敷に殴り込みをかけたりしておったのよ」
「あ、今シンタローが『今も大して丸くなってねえよ』って思ったよ」
「いや思ってないよ!? お前さてはさっきので味を占めやがったな!? おいムツメ、俺は断じてそんな事ちょっとしか思ってないからな! だから尻を引きちぎるなんて言うんじゃないぞ!」
「いやあんた、動揺のあまりちょっと思ってた事を自分でバラしてるわよ」
「ふふん、語るに落ちたねシンタロー! 計算通り!」
「ああああああ!? や、やっちまったああああアアアアッ!!!」
「おい、わし真面目な話の途中じゃったんじゃけど……」
ムツメは拍子抜けしたような表情になりながらも、「黙って静かに聞いておれんのか、全く……」とボヤいてから再び口を開いた。
「それで、今回このような事態になった理由を聞こうと思うてな、若い頃に戻ったつもりで貴族の屋敷を訪ねていったのよ。まぁ、あまりに久々じゃったから流石のわしも腕がなまっておったのか、ちょいと物を壊したり怪我人を出したりもしてしもうたが……なぁに、貴族連中は気前良く許してくれたわ」
「脅したな……」
「脅したね……」
「脅したわね……」
「聞こえとるぞお主ら。ちゃんと懇切丁寧に謝ったぞ?」
どうせ懇切丁寧(物理)とかそんな感じだろうな。貴族たちも気の毒に……。
「で、いざ貴族連中の話を聞いてみた所、このヨーゼフが裏でセコセコと働きかけておったという事が分かっての。再び懇切丁寧に頼み込んで身柄を引き受けてきた、というわけよ。あ、そうそう、手紙も一つ預かっておる。ほれ、お主にじゃ」
「て、手紙だと……? なっ、これはゴールドウィン家の印璽!?」
手紙を投げ渡されたヨーゼフは、封筒を見ると何度目かになる驚愕の声を上げた。そして乱暴な手つきで開封して手紙を取り出し、視線を落として熱心に読み始める。だがその顔つきはどんどん険しさを増し、手紙を持つ手も震えが大きくなっていく。
「こ、こんな、こんな馬鹿な……っ! こっ、これは何かの間違いだ! 偽の手紙に決まっておる! そうなのだろう!?」
「お主、たったいま自分で開封したじゃろうが……どれ、なんて書いておるんじゃ? ふむ、『ヨーゼフ・カントレックなる者、当家と一切係わり無し。存分に処分なされよ』……ははあ、どうやら見捨てられてしもうたようじゃなぁ?」
ムツメは取り上げた手紙を読み終えると目を細め、実に愉快そうな笑みを浮かべた。一方のヨーゼフは顔面蒼白で今にもショック死しそうな悲壮さだ。ヨーゼフ自慢のコネも変態尻魔神には勝てなかったよ……。
「さて、こうして大物貴族様の許しも確認出来たことじゃし、お言葉に甘えて存分に処分してやるとするかのう。ほれ、これが何か分かるか?」
ムツメは懐から何かを取り出し、ヨーゼフの方へ掲げて見せた。あれは……はにわ、いや土偶か? あれ、土偶ってもしかして……。
「ぱっと見は粗末な見た目をしておるが、こう見えてこれは『もう二度と、お前を離さない』という名の立派な魔道具でのう。あの古の魔女アンジェリカが作ったとされる一品よ」
「い、古の魔女アンジェリカだと!? あのイカレ魔女の魔道具!?」
「おうおうこのデブオヤジ! てめえ、いま何て言いやがった!? アンジェリカ様がイカレ魔女だって!?」
突如、それまで大人しかったハタケが激高した様子で会話に割り込んでくる。そうか、ハタケを作ったのもアンジェリカだもんな。やっぱ魔道具的には自分の創造主に対しての誹謗中傷は我慢ならないんだろう。
「いいか、耳の穴かっぽじって良く聞きやがれ! あのド腐れババアはイカレ魔女だなんて生易しいもんじゃねえ! 異常に嫉妬深いわ口は悪いわすぐに暴力振るうわのイカレポンチ大魔王だ! そこんとこ勘違いすんじゃねえぞこのカスがッ!」
「更にひどい誹謗中傷が飛び出してきた!? え、なにハタケお前、アンジェリカの事嫌いなの? お前の生みの親なんだろ?」
「まぁそうなんすけどね、生みの親である事を笠に着て自分の夫の監視をあたいら魔道具に押し付けるわ、何かあるとすぐに怒鳴り散らしてこっちに八つ当たりしてくるわで、ぶっちゃけ最低最悪なヤツでしたわ……」
