第3話 S.A. それは……

「あちっ! あぶねえよお前。お前のコーヒー俺のサンダルにかかってんじゃねえか」

「わりいわりい、間違えてホットたのんじまった」


 店内から、それぞれカップを抱えたケンジとユウトの声は真夜中にもかかわらず、その空気全体に響き渡っていた。


「ここのコーヒー好きなんだよね」

 ミキが抱えたカップを見てすかさずケンジは、

「お前のキャラメルマキアートはコーヒーのうち入んねえって、んなもんジュースだよ、ジュース!」

「は? どっちでもいいでしょうが。それより何であんたこんなクソ暑いのにホットなんか飲んでんの? しかもエスプレッソ?」


 もう一度ケンジは自分のカップを見つめた。


「ん? エスプレッソって何? あのエスプレッソってミルクが入ってるやつじゃないの? これ。どうりで少ねえと思った! しかもユウトのせいでほとんど残ってねえし!」


 俺のせえじゃねーし、ユウトはおきまりの返事を返した。

 売店近くに駐車した車の前で、亜弥はその光景を眺めていた。


「はい、亜弥の分もキャラメルマキアート、買ってきたよ」

 おう、気が利く! 茶化したのか、褒めたのかわからないセリフでケンジとユウトはミキを讃えた。


「ありがと」


 亜弥はそれを受け取ると、小さな口で少しずつ、煎れたばかりのバニラシロップとキャラメルソースのハーモニーを確認してみた。

「おいしい」

 甘い香りと、ほろ苦さ。口の中で絶妙にとろける。

 前から知ってる味なのに、前とはどこか違ってた。

 

 その頃すでに半分は飲み終えていたミキはポケットから何かを取り出した。

「ねえ亜弥、これみて! 可愛くない?」

 ミキの手にはキーホルダーが握られていた。その先には可愛い子犬。

「これさ、豆助っていうんだって」

「お前知らないの? 豆助。テレビでめっちゃ出てんじゃん」

 そのやりとりを遠くにみながら、亜弥は一つ笑顔をこぼした。


「可愛いね、豆助」

 でしょ? ほらもう行くよ。次の運転あたしだかんね。そう言ってミキが運転席に向かうと、ユウトが呟いた。


「アクセルは右、ブレーキは左。間違えんなよ」

「うっさい、馬鹿にすんな」


 そう言いながら、ミキ、ケンジ、ユウトの三人は車に乗り込んだ。

 ただ一人、闇に背中を置いたままの亜弥を残して。


「亜弥、どうしたの? 行くよ」

 亜弥は皆に背を向けて、ただただじっと空を見ていた。

「うん、分かった。ごめん、ちょっとだけ待って」


 ——だいじょうぶ、きっとちょっとだけなら我慢できる——


 亜弥は皆に気づかれないように、洋服の袖で目蓋に溜まった涙を拭いた。

 そしてみんなに気づかれないよう、小さく頷いた。


「よし、行こっか。ミキ、よろしくね」

「はいはーい」

 ミキがエンジンをかけると、4人を乗せた車は元気よく唸り声をあげた。

 そしてそのまま、彗星のごとく、夜の闇へと消えて行った。


 S.A.。

 それは見知らぬ人たちが出会う場所。そして……

 

 旅立っていく場所。

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人魚姫の恋 木沢 真流 @k1sh

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