あの日飲んだコーラは、たぶん恋の味がした。

一視信乃

あの日飲んだコーラは、たぶん恋の味がした。

 ああ、暑い、暑すぎる。

 まだ5月なのに、これじゃホントの夏みたいだ。


 一人で帰る、通学路。

 ひとのない裏道で、赤い自販機を見つけた。


 下校中の買い食いは校則で禁止されてるけど、飲み物くらい別にいいよね。

 あたしはちょっと迷ってから、小銭を入れ、安い缶コーラのボタンを押した。

 渇いた喉に潤いと、ちょっぴり刺激が欲しかったのだ。


 小さな赤い缶は、冷たくて気持ちがいい。

 さっそくプルタブを開けると、プシュっと小さな音がした。

 せないよう気を付けながら、まずは一口。

 ああ、カラカラの喉に、熱いカラダに、冷たい液が染みていく。

 シュワシュワとパチパチと、弾ける感じもタマラナイ。

 違反をしてる背徳感も加わって、少し大人になった気分だ。

 酔ったみたいな上機嫌で、さらに一口飲もうとしたら──


「いーけないんだー、いけないんだーっ」


 すぐ後ろで、小学生じみた歌が聞こえた。

 驚いて振り向くと、中学うちの制服を着た男子がいる。

 クラスは違うけど同じ小学校出身で、名前は……なんだったっけ?


「学校帰りの飲食は、校則違反だぞっ」


 エラそうにいわれムカっときたけど、悪いのはこっちだから何もいえない。

 すると彼は、ニヤリと笑った。

 まるでイタズラでも思い付いたみたいに。


「黙ってて欲しかったら、それ、オレにもちょーだいっ」

「それ?」

「コーラだよ」


 ああ、なるほど。

 口止め料としてオゴれってことか。

 痛い出費だけど、飲めば彼も同罪になる。

 それなら、チクったりしないだろう。

 仕方なく、サイフを出そうとしたら──


「いいよ、それで」


 いうが早いか、彼は缶を奪い取り、そのままゴクゴク飲み始めた。

 ──ええぇーっ!!

 驚きのあまり、あたしは声も出せない。


「サンキュっ」


 戸惑うあたしへ缶を押し付け、彼はさっさと歩き出す。

 条件反射で受け取った缶。

 すっかり軽くなっちゃったけど、振ればチャプチャプ音がする。

 どうしよう。

 捨てるなんて勿体ないし、でも、飲んだら間接キスだ。


 そこで、ふと思う。

 彼は、そういうの、気にならなかったんだろうか?

 なんの躊躇ためらいもなく、飲んじゃってたけど。


 って、これはもうアレだよね。

 気にする方がってヤツ。


 うるさいくらいの鼓動をシカトし、あたしは缶に口付けた。

 舌に触れるその味は、ナゼか前よりほろ苦く、そのくせ非常に甘ったるい。

 全部一気に飲み干して、慌てて缶を捨てたけど、口に残る甘酸っぱさがなんか無性に後を引き、激しい胸のドキドキも、しばらく収まりそうにない。


 このときからあたしの中で、コーラは特別な飲み物となり、そして彼も、特別になった。

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あの日飲んだコーラは、たぶん恋の味がした。 一視信乃 @prunelle

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