「完全にパワハラだな、それ……」
夫っていうと、例の一緒に魔王倒した後モテモテになっちゃって若い女に乗り換えたっていう幼馴染の「英雄」か。まぁ、自分を裏切って浮気してたヤツを監視したくなるって気持ちは分からんでも無いが……。
「あんまりあたいらに対する扱いが酷いんで、何度か魔道具仲間と相談して暗殺を試みたぐらいでさ! まぁ全部失敗に終わりましたけどね! あ、そういえば旦那の雰囲気ってどことなくアンジェリカ様に近いものがあるような……」
「お前、今の流れで俺がソレ言われて喜ぶと思ってんの? それともひょっとしてまたアームロックされたいですっていう意思表示だったりする?」
「おおっと! 甘いですぜ旦那っ! この流れであたいに『あぁむろっく』をするってえ事はアンジェリカ様みたいにすぐに暴力を振るうって事を自ら認めるって事に右手が刃こぼれすりゅううううううッ!? なんでえええええええッ!?」
「はっはっは、これはアームロックじゃなくてマッサージだから暴力にはなりません! お客さん凝ってますねえ~」
俺のゴッドハンドによる巧みなマッサージ術を喰らい、ハタケは「があああああ!」と喜びの雄叫びを上げていた。やれやれ、小賢しい真似をするからこんな目に合うんだよ。
「さ、さっきからどこかで聞いたような声だと思っておったが……その声と背格好、きっ、貴様ひょっとしてアズキバタケではないか!?」
声に釣られて顔を上げると、目を見開いて俺の方を見つめているヨーゼフと視線がバチッとぶつかる。そうだ、潜入捜査の時に隠してたのは顔だけだからヨーゼフは俺の声を知ってるんだったな。だが、ヤツのコネが無効化された今となっちゃ怖いもん無しだぜ……!
「ふっ、良くぞ見破ったな……! ある時は謎のイケてる武芸の達人! またある時は仲間の理不尽な暴力で涙を流す哀れな子羊! しかしてその実体は左腕が千切れるううううううあああっ!?」
「折角だからシンタローにも『まっさあじ』とかいうのやってあげるね? オキャクサンコッテマスネ~」
セツカによってねじ上げられた左腕から激痛が走る。ヨーゼフのコネなんかより遥かにやべーやつがすぐ後ろにいるの忘れてたああああっ!
「お、おいこら離せ! 俺に手を上げるという事は仲間に向かって理不尽な暴力を振るうという事を自ら認める事になるんだぞ! それでもいいのか!?」
「いや旦那それさっきあたいが言って通用しなかったやつですよね!?」
「う~ん、そうだね~……それじゃ、シンタローが『腹パン』一回に耐えられたら許してあげよっか?」
直後、セツカの手がゆるみ、俺の左腕は地獄のような苦しみから解放される。そ、そんな馬鹿な……暴力という概念に手足が生えて自律行動してるこいつが、たったの腹パン一回で満足するだと? 何の冗談だ?
「は、腹パン一回? ほ、本当にそんだけなんだな?」
「うん、本当だよ? 私はシンタローと違って嘘はつかないからねっ!」
そうか、さてはこいつ一発に全力を込めるつもりだな? 確かにセツカの全力の攻撃となると相当なものになるだろう。だが俺だってエルカさんの力を授かった神の眷属、全力の攻撃とは言っても攻撃が来る場所とタイミングが分かっていれば防ぐ事は十分に可能なはずだ。この勝負、俺がもらった!
「そう――シンタローのお腹から一回『パンッ』って破裂した音がするまで殴り続けるだけだから」
腹パンのパンが破裂音の「パンッ」だなんて誰が予想出来るだろうか。
「それじゃシンタローも乗り気みたいだし、さっそく取り掛かるとするね? 腹ァ食いしばれッッ!!!!!」
「ひいいいいっ! や、やめろッ! 一回『パンッ』って破裂したらその時点で俺死んじゃってるから! パンはパンでも死んじゃうパンだからそれ! すみませんでしたマジで勘弁して下さい!!」
「や、やはり、人違いだったかもしれん……」
五体投地でセツカに許しを乞う俺を見たヨーゼフは何とも言えない表情と声で言葉を漏らしていた。ち、違うんです! 今はちょっと情けない感じになってるけど、俺はあの謎のイケてる武芸の達人とちゃんと同一人物なんです! 信じて!
