第1話 海へ -To the sea-
午前9時。
この時間になると、決まって街中が騒がしくなる。
長さ2メートルもある"漆黒の棒"を握り締めた者達が、一斉に"海"に向かって走り出す。
朝食をとっていた者も、花に水遣りをしていた者も、道端で立ち話をしていた者も。
総勢約200人もの…人間の形をした"言葉"達が颯爽と走る。
「バクロ!おはよう。」
よく目立つ、高さ5メートルもある招き猫の銅像が聳え立つ十字路を、駆け足で横断していた少年…トクイは、目の前を走っていた体格のいい男に声をかけた。
「あ?トクイじゃねぇか。珍しい、今日は寝坊か?いつもは前線にいやがんのに。」
バクロと呼ばれた男は、気だるげそうに隣を走るトクイにそう言った。
トクイは、眉を下げて口を開く。
「違うよ。同室のブリョウを起こしてたんだ。けどあいつ、今日も起きなくてさぁ…結構粘ったんだけど、遅刻しそうだったから置いてきた。」
そう言ってトクイは、思わず男でも見蕩れてしまう程に整った顔を歪め、溜息を吐いた。
対するバクロは、大きな欠伸を漏らすと、目頭に涙を浮かべる。
「別にいいんじゃねぇの?あいつ元々やる気ねぇし…あ、そういや知ってるか?ブリョウのやつ、この間講義サボったのバレてセンコー等にこってり絞られたらしいぜ。だっせーよなぁ!」
「…口の軽さは相変わらずだな。ブリョウに聞かれたら目も当てられない…。」
そんな会話をしている間に、二人の目の前に海岸が見えてきた。
そこには、大勢の"言葉"達が集結しており、皆既に"漆黒の棒"を海に向かって構えていた。
「やっべ、俺らもしかして遅刻か?」
海岸に下りる階段を駆け下り、集団の最後方に到着すると、バクロとトクイは辺りをきょろきょろと見渡した。
「…大丈夫。まだケンジツさんは来てないみたいだ。」
「んじゃ、セーフだな。」
そう言って安堵した二人は、握り締めていた"漆黒の棒"を周りの者達と同じように構えた。
「………。」
海は静かに揺蕩い、小波の音だけが静寂に混じる。
"言葉"達は息を殺し、ただただ海を鋭い眼差しで見つめていた。
トクイは一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐くと…小さな声で呟いた。
「………来る。」
その瞬間、静かだった海が一気に荒れ始め、盛大に飛沫を上げながら海中から勢いよく何かが打ち上げられた。
それも数個ではない、かなりの数だ。
その正体は……"影言葉"。
消 不 殺
死 殺 悪
悪 死 消 死
滅 殺 焼 悪
死 悪 滅 無
悪
海中から出て来たのは、不吉な意味を持つ文字達だった。
文字が…虫のように空中に浮いているのだ。
-北側前線-
「おいおい、なんか今日いつもより多くねぇか?なぁ、ヒダリキキ。」
前線で構えていた赤髪の男…ミギキキは、弱気な事を口にしながらも、楽しげに歯を見せて笑っていた。
それに対し、ヒダリキキと呼ばれた黒髪の男は、冷静な口調で言葉を返す。
「いつも馬鹿みたいに多いだろ。文句を言うなよ。」
「なぁ、どうせならまたやるか?どっちが多く"捕まえられるか"。」
「餓鬼じゃないんだ。真面目にやれ。」
「…へーへー。」
ヒダリキキの溜息混じりの言葉に、ミギキキは面白くないと言わんばかりに口を尖らせ、なんとも気の抜けた返事をする。
…ミギキキとヒダリキキ、この二人はこのように余裕な表情を浮かべているが、よく見れば他数名は額に冷や汗を浮かべている者や、"漆黒の棒"を構えている腕が震えている者もいた。
それに気付いたヒダリキキは、隣で顔を青ざめていた男に、小さく声をかけた。
「…怖いか?」
「!… い、いえ…前線に来たのが、今日が初めてなもので…。」
「ケンジツに言われたのか?」
「…はい。」
男が自信なさげにそう答えると、ヒダリキキは視線を再び影言葉に向け、ゆっくりと口を開いた。
「なら、問題ない。前線に行けと命じられたんなら、あの堅物に認められたって事だ。自身を持て。」
「!」
ヒダリキキの静かで、それでいて強い思いがこもった言葉に、男は思わず目を見開いた。
「…ただ、わかってるとは思うが、あれら(影言葉)には絶対に触れるな。お前の"言葉"が汚れれば、主の仕事を増やす事になる。」
「っ、はい…!」
そう言って男は、"漆黒の棒"をしっかりと握り直し、覚悟を決めたかのような表情を浮かべた。
そんなやり取りを見ていたミギキキは、思わず笑みを零す。
…そして、その時がやって来た。
「━━━━━━━…来るぞ!!!」
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