後編
都市に蔓延している粉の対処は非常に困難を極めていた。
ルアは闇市場へと殴りこみをするも情報が何一つ得られず、イクリプスも同様に闇商人から情報を集めるも成果を得ることができなかった。
図書館の事件が在ってからパールの姿も見られなくなっていた。ルアはいつもの酒場にいつもの時間に行くもしばらく彼と出会うことが出来なかった。
一方でイクリプスは彼の私生活に疑いを持っていたこともあり、一連の事件について彼が関わっているのではないかと考えていた。
「ルア様に悟られず、彼を探し出して欲しい」と彼は酒場にいる何人かの男に依頼をする。彼らはこの都市でも珍しく裏の家業を行っているシーフ達だ。かつてルアによってシーフギルドは壊滅に追いやられていたが、義賊に当たるシーフについては手出しはされなかった。その恩義もあってか彼らは騎士達の依頼については相応の報酬があれば引き受ける。
しかし彼の想像を遥かに上回る難しさで彼の身辺を洗い出すことができなかった。それどころか今彼がどこにいるかすらも掴めない。
依頼したシーフから連絡が来ず、同時に調査を指示した他の騎士からの報告もまったくと良いほどあがってこない。
粉に関する話も図書館の出来事以降何もなく、そのタイミングから彼がいなくなったこともあわせて彼が黒なのでは、と考えるようになった。
数日後の夜、立ち入り禁止の図書館へとイクリプスは入る。思えば情報自体もここ以上のものは出ていない、であればここにまだ何かあるのでは、と考え付いた。
「誰かいるのか?」
僅かに気配を感じる。誰かがここにいる、イクリプスはそれを感じ取り剣を抜く。
「なるほどのお、道理で奴らが姿を現さんわけだ」
奥から幼い少女の声がする。
「子供・・・?」
イクリプスは一瞬気が緩む、その瞬間何かが奥で光り、その瞬間手に持っていた剣が地面へと叩き落された。
「あっ・・・!」
「動くな、動くと次はその首を斬るぞ?」
首元に刃を突き立てられる。
「何故君みたいな子が・・・!」
赤い髪、小柄でまだ無邪気な年頃にしか見えない女の子。
そんな子が、細く長い剣を首元へと向けている。
「その感想についてはノーコメントだ。それより世間話でもしようじゃないか」
「光の粉?」
彼女いわく、光の粉と呼ばれている麻薬が今この都市で密かに蔓延しているらしい。
この粉は服用すると体を強く清める効果があるらしいが特定の魔術印で操られるようになるらしい。
「バカな・・・」
「そんなバカなことがあるのさイクリプスくん」
彼女は無邪気に笑う。
「君は一体何者なんだ」
「あー私はどっちかというと今回は傍観する立場でいるつもりだったんだが、君がここでやらかしてくれたおかげで動かないといけなくなったわけよ」
「この前のここで起きた事件のことか?」
「そーそー、そのせいで闇商人共は今まで以上に商売をうまくやるようになってしまったしね」
思わず絶句し、固唾を呑む。何を言っているのか、イクリプスには理解できなかった。
これまでの調査の結果、前ほど粉は蔓延していないはず。
「なーにもわかってないみたいね、君、恐らく薬入りの刃で斬られたか何かされて魔術印の対象内になっちゃってるのよ、理解したかな?」
「もしかしてこれまで僕が報告してきたのは・・・」
「ぜーんぶ嘘」
「嘘だ・・・!」
絶望のあまり、膝をつく。
「と、いうわけだ。この粉は一度服用してしまうともうどうしようもないの。君がただの一般人であれば見逃すんだけど、これ以上犠牲者を増やしたくないから君のこと、始末させてもらうね」
イクリプスは無我夢中で首元の剣を手で払い、図書館の入り口へと走って向かった。
(嘘だ、嘘だ・・・!もしかしてシーフ達や他の騎士は僕が・・・!?)