「ま~た話が横にズレてしもうたが……イカレポンチ大魔王ことアンジェリカの恐ろしさはお主も良く分かっておるようじゃな? これは血を吸わせる事で対象者をしつこく追いかけ回すという底意地の悪い代物でなぁ。ライタ、ちとヨーゼフを押さえつけてくれるか」
「おう、任せとけっ!」
「ひいっ! ら、乱暴にせんでくれっ!」
ライタが軽々とヨーゼフをうつ伏せの格好に押さえ込む。それを見たムツメはヨーゼフの足側の方へと回り込んで、ヨーゼフの腰辺りに手を伸ばし――ズルッと一息にヨーゼフのズボンを引きずり下ろした。おおっ、ヨーゼフの貴重なケツ丸出しシーン……って誰得!? 変態尻魔神の許容範囲は化け物か!?
「おうおう、予想はしておったが見るに堪えん汚らしい尻じゃのう……どれ、わしがひとつ絵でも描いてやろう。さすれば幾分かマシになるやもしれん」
そう言ってムツメは人差し指をヨーゼフのケツの方へ伸ばすと、ちょいちょいと指でなぞるような動きをし始める。どうやら尖った爪でケツを引っ掻いているようだ。指先の動きに合わせてヨーゼフの口から「ひっ! いだいいだいっ!」と小さな悲鳴が漏れ、ライタに押さえつけられている体がビクンビクンと跳ねる。だ、誰得シーンその二……。
「ようし、完成じゃ! うむ、我ながら中々の腕前じゃぞ!」
満足気なムツメの視線の先を覗き込むと、ヨーゼフのケツには「へのへのもへじ」のような下手くそな落書きが痛々しい爪痕によって刻み込まれていた。う~ん、ライタのお面もそうだったけど、ムツメも絵心全くねえな……。
「で、傷跡から垂れておる血をこの魔道具に染み込ませれば……」
ムツメが土偶をヨーゼフのケツに寄せ、垂れている血が触れた、その瞬間――土偶は「ビクビクビクッ!」と激しく手の中で痙攣し始めた。宝物庫でマリーのツバが触れた時と同じような反応だ。
「よし、もう押さえ込まんでいいぞライタ。ほれヨーゼフ、十だけ数えてやるから今のうちに必死に逃げい。もしもこれに追い付かれてしもうたら、それはもう酷い目に合わされてしまうからなあ?」
直後、「じゅ~~~~う、きゅ~~~~う……」とカウントダウンが開始され、ヨーゼフは顔を真っ青にしながらも大急ぎで立ち上がってズボンを履き直し、「ひいいいいッ!」と悲鳴を上げながら一目散に逃げ出し始めた。だが悲しいかな、あの足の遅さでは大して距離は稼げないだろう。
そしてついにカウントがゼロになると、ムツメの右手がパッと開かれ、解き放たれた土偶は空をビュンッと飛んでヨーゼフの後を真っ直ぐに追いかけていった。な、なんか「フライング・土偶」的なB級ホラー映画でありそうな絵面だ……いや、実際にあんなのが追いかけてきたら怖いっちゃ怖いけどね……。
「あのう、恐れながらムツメ様、たったあれだけの血では途中で魔道具が追いかけるのを止めてしまうと思うのですが……」
「え、ハトちゃんそれ本当か? それじゃ下手したらヨーゼフが逃げ延びちゃうんじゃ……このまま放っておいて大丈夫なの?」
「ああ、それは分かった上での行いよ。染み込ませた血の量とここから結界内までの距離を考えれば、物凄く運が良ければギリギリ結界内に逃げ込めるか否かといった所じゃろうな。後は神のみぞ知る、というやつじゃ」
「その口ぶりからすると、まさかヨーゼフが逃げ切れたら見逃してやるつもりなのか? 一体どういう風の吹き回しだよ?」
「まぁ、あやつの後ろ盾はもう何も無いから放っておいても特に害は無いじゃろうし、なんせわしは寛容な精神の持ち主じゃからのぉ。無暗やたらと命を奪うような無益な事はせんのよ」
「……本音は?」
「あっさり殺したらつまらんじゃろうが。言わせるな恥ずかしい」
うん、それ全然寛容な精神の持ち主じゃないです。
「ともあれ、これで軍勢が押し寄せてくる心配は無くなった、というわけじゃ。お主らも安心して良いぞ」
「うおおおおッ! さすがはムツメだっ! おれに出来ないことを平然とやってのけるっ! これでぜんぶ問題カイケツだな!!」
「ちょ、じゃからライタ、腰辺りに強く抱き着かれると苦しいと……」
ライタは喜色満面といった様子でムツメに強烈に抱き着き、ムツメも苦し気な声を漏らしてはいるが表情はどことなく嬉しそうな感じだ。ハトちゃんや村人たちも二人の抱擁を感無量な面持ちで見つめている。
やれやれ、ついにムツメとライタの仲直りも果たせたし、一万の軍勢が攻めてくる心配も無くなったし、ようやく本当の大団円ってわけだ。胸のつかえが綺麗さっぱり無くなったというか、なんかこう晴れ晴れとした爽快な気分だ。まったく、平和は最高だぜ!
