第2話 主の出陣 -Master's departure-


海上に上がった影文字は、ミギキキの掛け声と同時に動き始めた。

風を切るかの如く、凄まじい速さで浜辺の方へ向かって飛んで来たのだ。

思わず、前線組の一人の女が「ひっ!」と悲鳴を上げる。


「怯むな!全員"黒枝"を手放すなよ!?さっさと全部取っ捕まえて、定時に上がってやろうや!」


ミギキキの激励に感化された"言葉"達は、苦笑しながらも"黒枝"と呼ばれた漆黒の棒を空に向かって突き上げ、雄叫びを上げる。

それを横目に、自分の方へと向かって来た数体の影言葉に対し、ヒダリキキは構えていた黒枝を強く握り締めた。

すると一本の黒枝は光の速さで、まるで木の枝のように無数に枝分かれし、それぞれの鋭い先端で影言葉の一つ一つを串刺しにした。

そのまま影言葉はみるみるうちに溶け出し、黒枝に吸い込まれていくかのように一体化してしまった。


「俺の黒枝は、磨きたてだ…無駄な傷を付けずに回収してやってるんだ、有り難く思えよ虫共。」

「おーおー、流石は俺の弟。相変わらず容赦ない上におっかねぇ…なっ!」


ヒダリキキの見事な回収っぷりを見ていたミギキキは自慢げ半分からかい半分といったような口調でそう言うと、黒枝を槍のような形状に変形させ、そのまま大きく振り回し、近付いてきていた影言葉を一気に貫いた。

相当な腕力がなければ出来ない動きだ。


「や、やっぱすげぇ…左右兄弟。どこまで訓練すりゃあんな攻撃出来るんだよ………っ!?」


周りの"言葉"達が必死に影言葉に立ち向かっている中、離れた距離からミギキキとヒダリキキの動きに目を奪われていた男は、その隙あってか、数体の影言葉に背後を取られていた事に気付いた。


「なっ……。」




黒枝を構える余裕もない。


血の気が引いていく。


驚きのあまり足が…手が…上手く動かない。




「……ぁっ……。」




……ほんの一瞬の油断が…命取りになると…あれ程言われていたのに……。


…こんな……こんなに呆気なく…俺は……消え━━━━




「そこのお前!伏せていろぉっ!」





どこからともなく聞こえたその力強い言葉に、男は反射的に頭を抱えてその場に伏せた。

すると、東の方角から物凄い速さで何か長々としたものが伸びてきた。


その正体は……一本の黒枝だった。


「っ!」


刹那、凄まじい音と共に伸びてきた黒枝は男を襲おうとしていた一体の影言葉を一突きにし、そのまま残りの影言葉目掛けて黒枝が枝分かれ、串刺しにした。


「……。」


あまりの出来事に、男は縮こまりながら唖然とする。

男を救った黒枝は、伸びてきた方へ収縮して行き、そこには一人の男が立っていた。

男は、涙目になりながらゆっくりと顔を上げ、その凛とした姿の"言葉"を目にした途端、なんとも情けない声を上げた。



「…………ケ…ケンジツさぁんっ…。」









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━━━━全世言語管理棟━━━━

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「あ、主!どちらへ行かれるのですか!」


天井まで、高さ約50メートル程もあるこの部屋に忙しなく響く声の主は、若くして側近を務めているシラベだった。

主と呼ばれたその人物…221代目言語創造主は、高級な革製の椅子から立ち上がると、引き出しから黒い手袋を取り出し、着々と外出する準備を進めていた。

言語創造主は、ゆっくりと口を開く。


「…海に向かう。」

「なっ…!」


予想通りの返答だったようだが、シラベの顔色はみるみる青ざめていった。


「なりません!影言葉回収班の助っ人に参られるおつもりなのでしょうが、その必要はないでしょう!彼らも立派な戦士なのです!彼らに任せておけば何も━━━━」


問題は無い…そう言い放とうとしたその時、言語創造主はシラベの目の前に立ち、彼を見下ろした。

あまりの速さに、シラベも思わずたじろぐ。

おそらく、術の類を使ったのだろう。


「…今日は、一段と海が荒れているようだ。私が向かった方が、被害は最小限に抑えられる。」

「し、しかし!何も言語創造主である貴方がわざわざ出向く事は━━━━」

「シラベよ。」

「!」


言葉を遮られたシラベは、思わずはっとした。

黒の手袋が装着された言語創造主の右手が、優しく頬を撫でたのだ。

すると言語創造主は、その手をゆっくりとシラベの顳顬まで持ってくると、人差し指と中指だけを添えた。


「…許せ。」

「…!」


とんっ、とその指で顳顬を優しく叩いたのと同時に、なんとシラベはそのまま気絶してしまったかのように、突然気を失ってしまったのだ。

身体全ての力も抜け落ち、バランスが崩れると、言語創造主は抱き寄せるようにしてシラベの身体を支えた。


「少しの間、眠っていてくれ。」


そう囁くと、シラベを両手で抱え、部屋の片隅に置かれた高級感溢れるソファにゆっくりと下ろした。

どうやら、本当に眠っているようで、シラベは落ち着いた呼吸で寝息を立てている。

その様子を見た言語創造主は、ほんの少し口元を緩くしたが、再び険しい表情を浮かべ、一際目立つ豪華なステンドグラス窓に向かうと、それを勢いよく開け放った。

そこには広々としたベランダがあり、言語創造主はゆっくりと足を踏み入れる。

今日は、一段と北風が強い。


「…。」



言語創造主は、右足のつま先で軽く地面を蹴ると、そのまま自身を浮き上がらせ、鳥のように海に向かって飛び出し行った。

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言ノ葉ノ生キ様 アラシ @nujabes1023

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