6 そして父の
季節が秋から冬に変わる日。
四十九日の法事が済んで、祖父の遺品は整理され、形見分けのために親戚たちが集まっていた。
形見といっても、何台もあった一眼レフカメラや機材の類はとうに写真仲間に譲ってしまったし、あとはロクなものがない。古本や家具類は業者に引き取ってもらうとして、遺された膨大な数の写真やネガフィルムの始末をどうするかで叔母たちが困惑していた。
「写真はいいのを残すとして、フィルムはねえ。今どきこんな古いの、どうしようもないわよ」
「誰もいらないだろうしねえ。思い切って処分するしか……」
障子戸が乱暴に開く音がした。と、叔母たちの元へ、血相を変えて父が飛び込んできた。呆気に取られている叔母の手から、ネガフィルムの入った箱をひったくる。
「触るな、お前らに、この写真の意味が分かってたまるか!」
そう叫ぶなり、父は箱を抱えてうずくまり、顔を歪めて号泣しはじめた。
六年前の祖母の葬儀でも、祖父の葬儀でも、涙を見せることが無かった父がだ。
ああそうか、俺は父の背中を見ながら思った。父はとうに祖父を赦していたに違いない。自分が思うように進学できなかった恨みつらみを抱えて生きてきたわけじゃなかったんだ、と。
季節が変わり、父は今、祖父の残したネガフィルムを、ぼつぼつとプリントしている。
「おかしいでしょ、そんなのスキャナで取り込んで保存しとけば、って言ってるのに、貸し暗室まで借りて、自分で焼き付けたりしてるのよ」
母は笑いながら電話で兄に伝えている。
父の気持ちは分かる気がする。おそらくその貸し暗室で、フィルムに遺された祖父の心と向かい合っているに違いない。
それは、きっと暗室という異空間の中でしかできない、父なりの喪の作業なのかもしれない。
(了)
祖父の暗室 いときね そろ(旧:まつか松果) @shou-ca2
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