「そうだ、無事にムツメ様も戻って来られた事だし、これから村に戻って皆で盛大に宴を催しませんか?」
「おお、良い考えじゃな長老。ちょうどシンタロウもおるしのう、久々にあの秘蔵の尻芸を披露してもらうとするか!」
ん?
「なぁムツメ、ひぞーの尻芸ってなんだ?」
「なんじゃ、もしかしてお主らまだ見せてもらっておらんのか? 『ケツダラケセイジン』という芸なんじゃがのう、あの芸は凄まじいぞ……これまでに見た尻芸が全て児戯に思えるほどじゃ。一度見たら決して忘れる事は出来ん。いやはや、今思い出しても身の毛がよだつ思いじゃわい……」
「そんなにか!? うはーっ! すげー楽しみになってきたぞっ!!」
「なんと、ムツメ様がそこまで仰るとは……」
「これは是非とも拝見せねば……!」
あれれ~? 話の流れがおかしいぞ~?
「い、いやいや、俺の尻芸なんてしょせん素人芸だぞ? 折角ムツメが戻って来たおめでたい日だってのにツマラナイもんを見せて台無しにしたら悪いって!」
「いやいや、そう謙遜するでない。お主の尻芸は王家の秘宝にも全く引けを取っておらんぞ? 王城の宝物庫に侵入して実物を見た事のあるこのわしが言うんじゃから間違いない。もっと自分の芸に自信を持たんか!」
「いや~おれも見せてくれってずっと言ってたんだけどな~、ずっとはぐらかされて一度も見れてなかったんだよな~」
「そうじゃのぉ……それじゃお預けされとった分、三日三晩ぶっ通しで尻芸に挑戦なんていうのはどうじゃ? 前代未聞の試みじゃが、神の眷属であるシンタロウの体力をもってすればおそらく可能じゃろう。伝説の宴の幕開けじゃ!」
あ、ダメだわこれ逃げよ。
「ちょっと待ってくれ、電話がかかってきたみたいだ。もしもし俺だ……何? オバマのやつめ、大人しく隠居生活を送ってると思ったら裏でそんな事を……現役時代に特殊部隊を増員していたのはやはりそれが狙いだったか……銀河共和国議長に伝えてくれ、『宇宙の命運は俺たちにかかっている』とな。ああ、羊羹と共にあらんことを……よし、ちょっと急用出来たからこれで失礼するわ。ファイヤーッ!」
「逃がすかッ!!!」
両手から火魔法を放って体が少し浮き上がった瞬間、ムツメが機敏な動きで俺の足先を掴み、俺の体は空中でビタッと固定されたかのように動かなくなってしまった。俺の両手からは炎が勢い良く噴射され続けているというのにムツメの手はビクともしない。相変わらず凄まじい膂力だ。
「お、おい離せムツメ! これは決して逃げてるんじゃない、宇宙の危機がすぐそこまで迫っているんだッ! 間に合わなくなっても知らんぞ!」
「ふん、そんな戯言誰が信じるか。さっさと観念して下りてこい!」
「おっ、ひっぱり合いか? おれにもやらせてくれっ!」
「おう、それじゃライタはシンタロウの尻を引っ張ってやれ。さすればこやつも観念するじゃろうて」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ライタに引っ張られたら俺の尻もげちゃうから! 分かった今から下りるから待っいひぎいいいいいっ!? ちっ、ちぎれりゅうううううううッ!!」
「うおおおおっ! これたのしーなっ! ムツメもやってみろ!」
「よし、それではわしは左の尻を掴むとするか。そぉいっ!!!」
「らっ、らめええええええええええええええええええええッ!!!」
このあと滅茶苦茶ブリブリした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます