第1話 209×年 7月16日
─── U ───
日本列島が真夏日を迎え、連日日差しが全力で降り注ぐ中、少年少女が、暑さをものともせず走っている。
学校帰りだろうか。背中にランドセルを背負ったままであるが、ワクワクした様子で、会話を交わしながら走るその様子には、セミの鳴き声にも勝るとも劣らない夏らしさがあった。
「はやく!
宇都と呼ばれた少年は、少女に手を引かれながら「ちょ、ちょっと待ってよヒーちゃん!」思わず叫んだ。しかしヒーと呼ばれた少女、
広居に引っ張られながらしばらく走っていると、広居はいつもの通学路とは違う脇道へ入った。宇都はいつもと違う道を通ることに少し不安を感じたが、興奮する広居の様子をみて、自分もその面白そうな場所への興味が強くなっていた。
「ほら!ここだよ!」
そう言うと広居は正面の茂み?を指差した。宇都は訝しげな目で茂みを観察してみた。なるほど、確かに人が通れそうな隙間がある。
「ね?面白そうでしょ?」そう言いながら眼を光らせる広居。それとは対照的に宇都の中には不安が広がり始めていた。
「ヒーちゃん、茂みの奥へは行ってみたの?」
「ううん!だから宇都くん連れてきたの!一人じゃ怖いし!」
宇都の不安が的中した。そうなのだ、この子は向こう見ずなところがあるのだ。頭は良いし先生とかの前では物静かなのだが、友達同士だと無鉄砲なところが出てくる。
とはいえ、広居が言い出したら聞かないのも知っている。宇都は覚悟を決めて、広居と茂みへ入ってみることにした。
─── A ───
真夏は嫌いだ。ダンボールに横になり、うちわを扇ぎながらアサキは思った。木々に覆われているおかげで全力で降り注ぐ日差しは回避できているが、セミはうるさいし、時折吹き込む風も熱風だ。なによりこの墓地は湿気がすごくて蒸し暑い。
アサキは墓地の一角にダンボールを敷き詰めて生活していた。墓地とは言ってもとても古いもので、もはやどの墓も手入れはされておらず、自然の木々が好き勝手に生い茂っており、ちょっとした古代遺跡のような趣を見せていた。木々のおかげで自然の天井ができており、雨は凌げるがそれだけだ。すきま風は吹き込むし、夏は暑いし冬は寒い。とはいえホームレスが過ごすにはありがたい環境であることに変わりはない。一年前に見つけた場所であったが、アサキはここが気に入っており、今後もここを離れる気はなかった。
とは言えこうも暑いと気が滅入る。いや、気が滅入ったところでやるべきこともないし別に良いのだけど、少しでもこの生活を快適なものにしたい。それくらいの願望はホームレスにもあっていいはずだ。
謎の解釈をしながらアサキゆっくりと起き上がった。汗ばんだシャツが肌にくっついて気持ち悪い。夏は毎日水浴びをしなきゃやってられないな。そう思いながら立ち上がりあたりを見渡した。ダンボールが敷き詰めてある以外は必要最低限のものしかない。ホームレスにしてはひどくこざっぱりした寝座だ。
水浴びをするなら公園の噴水だな。また夜中、人がいなくなるまで待つか。そう思い空を見上げる。まだ日は高い、夜はまだまだ来そうにない。
ふぁぁ~・・・と大きくため息をつくとアサキは再びダンボールへ横たわる。ゆっくり瞳を閉じようとした時、アサキは物音がすることに気づいた。咄嗟に上半身を起こす。
物音は入口の茂みの方だ。普段なら人や動物が入ってこれぬよう厳重に草木をかぶせているのだが、真夏の気だるさもあってそのあたりを適当にしてしまっていた。
しまった・・・猫でも入ってきたかな。そう思いながらアサキはゆっくりと立ち上がり、そしてできるだけ物音を立てぬよう、入口の茂みへ向かった。
そこの卒塔婆のある角を曲がれば茂みが見える。アサキはゆっくりと顔を出し、茂みを見ようとした。
「わっ!」
突然の声に驚き視線を落とす。そこには二人の子供がいた。近所の小学生だろうか。こちらも驚いたがむこうも驚いている様子であった。驚きで言葉を失っているのだろうか。子供はふたりともその場に固まり、口をパクパクしている。
「お、おい」アサキがゆっくり、できるだけ優しく声をかけるが、その瞬間「キャーーーーー!!!」二人の子供のうちのひとり、少女が悲鳴を上げ、茂みから外へ飛び出していってしまった。
まずい!あの子が親にでも今あったことを伝え、警察に通報でもされたら・・・!ふたたび寝座すらない生活に戻るのは嫌だ。そう思いアサキは少女を追いかけようとするが、そこでもうひとりの子供、少年がその場に残っていることに気づいた。
少年は動けずにいたが、やがて恐怖を振り絞るかのように微かに呟いた。
「お・・・おじさん、だ、誰?」
アサキは何と答えるべきか悩んだ。この子をうまく説得したほうがことを丸く収めることができるのでは?今から女の子を追ったところで罪を重ねるだけな気がする(まだなにも罪を犯してはいないのだが)。
どう答えたものか、アサキは日頃あまり使わない脳みそを刹那の中でフル回転させる。少年の様子を見る限り、黙っていればいるほど状況が悪くなりそうだ。
そうしているうちに少年が一歩後ずさった。まずい、この子にまで逃げられたら本当にまた寝座がなくなる!
「ま、まて!」
アサキはとっさに声をかけた。少年が再び固まる。
「まて、怯えるでない、おれ、いや、わ、ワシは仙人じゃ」
この森を守る、仙人じゃ
A.U イハー @iharashi
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