【Charles】

 君は誰だったのだろう。数年、いや数十年前に逢った…いや見つけたある女性の面影を思いだした。その人はとても綺麗で、それ以外の言葉で表すのはなぜか罪悪感を抱いてしまう。私はちらっと見ただけだったのに、それだけでもその人は他の女性たちには敵わない生まれながらの「何か」を持っているとわかった。しかし、それだけ綺麗ならば新聞や何かしらに取り上げられてもおかしくないはずなのに一切その女性を他で見ることはなかった。顔は知らないけれど、もう一回見ればすぐわかるくらいの存在だったから、見逃すわけがなかった。でももうその人を見てから大分時が経つ。私も孫を持つ年齢になり記憶も曖昧になり始めた。多分今あの人をしっかり覚えているかと言われると覚えている自信はない。あの人だって年をとる。もう顔にシワもできて、容姿も大分変わっているだろう。だいたい、なんで私はそんな前のことを思い出したのか。自分でも不思議に思う。でも本当に突然。子供の頃を思い出すような感覚。でもそこにはぽっかりと穴が空いている。この穴を埋めたい。どうしたらこの穴は埋まるのだろう彼女に会えるだろう。もしこのまま彼女に会えなければ、私は今まで生きてきた人生がとても無駄だったような感じがした。いや、もう既に今までの時間は無駄だったのかもしれない。そう思えば私はなぜその女性を追いかけなかったのだろう。今更後悔しても遅い。でもやはり彼女に会いたい。そう強く思った私は、今の妻を置き去りに一人黙って家を出た。


 冷たい雨の中、私は彼女を探した。あてもなく何も手がかりのない状態でまるで雲の中で雲にすがりつくように。しかしいくら掴んでもつかめない。手の隙間から逃げていくように彼女の姿は見つからない。もはや雲どころか、空気のようだ。見えすらしない。もしかしたら私は夢でも見ていたのではないかと思うくらいだ。何日経っても彼女は見つからない。家に帰っても、冷たい妻がいるだけ。もうあの家に温かみなどない。もはや最初からぬくもりなどなかったのではないか。私の本当に想っていた女性と結婚するべきだったのだ。私は選択を間違った。そう思ってしまった。そう思った時点で私はもう人間としておかしいのだろう。でも、もう冷静でいられなかった。狂おしいくらい彼女のことを思うようになってしまった。


 今の妻に一言も言わず家を出て、約2年が経った。いろいろな場所でホテルを借りて、お金が足りなくなっては口座から妻のお金さえもおろして使った。が、それももう底をつき始めた。お金だけじゃない。気力も体力も。溜めておいたお金をほぼ全部使って、何も言わずどこに行ったかわからないこんな夫を誰が見捨てないだろうか。…もう私には誰もいない。幻にすがって人生を使い果たした。年もとりもう一度やり直そうとももう無理だ。私は自殺を決意した。残りのお金で生命保険に入って自殺すれば、使ったお金の半分くらいは妻に行く。私はそれが償いだと思った。––––––そして私は自分の部屋で首を縄で吊るして、重力に任せた。



























 気づいたら病院にいた。

隣には妻がいた。妻は目の下にクマを作っていた。

靴は汚くなっていた。服も洗濯していないようだった。

私は妻の横顔を見て涙を流した。

いつしか見た女性の顔にとても似ていた。

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完成しないのが、また美しいので。 抹茶ぷりん @Green-tea-pudding

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