上の空になりながらも無我夢中で走る、だが突然視界が真っ暗になった。
お腹あたりから暖かみを感じ、徐々に痛覚へと変わっていく。
「な、なんで・・・」
「イクリプスさん、すまないね。これは仕事なんだ」
見上げると、そこには剣を持ったパールが立っていた。
「パ、パール君・・・」
彼はパールの足首を掴むが、そのまま力なく頭が垂れた。
「何故、こうなるのだ・・・!」
イクリプスの死は騎士達に大きな衝撃を与えた。彼の死は何者かからかわからない手紙で判明し、ルアはすぐに図書館へと向かった。
そこには腹部を刺され、息絶えたイクリプスの姿があった。
手紙にはイクリプスによって殺された騎士とシーフの存在、その原因が粉によるものであること、そして粉を売買した闇商人については既に全員始末したことも書かれていた。そしてルアを今日の夜にこの図書館に来るようにという呼び出しすら書いてあった。
彼女は胸に秘めた怒りをそのままに図書館へ向かう決意をする。
真夜中の図書館、彼女は誰一人にもここに行くことを告げず、剣を持ったまま仁王立ちをする。入り口から誰かが入ってくる。
「おや、おひとりですか」とフードを被った男が尋ねると、「貴様のような下郎は私1人で十分だ」といい、すぐに「語ることはない、消えろ!」と言い放ちながら飛び込んだ。
男はぶつぶつと呟き始める。
「魔術詠唱!貴様魔術師か、チッ!」
突進を途中で止め、すぐ横へと飛び込んだ。男の指先から魔法の矢が放たれる。
「だがこの狭い建物で魔術師が騎士に勝てると思うなよ!」とまた真っ直ぐに飛び込む。
魔術師はすぐさま水入りのビンを投げつけ、詠唱を始める。
「グッ・・・、捕縛魔術か。だがこの程度で止まる私ではない!」
ロープのように水で拘束していたが力任せに破壊する。
「この間合い、もらった!」
剣を力任せに水平に振り、魔術師の横腹へ向かって振りぬく。
「こ、この感触・・・!?」
「生憎魔術師ではなく、剣士なんで」
身に纏っているローブが破けると、その中は剣で彼女の一撃を凌いでいるのが見える。
彼女の一撃の重さの衝撃でフードが揺れ、顔が見える。
「パ、パール・・・!?」
「いやあルアさんはさすがですね、僕が剣を使わなければいけないってよほどじゃないので」
「何故お前が・・・!」
ルアは驚きと怒りのせいか複雑な表情をする。
「おーいパール、そろそろお遊びはいいんじゃない?まーお前の性格なら挨拶ぐらいはしたいって感じなんだろうけど」
「マティカさんは厳しいなぁ」
背後からマティカと呼ばれる少女が出てくる。
「どういうことなんだ?」
突然の出来事に困惑を隠しきれない。
自分達が王国からの命で商人の内偵と対応、これまでしてきたことについてを全て話した。
力なく手に持っていた剣を落とし、まだ状況を飲めない顔をルアはしていた。
「ルアさん、短い期間でしたが酒場で一緒に飲んでいた時間は楽しかったです」
彼女は何も言えぬまま彼が去っていくのを眺めていた。
事件から半年が経過した。
事後処理も含め、既に薬を服用してしまったものについては施しようがなかったため下級騎士になる監視の下で生活するという体制となった。
ルアは今回の一連の事件の責任をとるため、自ら騎士の引退を表明した。それと同時に彼女はこの都市を出ることとなった。
「マティカさん、いくら義務とは言え彼女に報告しなくてもよかったんじゃないんですかね」と揺れる場所で彼が問いかけると、「まー結局貴重な人材が減ってしまうような事態になってるからね、最近騎士が減ってきていて王国は大丈夫なんだか」と楽しげに言う。
「それより魔術師様これからどうするの?」と茶化すように言うと、「ちょっ・・・僕は魔術師ではないですよ!まったくこの人は・・・」と照れくさそうに言うと、「しばらく旅に出ましょうか。今回の事件は僕も疲れました、しばらく王国とは関わりあいたくないですね」と言う。
「ふーん、ならせっかくだしのどかな村でしばらくノンビリしましょ」と嬉しそうにマティカが言うと、「ですかね、じゃあそうしましょう」と微笑みながらパールが言う。
「魔術師かぁ、いつか目指してみるのも悪くないかもですね」
彼はぽつりと呟いた。
魔術師と呼ばれても やる気のあるエビ @yarukiebi
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